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潮風とサンドイッチ  作者: 京野 薫
7/13

貝殻から聞こえる音

【貝殻から聞こえる音】

私たちはカフェの裏にある海に来ていた。

カフェから歩いて数分もかからない、まさに目と鼻の先にある場所だ。

「綺麗・・・」

思わずそうつぶやいた。

強い磯の香りと日光に包まれて、波の音だけが聞こえる。

そんな空間にいると、世界から切り離されたような、私と神谷さんしかいないような不思議な、それでいて心地よい気持ちになる。

一緒に砂浜に降りて波打ち際を歩くと、水面に反射する光がまるで宝石のように輝いて見える。

「不思議・・・何か懐かしい感じがする。なんでだろ」

「ですよね。人って元々太古の昔、海から陸に上がってきたからその記憶なんですかね」

「太古の記憶・・・」

確かにそうかも知れない。

この圧倒的な光と静寂から不釣り合いな位の暖かさと懐かしさを感じるのは、そんな理由かも。

「ここは波も緩いからサーファーも来ないし、絶好の穴場なんです。だから、辛いことがあった時はここをブラブラ歩いてます」

私は彼の横顔を見ながら小さく頷いた。

微笑んでいるが、どこか憂いを帯びているその横顔は私の知らない彼の人生を垣間見せているようで、伝えるのにふさわしい言葉が浮かばなかった。

それに、情けないがここまでしてもらってもまだ、さっきの事を引きずっていた。

それに自分のこれからに対する不安も、目の前の心地よい音と光を引き裂くように不意に襲ってくる。

「これから・・・どうしたらいいんだろ」

思わずつぶやいた私に彼は同じくらいの声でつぶやいた。

「今、何をしたいのか。何なら心地よく出来るのか。それをやりましょう。浮かばないなら・・・のんびり過ごしましょう」

「そんなので・・・いいのかな?」

「いいんです。だって、夏木さんの人生なんだから。夏木さんが心地よいと思えばそれが正しいです。生活を成り立たせる事さえできれば、それで。・・・で、無かったら僕なんてどうなるんです?」

からかうような笑顔を向けてくる神谷さんに、ドギマギしながらもつられて笑顔になる。

「あなたは・・・ちゃんとお店やってるじゃない」

「いやいや~、全然お客来ないじゃ無いですか。よし!じゃあそこまで言うなら夏木さんにはトコトン僕らのお店のために張り切ってもらおうかな。正直、あなたが来てくれてから、お店の雰囲気がパッと華やいだんです。だから、あなたを離したくないので」

「え・・・」

彼の言葉に心臓が大きく跳ねて、顔が心臓になったみたいに脈打つ。

神谷さんも私の変化に気付いたのか、慌てて両手を振った。

「あ!すいません!そんな意味じゃ無くて、お店から出て行って欲しくないと・・・ご免なさい、姉からも良く言われてたんです『言葉が足らない』って・・・ホントにすいません。彼氏さんもいるのに」

「ううん、いいの。気にしないで・・・」

彼氏か・・・

神谷さんには言えないが、実は最近悟からの電話も不安をかき立てる。

愛している人から、今の自分を否定されるのは何より辛いから・・・

神谷さんは照れ隠しなのか、キョロキョロと砂浜を見回している。

そうだ、せっかくこんな気持ちいい場所にきてるんだ。

(自分がどうしたいか)

それならわたしは・・・今はこの海辺をただのんびりと歩いていたい。

そう思い、目を閉じて潮の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。

その香りは身体の中に広がり、まるで洗い流してくれるように感じた。

気持ちいい・・・

そう思い目を開けると、神谷さんが何かを手に取りそれを私に見せた。

「やっと見つけた。中々見つからなかったんですよ」

「これは・・・」

それは真っ白で魚の骨のような突起が周囲にある貝殻だった。

「ホネガイの殻です。こんなに綺麗な形で残ってるのは初めて見ました。これは絶対夏木さんにも見てもらわなきゃ!と思って」

彼の言うとおり、それは自然に出来た物とは思えないほど白く・・・美しかった。

「綺麗・・・」

「僕もそう思います。はい、どうぞ」

そう言って彼は貝殻を私に手渡した。

「え!いいの?こんな綺麗なのを」

「あなたにプレゼントしたいと思って、貝殻を探してたんです。今日は無責任な先生の相手、本当にお疲れ様でした」

私は涙が溢れそうなのを必死にこらえながら、うなずいて貝殻を受け取った。

「ずっと・・・大事にする」

「有り難うございます。そう言ってもらえて嬉しいです。あ、あと・・・ちょっと失礼します」

神谷さんはそう言って貝殻を手に取ると、穴の部分をそっと私の耳に当てた。

「目を閉じて、耳を澄ませてください」

「こ、こう?」

彼に言われるままに目を閉じて、耳を澄ませる。

すると・・・貝殻の中から微かに潮騒の音が聞こえてきた。

「え!」

驚いて目を見開いてしまった。

「何で・・・」

キョトンとする私に、神谷さんはいたずらが成功した男の子の様にニッと笑って言った。

「これを聞いて欲しかったんです。僕もこの音聞くの好きなんですよ」

「潮騒が・・・聞こえる」

「種明かしすると、貝殻を耳に当てると外からの音が貝殻の中で反響して、それが潮騒に似た音になるんです」

「へえ・・・」

話を聞いた後、もう一度耳に当てる。

でも、やっぱり潮騒にしか聞こえない。

「この音、気持ちいいですよね。種明かしするとつまんないけど、でも・・・僕はこれは海からの贈り物の一つだと思っています。反響した結果だとしても、それがこんな気持ちいい音になるんならそれって奇跡ですよね」

確かにそうだ。

奇跡か・・・

そう思うと、当てもなく逃げてきた結果この場所でこの人に会ったのも・・・

「奇跡かも知れない・・・」

「え?なにか言いました?」

「あ、ううん。何でも無い」

神谷さんは何も言わず静かに微笑むと、また歩き出した。

私もその後を歩きながら、また貝殻を耳にあてる。

今度は海や空の雲を眺めながら。

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