第四話 マイハウス
ハナビさんはゆったりとした歩調で、村はずれの家まで案内してくれた。
「少し古い家で、木造ですので、お掃除をお手伝いいたしますね。」
ハナビさんがこれから行く家について軽く説明してくれた。
すると、スグハがややイラついたように言った。
「あのなあ、姐ちゃん。ナオヤはあたしと契約したんだぞ!家の掃除くらい、あたしが全部やったるっつーの!」
「スグハ、何ムキになってんだ?」
俺が聞くと、
「せっかく長年待ち望んだなおほびの称号持ちと契約できたのに…。ナオヤも、あたしと契約したのになんであたしをたよんねーんだよ!」
と、怒鳴られてしまった。
てか契約ってあれか?
あの鱗粉かけるやつ。
俺了承した覚えないんだが…。
「いや、だって、スグハのこと全然知らないもん。」
「うーわ、俺こういう女無理だわ。」
ライトが後ろでツバサとススムに何か言っている。
「こらこら、スグハ。せっかくの契約者さんを困らせてはダメよ。」
ハナビさんが妖精のような見た目のスグハに向かって言った。
ハナビさんのお姉さん感がすごい。
「ナオヤはスキル魔法は使える?」
スグハがハナビさんとの睨み合いを中断し、俺たちに言った。
「スキル魔法?」
ススムが聞き返すと、スグハが、
「ナオヤを助けた3人は冒険者だから知ってるでしょ?ほらー、レベルとか書いてあるやつ!」
と返した。
なんか3人が冒険者っていうことになってる。
後でハナビさんが教えてくれたのだが、スキル魔法は冒険者なら使えなければ依頼を受けたりするのに不便になる程、重要な魔法らしい。
この世界ではスキル魔法が使えない人が多いが、使える人も一定数いるため、冒険者になる人が不足することはないらしい。
スキル魔法はレベルを上げることによって、全く同じ訓練をしていても、スキル魔法が使える人とそうでない人とでは力の差は歴然なんだとか。
極端に言うと、スキル魔法を持つ人はレベル1の状態でも素手で、剣を握ったスキル魔法を持たない人を倒すことができるらしい。
まあ、スキル魔法を持たない人が弱いという訳ではなく、持っていない人も筋トレをすれば普通に強くなれる。
ただ成長速度が違うだけで、2軍冒険者という、スキル魔法を持たない人で構成された冒険者くらいになら、頑張ればなれるらしい。
ちなみにレベルは動物や魔物を殺すことで手に入るが、筋トレとかでも上がるらしい。
スキル魔法持ちの人間を殺すことでも、その人間が持っていた経験値をもらいレベルアップすることができる。
しかし逆にスキル魔法を持たない人間を殺しても、経験値は手に入らないらしい。
「ああ!ステータスシートのことか。」
俺が言うと、目の前にステータスシートが現れた。
「そこの、フレンドって欄押して!」
スグハが俺の肩からシートの「フレンド」という文字を指さした。
俺は早速タップしてみた。
すると、顔写真と、名前が書かれたシートが現れた。
上から順に、ススム、ツバサ、ライトが並んでいて、その下に別枠で「契約精霊」と書かれた欄があった。
そこにはスグハと書かれた枠があり、名前の横には「全」と書かれていた。
「『全』ってなんだ?」
後ろから覗こんだライトが言った。
「全属性持ちって意味よ。私は全ての属性の魔法を使えるわ。固有魔法とかはできないけど。」
「へえ、すごいな。」
俺が適当に相槌を打つと、少し不機嫌な顔をしていたスグハの顔がぱあっと笑顔になった。
「えへへぇ〜。でしょでしょぉ〜?でね、そのあたしの名前をタップして。」
ご機嫌になったスグハに言われた通り、スグハのプレートをタップした。
すると、スグハのステータスが表示された。
スグハ
種族 蝶羽カチーナ(精霊)
称号 なおほびに使えるもの 高位精霊 一途 高魔術師
Lv32 次のレベルまで19348P
体力142 魔力493 防御力75 力34 賢さ203 運36(契約者がいることによる付与効果により、それぞれ+50)
スキル
直感 以心伝心 魔力増強 人化
魔法
種族魔法・ライトリカバリー リカバリー ハードリカバリー キュア ハイグロウ
基礎魔法・ライト シェイド クロウ ヘイト ブラップ
固有魔法・サザン ドロウ
「どうよ!」
スグハが得意げに俺の肩の上で胸を張っている。
「う、うん。いいと思うよ。」
俺が曖昧に頷くと、
「どう?これであたしができることわかったでしょ?」
と俺の顔を覗き込んで言った。
「ああ、でも、掃除が1人でできるっていうスキルはなくないか?」
「あっ。でも魔法を使えば…。」
「人手は多い方がいいし、せっかくだしハナビさんにも手伝ってもらおうぜ?」
俺が説得すると、スグハは少し不満そうに、「わかったわよぉ」と言った。
「なんだか、スグハにお兄ちゃんができたみたいね。」
ハナビさんが俺とスグハのやり取りを見て言った。
「あ、見えてきた。あれかな?」
ツバサが前方に見える木造の大きな家を指差して言った。
「そうです。あれが長老様が言っていた、あなたたちの家でございます。」
ハナビさんが言った。
たしかに最初ハナビさんが言った通り、木造の家はまあまあ古い感じだった。
木の柵で囲まれた庭は雑草がのび放題で、いかにも毒草です、みたいな見た目をした紫色の煙を周りに振り撒いている赤い草や、花壇だったと思われるレンガで囲われた場所には虫の死骸がうじゃうじゃと転がっていた。
建物の方は暗い色をしていて、どうやら何かを塗ってコーティングしていたようで、虫食いや破損は外側を見た感じでは特にないように見えた。
ハナビさんがどこからともなく鍵を出して、ドアの取っ手に差し込んでドアを開けてくれた。
「ありがとうございます。」
俺が無意識に言うと、ハナビさんはニッコリと笑って、軽く会釈をした。
家の中に入ると、中は外と同じくらい綺麗だった。
古い家とは思えないほど綺麗な家だった。
床は足跡が少し残っていたり、埃をかぶっていたりするだけだった。
ススムは床を壊してしまわないように慎重に足を踏み出した。
ドワーフは筋肉質で重量があるのだろう。
家の中は虫食いや蜘蛛の巣といった、廃墟でお馴染みの小さな生き物による侵食はなかった。
おそらく、家の塗装に使われている塗料が虫除けの役割を果たしていたのだろう。
玄関からはまっすぐに廊下が伸びていて、廊下の左側には2階につながる階段が設置してあった。
階段は泥よごれが少しあるくらいで、少し雑巾で擦れば取れそうと言うほどだった。
階段の手前には比較的綺麗なドアが付いていて、最初にこの部屋を見せてもらった。
この部屋は庭に面していて、ガラス張りの部屋だった。
「ここは客室か居間だな。」
ライトがハナビさんからもらった家の間取り図を見ながら言った。
「そうだな。」
ガラスは外側には泥すら付いていなかった。
内側は少し水汚れのようなものが付いていたが、これも少し擦れば取れそうな汚れだった。
「古い家なのに随分綺麗ですね?誰かが掃除しているんですか?」
ツバサがハナビさんに言った。
「いえ。この家はドワーフの強化の魔法がかけられた素材で作られているので、非常に頑丈で老朽化しにくいのです。外側なら汚れはつきませんし、虫や小動物の侵入もさせません。」
「そんないい家もらっちゃっていいんですか?」
ライトが言った。
「ええ。むしろこの家は村から少し離れたところにあって、この家に住む人がおらず、解体しようにもドワーフの魔法がかかっていて、簡単には解体ができなかったのです。荒れた庭のある家があると、犯罪行為に利用しようとする輩もいますし、澱んだ空気が溜まり、悪精霊が集まってしまうこともありますから。こうして人が住んでくれる方が村としてもありがたいのです。」
ハナビさんが一階の奥にある台所を案内しながら言った。
台所には蛇口が付いていて、この裏にある井戸から汲み上げた水が出てくるようになっていた。
台所の横の部屋にはトイレがあり、ここも台所と同じような仕組みで水が流れ、排泄物を肥料として利用する施設に流してくれるそうだ。
洋風なのに、排泄物を肥料として使うことに俺は少し驚いた。
まあ、異世界だから元の世界の西洋文化と全く同じなんてことはないか。
さらに一階の一番奥は物置になっていて、今は空っぽになっていた。
この部屋だけ全面黒い石で作られていて、ハナビさんに聞いてみると、
「ドワーフの魔法がかかっているとはいえ、水分を多く含むと腐ってしまうことがあるので、この部屋はどんなものでも置けるようにするために、丈夫で腐らない黒レンガでできているんです。」
と丁寧に答えてくれた。
一階を一通り見終わった後、ハナビさんが次は2階へ行きましょう、と言って、俺たちを2階に案内してくれた。
2階は、6つの小さな部屋が廊下を挟んで3つずつ並んでいた。
「どの部屋も正方形で全く同じ大きさになっています。」
ハナビさんは一番近くにあった部屋のドアを引いて、言った。
その部屋はベランダに面していて、かなり明るい。
入って左にやや小さなクローゼットが付いていて、服をしまう分にはちょうど良いサイズだった。
「おし、じゃあ部屋わり決めるか。」
ライトが言った。
「じゃあじゃんけんで好きなところ選ぶか。」
ツバサが言うと、俺を含め全員無言でグーにした拳を突き出した。
「「「「「じゃーんけーん、ぽん!」」」」」
部屋わりは特に喧嘩することもなく決まった。
別に部屋の大きさが違うとかではないし、日あたりとかの問題だ。
部屋わりは階段上がってすぐ左の日当たりの良い部屋がライト、その次の部屋が俺、ライトの部屋の向かいにツバサ、その隣がススム、と言ったふうになった。
残りの2つの部屋は物置として使うことにした。
今日は部屋わりを決めたところで、日が暮れてきたので、長老の家に泊めてもらうことになった。
明日からは、家の掃除や、それぞれのスキルや魔法の練習や確認をすることに決めて、俺たちはハナビさんに用意してもらった毛布を被り、客室で泥のように眠った。
スグハはエルフになってのびた俺の長い白い髪の中に埋もれて眠ったらしい。