第二十四話 オークロード・グローグ
チャドさんはスキル魔法を持っていないにも関わらず、俺たちが「脚力強化」のスキルをかけた時と同じくらいの跳躍力と速度をオークロードに見せつけていた。
オークロードは禍々しい黒い光を放っている大剣を大きく振りかぶって、石のレンガでできた部屋を刻んでいた。
「あの大剣、魔剣だわ!」
スグハがオークロードが握っている大剣を指さして叫んだ。
「魔剣?」
「確か、長老の持ってた剣も魔剣だよね。」
ライトが眉を顰めながらきき、俺はスグハに確かめるように聞いた。
「えぇ、そうよ。あの大剣にも何か魔法がかかってるはずだけど、よくわからないわ。」
スグハは目を凝らしながら、漆黒の大剣を見つめていた。
「なあ、魔剣ってなんなんだ?」
ライトがスグハに尋ねた。
「魔剣には名前の通り、魔法が込められた剣のことを言うわ。魔法をかけた術者の技量にもよるけど、普通の剣よりも強いわ。剣の切れ味をよくする魔法だったり、剣が壊れなくなる魔法だったり、剣から炎を出す魔法だったり色々あるわ。」
スグハは大剣にかけられた魔法を見極めようと、剣の軌道をキョロキョロと追っていた。
しかし大剣は黒い軌道を描くばかりで、炎を吹くこともなければ、ビームを放っているようでもなかった。
チャドさんはオークロードの間合いのかなり外側まで逃げてからちまちまと攻撃を当てていた。
やはりオークロードの皮膚は硬いのか、オークロードの体にはあまり目立った切り傷は入っていないようだった。
「もしかして、あの剣、刀身を伸ばす魔法でもかかってるんじゃないか?」
ライトがチャドさんが不自然なまでにオークロードから距離を置いているのを見て言った。
「確かに、それもあるでしょうけど…。」
しかしスグハは変わらず、大剣の軌道を見つめていた。
「あの剣にはとんでもない魔力が込められているわ…。きっとたくさんの魔法がかかっているはずよ。」
魔力云々の話はまだよくわかってないが、スグハがいうからには、あの大剣は相当危険な代物なのだろう。
「ともかく、俺たちはどうすりゃいいんだ…?」
ライトはオークロードの攻撃を避けていて余裕のなさそうなチャドさんを見て言った。
チャドさんは緑色の瞳に焦りの色を浮かべながらオークロードの攻撃を大きく飛び跳ねながら避けていた。
「とりあえず、あの蜘蛛の巣に引っ掛けたオークたちが逃げ出さないように見張ればいいんじゃないか?」
俺はそう提案して、糸に絡まって悔しそうな声をあげているオークたちの方を向いた。
オークたちは入り口の近くにまとめてあったので、部屋の入り口の方に向かっていると、かすかに足音が聞こえてきた。
その足音は身軽で素早いテンポでこちらに近づいてきているようだった。
「誰か、来るみたいだぞ。」
俺は警戒するように後ろを振り返って大剣を観察しているスグハと、俺の後をついてきているライトに言った。
ライトも耳に手を当てて、足音を聞こうとした。
しかし足音はすぐ近くまで迫ってきていて、足音の主が部屋に飛び込んでくるところだった。
俺はオークの援軍か何かだと思い、剣を構えた。
しかし、入ってきたのは肩まで伸びた茶色の髪をポニーテールにしたエルフの女性だった。
「ライト!」
女性は部屋に飛び込んだ勢いのままライトに飛びついた。
「エルサ!」
ライトは驚いた様子もなく、優しくエルサさんを受け止めた。
「ライトとスグハはエルサさんだってわかってたのか?」
俺が尋ねると、ライトは当たり前だ、と頷いた。
「愛の力です。」
エルサさんもどや顔で頷いた。
…さいですか。
俺は親友が美女といちゃいちゃしているのを見ていられなくなり、スグハの方を向いた。
「すごく嫌な予感がするわ…。」
スグハはぶつぶつと呟いていた。
「スグハ?」
「ナオ。あの大剣には未知の魔法が刻まれているわ。」
「未知の?」
俺はスグハが震える声で呟いたことをオウム返しした。
「えぇ…。私の高魔術師の称号で検索しても全く何か特定出来なかったの。」
「称号で?」
「そう。いくつかの称号では”世界の図書館”って言われてるところにアクセス権を獲得できるものがあるの。高魔術師はその中の魔法に関することを検索できるの。」
「すごいな。便利そうだ。」
俺はすごいでしょ?とばかりに胸をそらしているスグハの頭を撫でた。
「えへへっ。ってそんな場合じゃないわ!」
スグハは気を取り直したのか、俺の目をまっすぐに見つめて言った。
「世界の図書館にも載っていない魔法なんてあるわけがないのよ!きっと神の力かそれ以上の力を持った何者かが世界の仕組みを弄ったんだわ!」
『我が創造神様の魔法が世界の図書館などというゴミ箱に存在しているわけがないでしょう。』
スグハが言い終えると俺たちの背後から不快な甲高いキンキン声が聞こえてきた。
バッと俺たちが振り向くと、そこには白いローブを纏った銀髪のおかっぱ髪の女が立っていた。
女は燃えるような赤い瞳で俺たちを睨んでいた。
「誰だっ!?」
ライトがエルサさんを庇いながら言った。
『私はラス。アザトース神会の枢機卿です。』
ラス…。
憤怒か…?
ありがちだな。
宗教で七つの大罪になぞられて幹部がいるって言うのは。
俺は背中に背負った鋼の剣を抜いて女、ラスに向かって構えた。
「アザトース神会の枢機卿が、何しにオークの巣に?」
スグハが尋ねた。
するとラスはオークロードの方を見て言った。
「オークの軍勢がエルフの集落を攻めると聞いて、確認しに来たんです。しかし…。」
視線をライトの糸に縛り付けられたオークたちに移る。
「エルフの集落にはなんの被害も出ていないどころか、オークの巣が攻められているとは…。」
ラスはローブから一冊の本を取り出した。
「こうなれば、私が出向いて邪魔者を排除しなければならないでしょう。」
ラスは本のページをパラパラと捲りながら俺たちを睨んだ。
そして本の三分の一くらいの所で捲る手を止めた。
ラスが口を小さく開けて何かを言おうとした所で、ライトがスキルの糸を飛ばした。
俺は縛られて動けなくなったラスから持っていた本を奪った。
「ナイスだ、ナオ。」
ライトがエルサさんと俺のところに近づきながら言った。
ラスは必死に何かを叫んでいるが、口も糸で塞がれているため、何も聞こえない。
俺は奪った本の表紙を見た。
そこにはタイトルはなく、ただただ銀色の革のような質感のカバーがかかっていた。
「スグハ、これ何かわかるか?」
俺はスグハに銀色の本を見せながら言った。
スグハは本を手に取って、パラパラと捲った。
すると一層、ラスのくぐもった叫び声が大きくなった。
それほど神会にとって重要なものなのだろう。
「五月蝿い。」
エルサさんがラスの横っ腹を蹴った。
ラスはうっと声を上げて、気絶した。
俺はラスが白目を剥いてぐったりしたことを確認してからスグハの方に向き直った。
スグハは本から顔を上げて、俺の方を顔面蒼白で見ていた。
「ナオ、大変よ…!」
スグハは震え声で言った。




