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潮風とサンドイッチ  作者: 京野 薫
3/13

海辺のお店

 彼のお店は「評判いい」と言う物の、店内はガラガラで私一人だった。

だが、木造の小屋のような店内は白が基調になっていて、海辺の爽やかな空気と良く馴染んでいるせいか、その静けさが嬉しくなるほど心地よさを感じた。

だが彼は私がキョロキョロしてるのを別の意味に取ったらしく慌てて言った。

「あの、評判いいのは嘘じゃないですよ!ご近所の人たちもたまに来てくれるし、サンドイッチをいつも褒めてくれるので。今はオープンして2ヶ月だからまだ認知されてないけどキッと・・・」

「あ、すいません!そんなつもりでじろじろみてた訳じゃないです。凄く雰囲気いい所だな。海とも凄くあってるお店だな・・・と思って」

「マジで!やった、嬉しい。そんな風に言ってくれたのはあなたが初めてです」

そう言うと彼は少年のように歯を見せて笑った。

彼はいくつなんだろう。

こう見ると下手したら高校生に見えるくらいの童顔だ。

まぁ、流石に高校生はないだろうから20台前半くらい?

私は30台前半なので、きっとおばさんに見えるんだろうな・・・

「じゃあ、座ってください。何にしますか?メニューをどうぞ」

そう言って彼から渡されたメニュー表を見ると、パスタやサラダ類もあるけど、圧倒的にサンドイッチが多かった。

エビやアボカドを使った物。

ローストビーフとレタス。

照り焼きチキンをふんだんに挟んだもの・・・

シンプルなエッグサンド。

この品目を見ても、彼がサンドイッチにこだわりを持っていることが分かる。

私はしばらく悩んだけど、先日からの精神的な負担もあってしっかりと食べられそうになく、エッグサンドを頼んだ。

「あ、やりますね。こういうシンプルな物はその店のレベルを見極めるのに一番いい、って姉が言ってました」

「え、いや、そういう訳じゃ・・・ごめんなさい」

「なんで謝るんです?むしろテンション上がってきましたよ。しばらくお待ちくださいね」

彼はニッコリ微笑むと、厨房へと消えていった。

何というか、気持ちの良い子だな。

恐らく成人であろう彼に対して「子」と言うのもどうかと思ったけど、実際あの気持ちよい明るさは、もしやんちゃな弟が居たらきっとああいう風だったんだろうな・・・と思う。

店内は日光が充分に入っているせいで、照明は最小限だったが白い内装も相まって充分に明るさが保たれていた。

また、窓から入る潮風の匂いも気持ちいい。

しばらくその心地よさに浸るため、目を閉じて窓の方に顔を向けた。

そうしているとほんの一時、自分を取り巻くぬかるみのような現実を忘れられるような気がして、中々目を開けられなかった。

開けてしまうと、現実と向き合わなくてはいけないような気がするから・・・

自分が裏切った様々な事を思うと、力がヘナヘナと抜けていき知らず知らずに背中が丸くなる。

身を縮こまらせる事で、身を守れると思ってるかのように。

すると突然、鼻腔に暖かい湯気に乗って甘い卵の香りが飛び込んできた。

驚いて目を開けると、目の前には注文したエッグサンドがあった。

卵焼きが驚くほど大きく挟まれており、真ん中から三角になるように切られていた。

本当に卵焼きだけのシンプルな物だった。

「お待たせしました。当店一番人気のエッグサンドです。・・・一番人気は自称ですが」

「そんな・・・凄く美味しそう。頂きます」

「どうぞどうぞ。あっ、撮影は全然オッケーなので、店内やサンドイッチは自由に撮ってくださいね。店主ももちろん」

私はプッと吹き出すと、携帯を取り出して彼に向けた。

「じゃあお言葉に甘えて」

「えっ!待って!今のは冗談。店内やサンドイッチだけで」

「はいはい。じゃあ・・・」

そう言って携帯を見たとき、電源を切っていたことを思い出し心臓がドクンと大きく高鳴った。

電源を入れるのが怖い。

あれからクリニックから電話が入っているだろうか?

ラインが来てるだろうか?

もしかして彼からも?

そうだ!彼は今夜家に来ると言っていた・・・どうしよう。

そんな様々な事が脳内に次々と浮かび、私は真っ黒な携帯の画面から目を離せなかった。

口が酷く渇く。

汗が止まらない。

涙が出そう。

でも、いつまでも電源切ったままに出来ない。

どうしよう・・・全部捨てるなんて・・・そんな事出来るわけ無かった。

でも、もうあそこに戻るのは嫌だ。

みんなが尊敬して、認めてくれてると思ってた。

だから頑張れた。

なのにそうじゃなかった。

どんな顔して出勤すればいいの?

彼にも顔を見せるのは嫌だ。

だって、こんなみっともない私を見せて見限られたくない。

思わず目を閉じて携帯を握りしめた私はしばらくそのまま動けなかった。

「これ・・・良かったら」

そんな声が聞こえて、ハッと目を開けると目の前には心地よい香りと共に、紅茶のカップが置かれていた。

「どうぞ。ジャスミンティーです。心を落ち着かせるので僕もキツいとき良く飲んでます。メニューには無いんですが特別に・・・でも、それ以上にいいのは誰かに話すことです・・・良かったら聞かせてください。何かありましたか?」

ああ、何て優しい声なんだろう。

彼はなんでこんなに優しいんだろう。

私が地元の人ならそうするメリットもあるだろうに。

ごめんなさい。

私はあなたに対してほとんど価値はないけど、それでも・・・甘えたい。

「私・・・逃げたんです」

彼は何も言わず、静かに立っていたがやがて「失礼します」と言って目の前の椅子に座った。「大事な話を聞くときに見下ろすのは、相手に失礼ですから」とつぶやいて。

私はその言葉に勇気をもらったような気がして、さらに続けた。

「ずっとここから3時間ほどのA町と言う駅前のクリニックで、外来担当の看護師をしてました。そこでの仕事は忙しかったけどみんなに必要とされている自分にやりがいを感じてて、頑張れてました。みんなへの批判の矢面に立ったり、みんなの仕事を拾ったりするのも頑張れた。・・・でもある日、そんなみんなとドクターが私の事を悪く言ってるのが聞こえて・・・今朝、頑張ってお仕事に行こうと思ったけど出来なくて・・・逃げて来ちゃった」

話しているうちに涙声になっているのが分かる。

でも、言葉と共に涙も止まらない。

きっと誰かに聞いて欲しかったんだ。

「私、ずっと頑張ってたのに。彼氏だってそんな私が好きだって言ってくれてたのに。なのに逃げちゃった。みんなに迷惑かかるのに・・・私、ダメな人間なんです」

そこまで言うと、涙が微かに音を立ててスカートに落ちるのが分かった。

それにも構わず、子供のようにイヤイヤと首を振った。

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