人を愛すいつかの日
アルバロは、控えめな娘であったので、姉妹の中でも目立たぬ存在であった。
何をやらせても卒なくこなすのであるが、突出した何かがなかったのである。
そんな娘に、父母は得意なものを見つけてはどうか、と言ったが、アルバロは、いいえ、今のままでいいんです、とかぶりを振るのであった。
アルバロは、往々にして美しいものが好きであったが、中でも花がいっとう好きであった。
しばしば、花を愛でるために一人で野原に出かけることもあった。
色とりどりの花を眺めては、 アルバロは満足げに微笑むのであった。
そんな控えめな娘が、隣国の公爵の目に留まったというのであるから、アルバロの家族は周章狼狽したものだった。
当のアルバロ自身は、ぜひ花嫁に迎えたいとの特使の言葉にどうもぴんと来ていないようで、平素と変わらぬ様相でそれを聞いていた。
顔も知らぬ男性の元へ嫁ぐこと自体は、別段珍しいことではない。
未だ恋を知らぬアルバロの心を占めるものは、結婚への憧れや不安ではなく、どうして私が?という疑問であった。
花の咲き乱れる故郷の春の国を発ち、辿りついた先は少し寂しげに感じる灰色の国であった。
しかし、通された荘厳な造りの部屋は花で満たされていた。
嫁いでくるその日までも、アルバロの元には毎日贈り物が届いていた。
品の良いドレスや、 上品な香りの香水、目も眩むような装飾品。
そのどれも、上質で、センスの良いものであったので、アルバロの想像は膨らむばかりであった。
センスの良いものばかり選んでくださっているから、自分の夫となる男性は、女性の扱いに慣れている──人生経験の豊富な──少しお年を召した方なのだろうか。
それとも、お若いながらも、細やかな気遣いが出来る方なのか。
贈り物に添えられていたお手紙には、繊細な字で美辞が連ねられていたので、少々神経質だけど、感受性の豊かな方なのかもしれない。
部屋を満たす婚前最後の贈り物である花の優しい香りに、未だ見ぬ郎君の優しさを垣間見たようで嬉しく、また、故郷を思い出し、少しだけ涙した。
そうして、ようやくお目通りが叶ったのは、日がとっぷりと暮れてからであった。
初めて贈られてきた薄緑色のドレスに身を包み、緊張と期待と幾ばくかの不安に胸を高鳴らせたアルバロは一際大きな部屋に通された。
少々尊大な様子で椅子に座っていた公爵は、意志の強そうな切れ長の瞳でアルバロを一瞥した後、ようこそ、細君、と薄く笑んだ。
怜悧さと深みを含んだ声がアルバロの耳朶を打つ。
想像していた郎君像のどれとも合致せず、厳しさと冷たさを兼ね備え、まさに覇王然と椅子に腰掛けている公爵にすっかり萎縮してしまい、おじぎをすることしか出来ないアルバロを見て、郎君は 「そう緊張せずともよい」と言った。
アルバロを怖がらせぬようにか、つとめて優しい声色であったので、アルバロはいくらか呼吸が楽になって、郎君の側に歩み寄った。
かなり背の高いことが座ったままでもわかる。
背の低いアルバロと立って並べば、 相当な身長差があることだろう。
男性に見つめられる経験などなかったアルバロは、急激に顔が火照るのを感じた。
その上、郎君は大層端正な顔立ちをしていたことが、より一層アルバロの頬を染めさせた。
それからのことは、正直あまり覚えていない。
郎君が、屋敷内のことや、 召使たちのことを言っていたように思うが、どうもふわふわとした夢見心地な気分になって、 覚えていないのだ。
次の日から、夫婦同室になるとのことであったが 、今日は旅の疲れもあるだろうからと、最初に通された、花に満たされた部屋に戻された。
アルバロは柔らかなベッドに身を沈めながら、郎君との邂逅を何度も何度も反芻させていた。
「エアハルトさま」
郎君の名を口に出してみたら、何だかとても気恥ずかしくなって、アルバロは頭まで毛布をかぶってしまった。
早く明日になって、エアハルト様と、もっとお話をしてみたい。
そうして、部屋を満たす優しい花の香りが、アルバロを夢の世界へと誘っていくのであった。




