82 リオンとレオの逃避行2
暗い地下通路をひたすらに歩いていく。
時折現れる小さなろうそくの明かりだけが目印だ。
「リオン先輩、あとどれくらいですか?」
「歩幅数える限りはまだあと四分の一くらいは残ってるかなー」
ひょいと地図を覗き込んできたレオにリオンは微笑んで答えた。
すでに何度か外に出ているが、いまだウィザードの追手はこない。
これならおそらく逃げ切れるだろうとリオンは踏んでいるが、まだ安心はできない。
しかし、この状況でそんな、たらればな話をしてもしょうがない。今のところは無事なのだから、それでいいのだ。そのことにいちいち怯えていたら、それこそ追手の思うつぼである。
「なあ」
始終無言なのもどうかと思い、リオンはずっと気になっていた疑問をレオにぶつけてみることにした。
「ラースの話、どう思う。『異世界』っていうのがあって、神様たちの力でときどき、お互いの世界で『魂の召喚』が行われるっていう話」
「……。その魂の生まれ変わりが『魂の器』で、白髪伝説のモデルになったっていう、アレですか?」
「そうだ」
リオンは別に、ラースを慕っているわけではない。どちらかといえば嫌いだ。いや、大嫌いだ。恩人の大事な居場所を奪った敵だとさえ思っている。でなければ、わざわざリスクをとってまでウィザードを抜けようとは思わない。
けれど、不思議とラースの話だけは聞き流そうとは思わなかった。突拍子もない話だ。聞くふりをして適当に相槌だけ打ってもよかったのに。
「髪色が淡い人間がごくたまに超人的な能力を持ってて、中でも白髪の『魂の器』はほとんど神に近い存在だって言ってましたよね。すべての能力を扱えるから。『魂の器』と仲良くなれば、『異世界』に行けて、世界も支配できるんだって」
世界を支配できるかどうかは別として、たしかに均衡は崩れるだろう。
今まで当たり前だった力関係はガラリと変わる。
魔法の得手不得手で人を測る時代は終わりを告げ、今のこの世界で一般的な貴族社会ももしかすればひっくり返るかもしれない。
けれどそれがいいことなのかと聞かれたら、リオンは素直に頷けなかった。
平民は虐げられているわけではない。貧富の差はあれど、ある程度秩序の保たれたこの状態がこの世界に平和をもたらしていることは事実だ。
五年前の抗争以降、争いも起きてはいない。
しかし、そう思う理由が自分は魔法を使えるからじゃないのか、と問われればそれを否定できないのもまた確かなのである。
「……おれは、異世界のことはよくわからないですけど、髪色の淡い人間がもつ能力については信じている……ちがうな、信じたいって感じですかね」
「それは、妹のことがあるからか」
「そう、ですね。でも、そういう場合、苦労の方が多いのかもしれないですけど」
(ひょっとしたら、おまえの妹は能力者どころか『魂の器』かもしれないぞ)
口元に手を当てて考え込むレオにリオンは言おうか迷ったが、結局口にはしなかった。今エドがいるグラマリーのラインハルト学院に辿りつき、一緒にいるミラを見れば多分、レオもその可能性に気付くだろうと思ったからだ。
あの星影色の髪を見れば。
「お、そろそろ最後の街だな。その街のここの路地にラインハルト学院につながる秘密通路がある」
「なるほど」
レオに地図を見せながらリオは辺りを見回した。
外からの光が漏れ、わずかに明るくなった通路の先に小さなエレベーターがあるのを見つけ、リオンは胸を撫でおろした。道は間違えていなかったようだ。
「最後の街は結構大きいからな。ウィザードのやつらが十中八九張ってるはずだ。慎重にいこう」
「はい」
エレベーターに乗りながら、二人は自身に高威力の認識阻害魔法をかける。
普通の人間であれば、まず気にも留めないような至って平凡な顔立ちと中肉中背な見た目に思えるだろう。
しかし目を皿にして探しているはずのウィザードの面々には気づかれる可能性がある。
加えて、次の地下通路までは少し距離があるので、その間に魔法の効果が薄れるかもしれない。二人とも目立つので、出来ればこの精度を保ったまま地下に潜り込みたいものだ。
音もたてず、地上へとエレベーターが到着する。それが設置されていた薄暗い路地から表通りへ向かうと、数えきれないほどの人がわらわらと歩いていた。
ここで騒ぎが起こると面倒だ。
足早に、けれど不自然にならない程度の速度で二人は通りを横切る。
「おい」
突然声をかけられ、レオがビクッと肩をこわばらせた。
しかしリオンはいたって自然に、少しだけ驚いて「なんですか」と言いながら振り返った。
街中で声をかけられたら、誰もがそうするであろう地味で平凡な反応ができているだろうか。声をかけた男は、手のひらに冷や汗をかきながら応じたリオンを不審に思うでもなく懐から絵を取り出した。
リオンはそれを受け取り固まる。そこに描かれているのは他ならぬ自分たちの顔である。
「この二人連れを見なかったか。名は右がリアム=クランストン、左がクレオ=ウォルシュだ」
「え、っと……覚えがないですねー」
リオンは絵をまじまじと見つめる動作をし、苦笑いをしながらそれを返した。
ここで焦って逃げるのは悪手だ。なんとか場を切り抜けようとリオンは引き攣りそうな口元を気合でなんとかする。
「そうか。手間取らせてすまなかったな」
「いえいえ。じゃあ失礼しますね」
至って自然に男と別れようとリオンはぺこりとお辞儀した。
レオの方を振り向き、歩き出す。
「おい」
「はい!」
そこに再び声をかけられ、またレオがビクッと肩を揺らす。
「まだ何か……」
「協力してくれた礼に教えてやる。この町で飯を食うならあの店がうまい」
男は道の先にある洋食店を指さした。特にグラタンが絶品で、などと言っている。よもや追手が食通だったとは知らなかった。驚きの発見である。
何はともあれ、バレたわけではなさそうだ。レオとリオンは胸の内でほっと溜息をつく。
「わかりました。せっかくなので食べていきます。こちらこそありがとうございましたー」
男の姿が見えなくなるまで歩いてから、二人は詰めていた息をどはーっと吐き出した。
「あ、焦ったーーーーー!!」
「おっまえ、びくびくしすぎだ、ばか! いつバレるかと冷や汗ものだったんだからなあ!!」
「す、すみません! だって二回もも呼び止められるたから、もうダメだとばかり……」
「嚙みまくりじゃないか……まったく」
リオンの目に映る、腕を組んでびくびくと震えるレオの姿がウィザードで指揮を執っていたころの冷徹無比な表情と重ならない。きっとこちらが素なのだろうなと思いつつ、それが自分にも向けられていることに、リオンは少し誇らしいような気持ちになる。
なかなか可愛げのない後輩だったのだ。レオは。
「おまえって、プライベートだとこんな感じなんだな」
「うるさいですよ。先輩こそ意外と気さくなんですね!」
レオがほとんどやけくそ気味に叫ぶ。ふうん、とリオンは笑う。
意外と肝が小さめなのか。いや、これは太いやつの返しか。
「お? 惚れなおしちゃった? だめだよおれはもうジゼルのもんだから」
リオンの返しにレオがまばたく。何言ってんだコイツという含みを包み隠さずに表に出す。そんなところも、やっぱりミラに似ているな、とリオンは思った。
「先輩、ジゼルってまさかジゼラのことじゃ……」
「んん? もしかして狙ってた? だめだよジゼラはもうおれのもんだから」
レオは驚きのあまり口をパクパクと開け閉めしてしまった。
だけど、つまりはそういうことである。
(そういえばレオは知らなかったな。ジゼルのその後)
「ジゼラは……ジゼラ=フォルスは、無事、なんですね。それで、先輩と幸せに過ごせるんですね……!」
「あげねーからな」
いくら可愛い後輩とはいえそこは譲れないものなのだ。
レオが本気で意味が解らないというような表情するので、リオンは少し苦い顔になった。いらぬ藪をつついた気がする。
「ジゼルと一緒に行こうかな。さっきの人が教えてくれた店」
「張られてて、見つかっても知りませんからね。先輩の頭はお花畑ですか」
レオがやれやれと首を振った。そこはかとなく失礼な反応だ。仮にも先輩であるリオンにに向かって「頭お花畑ですか」と来た。あとで仕返しをすると決める。
ミラにさっきの焦りっぷりを教えてあげるのとかいいかもしれない。
レオとミラ。この兄妹は絶対にいじりがいがあるぞとリオンはわくわくした。
「わかったわかった。そろそろ行くぞ。いつ追手が気づくかもわからない」
(……返事がない……!)
その瞬間、ものすごく大きな魔法の気配がしてリオンは咄嗟に後ろを振り向いた。
レオをが後ろ手にされて捕まえられている。それをしていたのは先ほどリオンたちに声をかけた男だった。
「ふー! ううー!」
呆気に取られているリオンに、口を塞がれたレオが何か言おうともがき、訴えるように視線を滑らせる。
「上か!!!!」
ほとんど反射的に頭上を見上げ、リオンは強大な気配の主であろう相手の姿を目に写した。
「先ほどぶりですね、リアム。そしてさようなら」
魔力を纏わせた刃ごと、重力に任せてまっすぐにリオンのもとに降りてくるのは、ウィザード現トップ、ラースであった。




