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83 リオンとレオの逃避行3


 空は快晴。雲は白く光り、遠くに見える山影は誇り高くそびえたっている。

 眼下に広がる椿カメリア屈指の大都市、カロアリア。騒がしい人波が、高い建物が、まるでおもちゃのように、無言で落ちていくノルの目に映った。

 隣を見ると、自分と同じく落ちていくミラ。

 ノルの、大事で大好きな婚約者。親しい人の前以外では基本礼儀正しい、できた八歳なのであるが、そんな彼女も今回ばかりはこらえきれないと言うように叫んだ。


「なんでこんなことになっとんじゃバカああああああ!」


 上を見ると、真っ青な空を走る黒い裂け目が閉じようとしている。

 そこから、しわの刻まれたやさしげなエドの顔が覗き、おだやかにこちらに手を振っていた。


「リオンとレオを頼むぞ~い!」

「だからって落っことすのはダメでしょおおぉぉぉぁぁぁ……――」


 背中から落っこちていくミラの決死の叫び声は無情にも広い空へと吸い込まれていく。

 ひとつため息をつき、魔力を操作して、気を失いかけているミラを受け止めようと空中を飛ぶようにノルは移動した。

 本当に、どうしてこんなことになっているのだ。グラマリー現トップときたら、見た目に反して人使いが荒い。

 ミラは一見強そうに思えるし、実際とても賢くて軽々と動き回るが、魔力が少ないのは変わっていないのだ。衝撃を吸収したりする基本的な魔力操作も、あの異常にスパルタな侍女(エマというらしい)が叩き込んでなんとか、普通の人間の三分の一程度の効力だという。普通の魔力量で訓練した人間の足元にも及ばない、情けない、とミラが自嘲気味に笑っていたのを覚えているから多分本当だ。


「……。もっと、頼ってよ。そのためにおれがいるのに」


 ノルのお嫁さんは、なにかあっても自分でなんとかしてしまう。困ったことに、なんとかなってしまうのだ。

 その姿には妙な危うさがあって、ノルはときどき不安になる。

 ミラが人知れず何かを決めて、誰にも、自分にもなにも言わずに突然目の前から消えてしまいそうな、そんな不安だ。


「杞憂……だといいんだけど」


 完全に気絶し目を閉じたミラの額に、己の額をこつんと合わせた。風圧でミラの髪がきらきらとなびいて、相変わらず綺麗だ。そのままそっと、その白い肌に口づける。

 それを合図に、ノルは思考を切り替えた。


(確かこの町のどこかに、リオンとミラのお兄さんがいるんだったよな。追手より先に見つけてこい、先手を打たれたら力づくでよろしく……って、あのじいさんはおれらをなんだと思ってるんだ……)


 あの柔和な表情の中にあれだけ隠しこめるようなら、ラースさんとやらにウィザードを明け渡す必要などなかったのではなかろうか。


 とりあえず、地上に激突する前に魔力操作でクッションのようにして落ちた時の衝撃を和らげなくてはなるまい。おそらくそこを見越して魔力の多いノルも落としたのだろうが、やはりというかなんというか、そこそこ鬼畜なじいさんである。


(ん、あそこにいるの、リオンじゃないか?)


 まだ地上は遠いが、ノルの目に、リオンのものらしき濃い茶のふわふわの髪が映った。細い路地のうちの一つに入っていく様子は、遠目でもよく目立つ。なんといっても回りは皆栗色の髪の人間ばかりだ。

 フードを外しているのを一瞬不思議に思ったが、見たところ交戦中のようである。しかもリオンの向かう先は行き止まり。このままでは袋の鼠だ。


「ミラごめん。ちょっと揺れるよ、ていうかそろそろ起きて」


 ノルは腕の中で眠る女の子の耳元にそう囁き、落下速度を上げた。

 そのまままっすぐ、リオンらしき人物のいる路地に着地する。


 一瞬遅れて町全体が揺れた。

 地震だとは珍しい、と町中の人間が驚いて辺りを見回している。

 ノルはざわつく市民を一瞥し、すぐにその視線をリオンの方に移した。


「来たよ」

「は!? 若!? なんでここに……」

「状況説明。手短にお願い」

「お、さ、最後の隠し通路に向かう途中で追手に見つかり交戦中! そこで人質に取られているのがレ……クレオ=ウォルシュ。槍を所持しているのが追手のラース! 逃走経路の確保と人質の奪還を願う!」

「了解」


 瞬間、直線状になった魔力がレオを拘束している男の元にまっすぐに向かっていく。

行使する対象が人間の場合、回復以外の魔法を使うのは非常に困難だ。『自然』が人を傷つける魔法を極端に嫌うからである。だから、対人の戦いは基本魔力のぶつけ合いになる。

ラインハルト入試で魔法が使えたのは、魔法の対象があくまで『グレイシャー』だったからだ。ちなみに『禍』などの人外相手でも魔法の行使は可能だ。


 ノルの放った魔力は寸分の狂いなく的確に男の手に当たり、ミラのお兄さんだという人が解放された。そのままミラ兄が男をぶん殴っているのでそちらは心配なさそうだ。

 ノルはもう一度跳んで、相手から距離をとった。


「おはよ、ノル。ありがと。あとうしろ、もう一人」


 腕の中で目を覚ましたミラがノルの首にギュッと抱き着く。否、抱き寄せた。

 己の首の裏を強い魔力の気配がかすめていく。先ほどから思っていたが、どうやら目に見える敵二人以外にも、向こうの仲間が幾人かいるようだ。


「ありがとうミラ。助かった……って、近っ……」


 視界にミラの真っ白なうなじが映る。ふわりと甘い石鹸の香りがして、ノルは咄嗟に自分の頬を張った。大きな音にびっくりしたのか、ミラの肩が上下する。


「な、なになに? どした?」

「なんでもない。ちょっと冷静になろうと思って」

「……ふうん……?」


 ノルはなんとか自然に着地し、ミラを地面に下ろした。彼女は槍を持ったラースからの魔力の弾丸を身軽な動作でよけ、少しずつノルの方へと誘導していく。

 勢いのままラースが突っ込んできた。

 魔力が付与された槍を魔力操作で作った結界で受け止める。さすが、腐ってもウィザードトップを張る男だ。一撃が重い。


 何とか攻撃を弾き返して、ノルはようやくその姿を目に写した。

 レーズンの髪と瞳。昼の強く眩しい光に照らされてなお昏く、その色はどこか作り物めいている。


「若! 頭下げて! 『閃光』!」


 言い終わるや否や、ノルの頭上を強めの光魔法が通り過ぎる。リオンが目くらましにはなったのだろう。

よけたはいいが、眩しくて何も見えない。

 ようやく目が慣れてきたと思ったら、目の前にラースの顔があった。


 この男が母を殺した仇なのだという事実が、一拍遅れて脳内を走り抜ける。


「おまえ、アリアの息子か」

「だったらどうするの」

「ははははっ! そっくりだ! その目も! 髪も! イライラする顔も声もなあ! あんな女、死んでよかった! おれがせっかく見初めてやったのに、それを蹴りやがった!  なあ、どうだった。あの女の死にざまは? 苦しんでたか? 憎しみを浮かべてたか? おまえさえいなければって! なあ! どうなんだよ! 元凶さんよぉ!」


(うっさ……言われなくてもわかってるっつの)


「あなたこそ、おれの母を殺した感想は? 好きな子いじめちゃうとか、幼児かよ」


 ラースの顔から表情が抜け落ちた。そのまま容赦のない槍の攻撃が飛んでくる。

 特にひるむでもなく、ノルはそれを避けながら練った魔力を放つ。魔法と違って頭を使わなくていい分大変楽だ。


「おまえ、馬鹿にするのもいい加減にしろ」

「そうやってなめてるから、欲しい部下ひとり引き留められないんじゃないの。『旋風』」


 ノルは風魔法を放ち、ため息を一つついた。


 こんな、たいしたこともないような男だということも知らずにただ逃げ回っていただけなんて、なんだかバカらしくて笑えた。こんな、こんな男に怯えて、家族にすら気をつかわせて、挙句の果てにミラとの縁も切ろうとしてたなんて、自分はどれだけ馬鹿だったんだろう。最初から、正面切って迎え撃っておけばよかった。


(どうせおれは負けるんだから)


 ラースは強い。当然だ。ノルの母を殺し、あの食えないじいさんからでさえ、一組織の頭を奪った男だ。いくら魔力が多かろうと、技術も経験も足りない八歳が勝てるような相手ではない。


 せめてリオンたちが逃げ切るまでの時間稼ぎを。それと口だけでは負けないように。

 そう思いながら、鋭い槍檄を受け流す。それでも、だんだんと押され始めている。


(ああ、カッコ悪いのは、幼児なのは、おれの方だよなあ)


 わかっているのだ。母が死んだのは、自分を守るためだったんだってことくらい。

 弱いのも、未熟なのも、好きな子をいじめちゃうのも、すべて自分だってことくらい。


「これで不意を突いたつもりか?」


 風魔法が薙ぎ払われた。

 鈍い光がノルの目の前にちらつく。

 ラースの挙動の一つ一つが、やけにゆっくりに見え、流れていく。


「お待たせしました。こちら、『不意』でございます」


 ミラの透き通る声が聞こえた。

 ついで、ばきっと音がする。

 ミラが、こぶしでラースを吹っ飛ばした音だ。


「ねえノル、もしかしてだけど、この人のこと嫌いっしょ?」

「うん」

「ウチも嫌い」


 そう言って、ミラはもう一度ラースの頬に拳をお見舞いする。

 ぐえっとうめき声がした。


「ノル、こっち。追いつかれちゃう、走って」


 ミラがノルの手を引いてダッシュする。

 繋いだところから伝わる体温に、ノルは、自分でも驚くほど安心していたのだった。


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