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80 エド=グレイ2

 エドが交渉から帰ってきたころにはすでに、それはウィザードに届いていた。

 エドの直筆サイン入りの宣戦布告書をたしかに受け取った、という内容の承諾書だった。


『どうしてそんなことになっているんだ!』

『今日の交渉で同行者に直接手渡されたと!』

『今確認の手紙を……』

『直筆サイン!? 我々の確認もなく出すような人ではないだろう!』

『ですから今確認を……!』


 突然の知らせに組織は大騒ぎ。切った張ったの暴力沙汰にはとことん縁のなかった組織だ。しかし最も驚いているのは宣戦布告書を書いたはずのエドと来ている。


『総裁! 総裁が帰ってこられた! 一体これはどういうことです?』

『職員からも抗議が!』

『また退職願が……』


 組織内の惨状を見て言葉を失ったエドの耳がかすかな笑い声を捉え、エドは反射的に後ろを振り返った。

 俯いたラースが握っていたのは、エドの日記の紙である。この国の文字は流れるように書く筆記体がない。『エドウィン=グレイ』の文字も探せばおそらく全部がその日記で揃うだろうというのは容易に想像できた。


 エドはすべてを悟った。うかつだった自分を呪うも、時すでに遅し。


「筆跡が……真似されたのか……」

「そういうことじゃなあ。まあそういうわけで、抗争ではウィザードの主導権を完全にラースに握られてしまってのう。どうにか勝って、終わった後も責任追及の嵐じゃ。当然ウィザード総裁の立場は剝奪じゃな。わしはその後中立組織のグラマリーに身を隠し、縁あって今この立場にいる……とこんな感じじゃよ」


 その後のウィザードの動向は推して知るべし。

 ラースが権力を握ったあと彼の暴走はエスカレート。内部からの反発はアリアにとっても完全に意識の外だったため、そこを突かれてアリア=ウィステリアが暗殺された。ラースは研究者として優秀なほうで、魔法を使えないようにして拘束する魔具や、『毒無効などの特定の魔法』を無効化する方法を確立していた。それを駆使したのだろう。


「あのときわしがラースをきちんと見ていなかった。それがすべての原因なのじゃ。申し訳なく思うておる」

「エド……さんが謝ることじゃ……」


 ふたたび頭を下げたエドに慌てて手を振るノル。しかしその手は他ならぬエドによってやんわりと止められた。


「いんや、わしが謝るべきことなのじゃよ」

「……どうして……」

「あのとき、ウィザードの長だったのは他の誰でもなくわしじゃ。己の組織で起こった出来事のすべての責任はわしにある。権力はふんぞり返るためにあるのではない。それは王子であるおぬしなら、人一倍わかっていることなのではないかね? ノル」


 穏やかでありながら確固たる意志と矜持を持ったエドに、ノルは今度こそなにも言えずに腕を下ろし俯く。

 この人は、グラマリーに来た今もなお、その重荷を背負ったままでいるのだろうか。


「じっちゃん。それで、リオンがどうしたっすか?」


 口火を切ったのはナオだった。

 一同は我に返ったようにうんうんと頷く。


「そーだよ。リオンがうちに来るってこと?」

「リオン、ウィザード抜けるんですか?」

「大丈夫、なんですか。今のウィザードは簡単に出してくれるような組織じゃないんじゃあ……」


 ミラとライラは、ジゼルの胸元に捺された焼き印を思い出していた。

 一緒に温泉に入ったときに見えた、あの赤黒いしるし。それは今のウィザードのシンボルマークの上に大きくクロスが描かれたような模様をしていた。組織を抜けるときに付けられたものだろうということは聞かなくてもわかることだった。


「その通りじゃ。ウィザードはリオンを殺すつもりじゃよ。送り出すふりをして後ろからザクリ……あたりが妥当かのう」

「それじゃあ……!」


 リオンが死んじゃう、とミラが続けるのを待たず、エドはちっちっちと指を振る。おちゃめだ。


「しかしあやつなかなかできる男での。追手を味方に引き込みおった。追手とともに脱走してくるので、一緒にグラマリーで雇ってほしいと言ってきたのじゃ」

「できるんですか?」

「もちろんじゃよ。今日ここに来たのはその追手の名も伝えるためじゃ。特にミラ、おぬしに」

「え……ウチ……?」


 突然自分にお鉢が回ってきてミラはぽかんと口を開けた。

 正直ミラは、この中で自分が一番ウィザードとのかかわりが薄い人間であると思っている。

 今日もきっと話を聞くまでにとどまるだろうと思っていたのだが……


「その追手というのがのう、レオ=スチュワートという名前なんじゃ。ウィステリアを支える伯爵家の跡取り息子じゃよ」


 エドの口から発せられたその名前は、ほかならぬ、ミラの兄の名前であった。





「おぬしはなぜ、ウィザードに……そして今はグラマリーに入ろうと思ったんじゃ」


 そうリオンに問うたのはかつて、リオンが最も尊敬していた人であり、今もその思いは変わらない。

 『ラウルオの火まつり』のことがあってもなおウィザードに入ったのは、彼の存在が大きかっただろう。

 ぼろぼろと人が辞めていくこわれかけのウィザードだったけど、「私も探そう」と言ってくれたその人のもとでなら仕事をしてみたいと思えたからそうした。


 ある日いつものようにウィザードに来たら、ラースとかいう人がいつの間にか新しい総裁に就任していて、その人は居なくなっていた。


「姉さんを探したいと言って魔法組織の門をたたいた僕を唯一受け入れてくれたのは、あなたでしたよね。エドさん」

「まだ覚えておったのかね」

「忘れるわけがないでしょう」


 困った人だと微笑んだリオンを見て、エドは眩しげに目を細めた。


 その日はひどく寒かった。ウィザードのある町では珍しく雪が降っていた。

 真っ白に雪をかぶった建物の前で三角になって座っていたのはまだ幼い少年で、けれどその瞳に覚悟のような光を帯びていたのをエドはまだ覚えている。


『まだ言い逃れができると思っているのか!!』

『違う! 私はただ……』

『黙れ! ――……』



『おじーちゃん、なにかあった?』


 こちらを覗き込む顔にエドは一瞬フリーズした。

 今日も外壁に空いた穴を器用にくぐりぬけてエドが憩いの場にしている花壇まで来たらしい。

あの日、俯いた彼にエドが声をかけた日から、少年は毎日この場所を訪れるようになった。


『おお、おぬしか。なんでもないわい』

『そう?』

『うむ』


 来る日も来る日も、暇を見つけては行われる己への追及のための会議。

 自分のしてきたことは一体何だったのかという虚しさばかりの日々の中で、その少年の強い覚悟の混じった瞳はいつの間にかエドの支えになっていた。


少年を受け入れるかどうかはかなり長く悩んだ。おそらく今後すぐ、自分は組織を去るだろう。

信頼していた部下たちも、エドの辞任とともに組織を抜けると怒ってくれていたので預けられる人もいない。

今、彼を組織に入れたとして、今後幸せになれるかどうかは賭けだった。


『今日からはわしもおぬしのお姉さんを探すのを手伝おう』

『本当!?』


 ぱあっと本当にうれしそうに輝くその顔に、エドは自分の凍てついた心がほぐれていくのを感じていた。

 たった一人の少年に、自分が救われているのを感じていた。

 つんと一つ花をつついて、少年はへへへと笑う。


『ああ、本当じゃ。ただ、おぬしの名前を知らんでな。なんという?』




 リオンは少し言いよどんだ。姉がいなくなってから自分の名を名乗る機会がなかったから、なんだか不思議な心地だった。うれしいような、くすぐったいような気持ちだ。

おじいさんが、ほれほれと首を傾げて催促してくる。


『……りおん』


 照れくささが勝って少し……いや大分小さな声になってしまったが、なんとか届いたらしくおじいさんは顔を綻ばせている。


『りあむ、とな? ふむ。良い名じゃ』

『え!』

『んん?』




 リオンは目の前に座る老人に会ったばかりの頃のことを思い出して、唇をあげた。

 あの後、うんうんと何度もうなずくおじいさんになかなか違うと言い出せなくて困ったが、それが記憶に残っていたのだろう。

 おじいさんがいなくなった後のウィザードで、己の身を護るために使った偽名が『リアム』だったのが、『なんとなく』ではなかったことくらい、わかってほしいものである。


「エドさん、あなたが言ってくれたからですよ。一緒に姉さんを探してくれるって。忘れたとは言わせませんけど」

「はて。最近どうにも物覚えが悪くてのう」

「頭を打てば思い出しますかね……」

「待て待て待て。思い出した思い出した!」


 ひとしきり二人でふざけて、顔を見合わせて笑い合う。

 ふいにエドが顔をやわらげて、やさしい表情をする。


「忘れるわけがあるまいに……」


 リオンが顔をくしゃくしゃにして笑っていた。半分泣きだしそうな顔だ。


「だから来たんですよ」

「はっはっは。……そうか、そうか……」


今度は二人して泣く。完全に情緒不安定だ。


「面接試験は合格ですか。エドさん」

「死ぬ前に来なさい。クレオ……いや、レオと一緒に」


 リオンはこくっと頷くと、パッとエドの前から姿を消した。



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