第十九話 勇者
俺はまた夢を見た。
オークの王が誕生する瞬間を見たのだ。
あのオークに魔力と知性を与えたエルフ、あれは多分この、俺の意識が入る前の、ユーリルなのだろう。
「これからオークの群れと戦うから、オークロードがどうやって生まれたのか見せましょうってか?」
俺は一人呟いた。
たまにあるこの世界のご都合主義的なシステム(?)は一体なんなんだ。
俺がそう考えを巡らせていると、俺の枕元で寝ていたスグハが起き上がった。
「んー…、ナオ、おはよう。」
「おはよう、スグハ。」
スグハは長い青髪をかき上げながら言った。
「なんか、変な夢を見たわ。」
「変な夢?」
精霊も夢とか見るんだ…。
「そう、なんか…、勇者と3人の仲間がオークを倒す夢。」
「勇者?」
「そう、藍色の鎧にチャドが持ってるみたいな刀を使っていたわ。」
やけにリアルな夢だったわ…、とスグハはため息をついた。
「勇者なんているんだな?」
俺が気になって尋ねると、スグハが言った。
「ええ。女神セントウォム様が誕生するきっかけを作ったのも勇者…だと言われているわ。勇者は四季の神か女神様から加護を授かって生まれた人のことが多いわ。もちろん、王様とか偉い人から人為的に与えられることもあるわ。」
「へえー。」
もしかしたら、転生したクラスメイトのうち誰かは勇者とかになってたりするんだろうか。
「それで、勇者がオークを倒すって言うのは?」
「ああ、大きさからして、オークロードかオークキングだと思うけど、体の部位を切断しても周りにいたオークを取り込んで再生していたわ。」
「えぇ…。」
戦うことになったら面倒だな。
「勇者はどうやって倒したんだ?」
「それが…よく覚えたないのよねえ。」
「一番重要なとこ忘れてんじゃん!」
俺が突っ込むと、スグハはしょうがないじゃん!と逆ギレした。
「夢なんて目が覚めたらすっかり忘れるもんでしょ!」
「それはそうだが…。」
まあ、俺も昨夜見た夢なんてほとんど朧げなんだが…。
でもオークロードの倒し方くらい重要なことは覚えといてほしかった…。
「ふうん。勇者ねえ。」
朝食の席で昨夜の夢のことを話すと、なぜかツバサはオークの話よりも勇者の方に興味をそそられたらしかった。
「勇者なんて最近はほとんど現れていないけどねえ。」
スグハはパンケーキを細かく千切りながら言った。
「勇者ってどんな能力を持ってるんだ?」
ライトが興味津々という風に言った。
「んー、神様に認められてなる勇者、聖勇者には全部で8種類いて、全部違った能力を持ってるの。」
スグハが答えた。
勇者を称号として与えることができるのは、それぞれの国の神に認められた王様、創造神セントウォム様、四季の神の4神たちなの。
その中でも、この世界の創造主であり、魔法をお造りになった創造神様がお選びになった4勇者を四元素の勇者。
四季の神の4神それぞれが選んだ4勇者を四季の勇者と呼んでいるわ。
四元素の勇者はその名前の通り、土、風、火、水の魔法をそれぞれ得意とする4人の勇者なの。
多くの場合、この4勇者はそれぞれ独自のグループで活動しているとされているわ。
まあ、たまに4人が一つのグループを作ってそれぞれの短所を補って冒険をするっていう描かれ方もしてたりするけどね。
それで、もう一つの四季の勇者も名前の通り、春、夏、秋、冬の4人の勇者がいるわ。
この4人は完全に別のグループを形成しているわ。
四季の勇者の能力は代々受け継がれて、大体似ているけど、なった勇者によって細かい能力が違っていたりするの。
冬の勇者の活躍が一番有名だけど、冬の勇者は代々氷魔法や生命活動を停止させる能力を持っているわ。
死神勇者とも言われているわね。
この勇者の能力だって技名が少し違ったり、ある代だと防御に特化しているけど、また別の代では物理攻撃に特化していたりと、若干の違いがあったりするの。
「なるほどなあ。」
ライトが頷いた。
「ちなみに俺たちも勇者になることはできるのか?」
「できるわ。先天的に勇者になった人もいれば、龍やダンジョン氾濫を撃退して勇者に選ばれた人もいるし。」
スグハは大きく頷いて言った。
「ふぅん。」
ススムは特に大した興味を示すことはなかったが、この後の話題で伝説の剣のことにやけに熱心に食いついた。
「あ、あと、伝説の剣を抜いたら勇者に選ばれるっていうやり方をしている時もあるわ。」
ゼ○伝かよ。
「伝説の剣?」
ススムが食いついた。
「そう、勇者の剣とか退魔の剣、後は刀身が青いことから碧空の剣、雷の魔法を放つことから霹靂の剣とか呼ばれてたりもするわ。」
エルサさんがいつの間に持ってきたのか、分厚い白い装丁の本を持ってきて、テーブルの上に置いた。
「勇者に関することがまとめられた聖書よ。私の家に代々伝わる書物なの。」
すごいでしょ?と言わんばかりにエルサさんがライトを見つめながら言った。
「へえ、なんでエルサの家にそんな本があったんだ?」
「まあ、エルサの家系は代々、聖なる者を影から支えてきた家系だからねえ。」
スグハが言った。
「ちなみに魔王に関することがまとめられた聖書もあるわ。」
どんっ。
エルサさんがまたまたどこからか分厚い黒い装丁の本を置いた。
「これが魔王全集。」
へえ。
「へえ。」
エルサさんはまず白い装丁の本を机の中央で開いた。
勇者の始まりは人類誕生まで遡る。
勇者は、人類の繁栄に大きく貢献してきた。
人類を害する魔物や魔獣、悪魔などを退けてきたのだ。
スグハがページをパラパラとめくった。
「あ!まだ途中だったのに!」
ライトが言った。
「あたしが見た夢の勇者はもっと先な気がするの。そしてその勇者はオークロードを倒したのよ。もしかしたら今回、オークの軍勢と戦うことになることになるかも知れないから知っておくべきじゃない?」
スグハが目的のページを探しながら説明した。
「あった。朧げだけど、こんな顔だったわ!」
スグハはページを3分の1まで進めたところで捲るのをやめた。
そこには当時の勇者であろう人物の肖像画とその仲間たちの肖像画が貼られてあった。
六代目勇者 なおほび
「え?なおほびって称号の名前じゃないか?」
俺が驚いていうと、エルサさんがスグハよりも先に答えた。
「彼は歴代で最初に邪神を討伐するという偉業を成し遂げたの。五代目勇者までは魔王を討伐するか、ダンジョン反乱を食い止めるまでしかしてこなかったの。そして邪神を討伐することで崩壊から世界を守ったことで、女神様に新たな称号を授けられたと伝えられてる。その名も『主人公』。」
「主人公?」
主人公って物語の主人公か?
だとすると意味合いが全く違う気もするが…。
「そう。それが次第に彼の名前を表すようになってなおほび、という称号ができたのだと言われているわ。」
エルサさんが説明を一通り終えると、スグハは何か言いたそうに口をもごもごさせたが、結局何も言わなかった。
だが、俺にはなんとなくわかった。
一応契約しているからな。
今の説明のどこの部分かが間違っているんだ。
でもエルサさんの喋り方からしてエルサさんは少なくとも嘘をついているわけではない。
きっと女神直属の部下だけが知っている知られざる真実があるのだろう。
「それで、この人がオークロードと戦ってる夢を見たので間違いないのか?」
ライトがスグハに聞いた。
「え、えぇ。間違いないわ。」
彼は冬の勇者として活躍し、世界を崩壊の危機から救ったことで知られている。
冬の勇者なおほびは凍てつく斬撃を使い、敵の動きを封じることができたのだと言われている。
その能力は現在の時空魔法の原点ともされている。
この勇者は今から一万年以上前に存在した実際の勇者である。
前ページで紹介した五代目冬の勇者、まき・なおやすの一人息子である。
まき・なおやす…日本人くさい名前だな。
少し飛ばして、「オーク」という文字に目が留まった。
勇者なおほびの活躍の一つとしてオークの森氾濫の撃退がある。
これは彼がまだ勇者として名を上げる前の出来事のため、彼を知るものは少なかった。
そのため、他の勇者なおほびに関する伝記や物語ではほとんど語られていない。
彼とその仲間たちは氾濫の原因である、オークジェネラルの討伐へ向かった。
しかし巣にいたのはオークジェネラルだけでなく、さらにその上位種、オークロードが鎮座していた。
オークロードは他のオークと同様、人語を話すことはなかったが、身体に秘められた魔力はとてつもなく、本来使えるはずのない火の魔法や魔力による身体強化を行なっていた。
なおほびたちはなんとかそれを撃退した。
その過程で、彼らはオークオードの能力を日記に書き残している。
オークロードは他のオークより何倍も大きかったが、見た目通り動きはとても遅かった。
体の部位も勇者の加護のある俺たちからすれば、少し硬いなあ、くらいのものだった。
しかし厄介なのはオークロードは名前の通り、他のオークを完全に支配していて、オークロードが一声鳴けば、一斉にオークの集団が襲いかかってくる。
しかも全員必死の形相で、俺たちに襲いかかってくるのだ。
あの顔は今でも忘れられない。
特にとうこ(注釈:勇者の仲間の魔法使い)は相当こたえたらしく、部屋の隅で丸くなって今でも震えている。
オーク一体一体は俺たちのレベルからすればそこまで強くない部類なのだが、数が多いとそれなりに厄介なのだ。
でもまだこれは序の口で、もう一つのオークロードの能力がかなり厄介なのだ。
オークロードが何か呪文のようなものを唱えると、周りにいたオークから魔力や血液のようなものが出て、オークロードの中に取り込まれたのだ。
するとオークロードの傷はみるみる癒えて、しかも欠損していた腕や脚なんかも生えてきたのだ。
なかなかグロかったぞ。
当然、周りにいたオークたちは弱って、さっきよりも動きにキレがなくなった。
オークたちも驚いたような顔をして自分の体と、オークロードの体を見比べていた。
俺たちはオークロードに回復の隙を与えないように、心臓や頭を潰していた。
それでもオークロードはしつこく再生してきて、オークロードを攻撃するより、オークをまとめて葬った方が早く片付くことに気がついたのは、オークの軍勢が半壊してきた頃だった。
ここからは筆者の予測なのだが、オークロードの使ったこの『呪文のようなもの』は現代でいうスキルなのではないだろうか。
(当時はまだスキルという概念が発達しておらず、魔力を使うものを総称して呪文と読んでいたそうだ。)
そしてこのスキルの元となっているのは、『税』というシステムなのではないだろうか。
オークから搾取した魔力という『税』をオークロード(帝王)に収めさせて帝王の力に変えるというものだ。
ここまで読んだところで、ライトが言った。
「この勇者って強かったのか?」
「ええ。歴代の勇者の中でもトップクラスに強かった…らしいわ。ナオ、ここ、これよ。」
スグハがちょうど俺が読んだところを指さして言った。
「なるほど…。この前俺たち、門の前に出てきたオーク軽々撃退したし、俺もワンチャン勇者になれるんじゃね?」
ライトが調子のいいことを言った。
エルサさんもそれに同調して、ライトならなれるわ!といい笑顔で言った。
「ありえなくもないのよねえ。」
スグハが少し困ったように言った。
「勇者って、聖剣を抜いたらなれるんだよな?」
「まあ、そういうところもあるけど…今はその選び方をしてる神はいないわよ。」
スグハはやれやれといった風に首を振った。
「じゃあ、どうやって成ればいいんだ?」
「それこそ、オークロードを討伐したらなれるかもね。でも今回はあくまでオークの進軍を止めさせることが目的だからね。勇者になるんだったら、また別の機会にね。」
スグハが嗜める。
「それじゃあ、鍛錬に行くか。」
ライトがスグハに頷いて言った。
「やっぱ勇者になるには腕っ節が必要だしね。」
俺が言うと、エルサさんが言った。
「それも大事だけど、勇者とは勇気ある人のこと、力だけが全てじゃないわよ。」
ライトはわかってるよ、という風に頷いた。
「まあ、ライトは勇気もあるし、性格もいいし、勇者に選ばれるに決まってるわ!」
…最後惚気たせいで台無しだ。
俺たちは各々鍛錬を済ませた後、俺とツバサとススムはまたベルナの町へ向かった。
今回もツバサとススムはテリーたちのお父さんの馬、ヒュリチェルに乗っていた。
「それにしても、勇者かあ。」
ツバサが言った。
「ツバサ君、勇者になりたいの?」
ススムが聞いた。
「いやー…。別になりたいわけじゃないけど…成れたらかっこいいよねぇって。」
ツバサは猫耳をぴこぴこしながら言った。
「今はそれよりも錬金術をしっかり学んでみんなの助けになる魔道具を作れるようになりたいなぁ。」
ツバサは今は錬金術の方に興味が向いているようだった。
「僕も、伝説の剣作りたい。」
ススムもこれから学ぶことに思いを馳せているようだった。
……………
「勇者」なんて単語がみんなの頭からすっかり抜け落ちた頃に、俺たちは勇者の問題に巻き込まれることになる。
ほんの些細な事件からそれはとても大きな問題へとつながるのだ。




