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81 リオンとレオの逃避行1



「とまあ、こんなことがあったんじゃ」

「ははあ~」

「今日あたり、レオと一緒に来るじゃろうて。おぬしらには話しておいた方がよいかと思ってのう」


 一同はなるほどと頷いた。リオンならうまくやるだろうという共通認識があるので、そこまで悲壮感はない。ミラは唯一、兄のことだけが気がかりだった。

 思えば兄のレオからはしばらく音沙汰がない。『便りがないのは良い便り』とはいうものの、年に一度も連絡してこないのは流石にどうかと思っていたのである。

 まあ、以前のミラは濃い化粧にドフリルドレスという派手な装いに、自己中わがまま身の程知らずという性格のオプション付きだったので、ただ単純に便りを出すのが面倒なだけだったのかもしれないが。

 それでも、自分と違って強力な魔法が使える兄にひどい言葉を浴びせたミラの頭を撫でてくれた。何も悪くないのに、兄にごめんと謝らせたミラを、抱きしめてくれた。


「兄さん、元気だといいなあ……」


 また少し星影色スター・ホワイトの部分が増えた髪をなびかせ、ぽつんと零したミラをノルが心配そうに見ていた。





「今までありがとうございました。ラース様」

「ああ。本当に、行ってしまうのかい? 優秀な部下だ。手放すのは惜しいな。それに君は、私とともに異世界に行くつもりなんだと思っていたのだけどね」

「……申し訳ありません」


 別れ際の挨拶を済ませ、またかとリオンは思った。ラースはときどき『異世界に行く』というような話をリオンにしていた。正直何を言っているのかまったく分からなかったが、耳にタコができるほどラースに聞かされたその話では、この世界と並行して『異世界チキュー』と呼ばれる世界があるとそう言っていた。

 その世界は魔法がなく、代わりに高度な文明が発達していると。そして三千年に一度、この世界と『異世界チキュー』の神々の間で『魂の召喚』というのが行われる。元いた世界の記憶を持ったまま互いの世界に生まれ変わるのだ。


 異世界の魂の生まれ変わりは『魂の器』と呼ばれる。混じりけのない白く美しい髪を持ち、魔力は持たない。白髪はくはつ伝説のモデルとなったのは、三千年前に行われた『魂の召喚』で呼びだされた『魂の器』だという説もある。

 これについて書かれている文献は非常に少なく、魔法の国と名高い椿カメリアでも数えるほどしかない。ほとんど眉唾物の話で、真剣に研究する人間などいない。

 けれどもしそれが本当だとしたら、白髪伝説の生まれた三千年前にこの世界で知識、文化、考え方の総入れ替えが行われたことになる。そして、その周期がすぐそこに迫っているということにもなるのだ。

 もしかしたら、すでに『魂の器』は生まれていて、この世界に少しずつ影響を及ぼし始めているのかもしれない。


 ラースは『異世界チキュー』研究者だった。魔法以外の、『科学』という不可思議なものをずっと研究していた。火が生じるのには火魔法を使う以外の理由があるのだと、そう言っていた。

 『魂の器』を見つけることが『異世界チキュー』に行く手掛かりになる。『異世界チキュー』に行く方法がわかれば、魔法以外のもう一つの技術で世界を支配すらできる。

誰もが夢物語だと笑ったその話を、リオンだけが唯一真面目に聞いていたから、ラースはリオンも一緒に行くものだと思っていたのだろう。


「ラース様、代わりに私めが行きますよ。そんな夢みたいな世界が本当にあるのなら、ですがね。ひゃっひゃっひゃ」


 豚幹部の一人がそう言ったのを皮切りに周囲に失笑が漏れた。この人たちはきっと、ラースの言うことを信じていないのだろうなと思う。ただ力が、権力があるから、ラースが強い魔法使いだから従っているだけで誰も根本からラースを慕っているわけじゃない。

 自分の話に耳を傾けてくれた人たちは皆、ラース自身で追い出してしまったようなものだ。

 ふと、そのことがとんでもなく可哀想に思えて、リオンは首を横に振る。


「本当に残念だよ」


 そんなこと微塵も思ってないくせに、とリオンは内心で毒づいていた。

 この一見人当たりのよさそうな笑顔が作られたものであることはいつも感じていたし、彼にとって『優秀な』というのは『手駒として便利な』という意味と同義である。


 グラマリーへの移籍は伝えずに行く。バレてしまえば今ここで殺されるのは確実だ。


「そう言っていただけると、私もがんばった甲斐があるというものです」


 リオンはあくまで慇懃に礼をする。自分が彼らの計画を見抜いているということも悟られるわけにはいかない。そうなってもやはり、今ここで殺されるだろうから。


「ラース様、そろそろ……」


 クレオがタイミングを見計らってラースに声をかけた。

 あくまで、クレオが早くリアムを殺したがっているように見えなくてはいけない。


 まるで本当に待ちきれないというかのような表情を作ったクレオを、策士だなあと思いながらリオンは見ていた。彼が味方で本当に良かった。故郷でもさぞ優秀だったのだろう。


「それではこれにて失礼いたします」





 パッとその場から姿を消したリアム先輩にレオは笑った。先輩は本当に、隠すのも隠れるのも上手い。自分の味方だとわかっていなければ、自分も気づかなかっただろうなと思う。

 先ほどラースに声をかけた理由をまわりの無能幹部さんたちはクレオがリアムを早く殺したがっているように映ったようだ。全くの見当違いだがもちろん好都合なので放っておく。


「クレオ、追いなさい。くれぐれも気づかれないように」

「はい」


 くるりとこちらを向いたラースがにこりと笑った。

 その笑みにどこかうすら寒いものを感じてレオの背中につうっと冷たい汗が流れる。


「それと、クレオ。おまえには確か今年九つになる妹がいましたね。おまえがこれから追いかける『裏切者』に話していたのを聞きました」

「……それが、なにか……」

「おまえの身元も本名も、すべて割れています。ミイラ取りがミイラにならぬよう、くれぐれも頼みますよ? もしおまえも私を裏切るようなら、おまえの妹がどうなるか……」


 ラースの笑みは崩れない。丁寧な言葉も、その奥に見え隠れする激情も。

 この人は、アリア様を暗殺するときも一切躊躇しなかった。自分のものにならないのなら生きていても仕方がない、と笑ってそう言った。エドウィン=グレイを追い出した時もそうだったんだろう。

その時から今この瞬間まで、何も変わっていない。ずっとそうしてきたのだろうとレオは思う。誰かを欺くのに一番いいタイミングを虎視眈々と狙って、一番おいしい思いができるように。そうやって、自分のことだけを考えて生きてきたんだろう。

 そうだ。そのはずなんだ。


「わかりますね?」


 なのに、それなのにどうしてこの人の笑顔は、こんなにも寂しそうに見えるのだろう。




「クレオ。もういいぞ」


 ガサっと茂みの中で音を立てる。聞いているよと知らせるためにわざとそうした。


「リアム先輩、多分俺が先輩と通じてるってバレました。後ろからもう何人か来ます」

「ああ、気づいてた。それとリオンでいいぞ。もうウィザードじゃないし」


 レオの方を向いてにっと笑ったその顔は、この状況にそこまで危機感があるようには見えない。大丈夫なんだろうかと少し不安になる。


「この先は俺がじいさんに教えてもらった秘密通路を使うからあんまり心配するな。途中町中に出るからそこだけ気をつけなくちゃいけないけど」


 リオンはまた前を向いて歩きだした。レオもそれに続く。


「クレオ、おまえ、本名はなんていうんだ? おれと同じで偽名だろ?」

「あ、はい。おれの本名はレオです」

「そうか、レオ。なんでおまえはウィザードに入ったんだ」


 リオンがそう尋ねたのは、レオが向こうでエドと話すときの予行練習のつもりだったのだが、特にそこを追及するでもなくレオは答えた。


「おれには妹がいるんですが、妹は魔法がほとんど使えないんです。魔力量が少ないから」


 魔力が他の人よりも潤沢にあるレオとは対極だった。そしてそのせいか、妹はいつからか強い劣等感に苦しむようになった。兄はあんなにできるのに、自分はその百分の一も役に立たないと。

 そして、わがまま放題になった。そうしないと誰も自分の方を見てくれないだのと思い込んでいた。


「大嫌いだって言われたこともありますけど、本当は大事にしたいのにって思ってくれているのも知っていました。根がいい子なんですよ。なかなか見えないだけで」


 レオが成長し、家で両親に褒められるたびに妹の瞳は悔し涙でいっぱいになった。

 キツイ性格のせいか、なかなか友達もできなくて思ったことを素直に言えない天邪鬼なレオの妹。この先も自分がいたら、もっとねじ曲がってしまうかもしれないとレオは思ったのだ。


「妹がおれを見るたびに辛い思いをするなら、遠くから守りたいと思ったんです。そしたら妹も少しは楽になるだろうって。おれを見ていた分、妹のことも見るようになるだろうって。見ようとすればちゃんと見えるんです。あの子のいいところは。でも俺がいたから、誰もちゃんと見ようとしなかった。だから……」


 ウィザードに来たのか。故郷から遠く離れた椿カメリアにあるウィザードに。

 そしてレオの異常なほどの魔法の知識はおそらく……


「それに、おれが憧れたころのウィザードは魔法学の権威だったんですよ。なにか妹の劣等感を消せるような発見もあるかもしれないでしょう? 俺、妹が大事なんです。ちゃんと大事にしたいんです」


 やっぱりなあとリオンは思った。レオの妹さん、会ったことすらないがずいぶん大切にされている。別の意味で苦労しそうだ。嫁に出すときとか。


「そういえばレオ、おまえウィステリア出身だろ? 礼儀とか見る限り貴族家じゃないのか?」


 ふと思い出してリオンは尋ねる。予想が当たっていれば、もしかしたらお嬢さんやノルと知り合いかもしれないなと思ったのだ。


「あ、そうです。スチュワート伯爵家です」

「は?」

「スチュワート伯爵家です」


 リオンはかろうじて、あ、そう、と返事をしながら、そっと遠い目をする。


 そして、これからあのちっこい男前王子様に降りかかる試練を想像し、心の中で合掌したのだった。


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