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75 マルクス=オルトマン

『ありゃあ? お兄さんたち行っちゃったよノル』

『おれたちが隠れてたのも、読まれてたのかな……』

『ええ~! これもバレてたらもう勝ちようがないよ!』

『先輩方、さすがだなあ……』


 五回生二人が決死の覚悟で逃げの判断をとったことなどつゆ知らず。

情報部最高司令官推薦特待生二人は全く見当違いの懸念に頭を抱えている。


 職員待機部屋ではその様子がホログラムで大きく映し出され、エトガーはそれを唖然としながら見ていた。


『せっかく木の上まで登ったのに……』

『応戦しなくて済んでよかったんだよ』

『それもそーだね』


 二人はほっと胸をなでおろし、ひとまず木の上にとどまることにしたようだ。

 『上』というのは便利なもので、見つかりにくいうえに反撃しやすい。


 攻撃と防御という二つの点で利のある場所。戦況を見抜く力もあるようだ。


「なんっだこの二人は……」

「お、想定通りの反応をありがとうございますエトガー」


 隣でジャスパーが勝ち誇ったような顔をしている。

 しかしそれに言い返す気力すら今のエトガーにはなかった。


 先ほど五回生のユリウスの放った魔法『火球』に対して、ミラ嬢は無詠唱で魔法を発動した。

 何という名前の魔法かはわからないが、拳銃のように構えた両の人差し指から出た水が、ユリウスの『火球』をことごとく打ち消していた。


 ニコの氷魔法はノルの日魔法の前になすすべなく溶けた。


 それに、ユリウスとニコが撤退し、陰からグレイシャーを狙って『鎌鼬(かまいたち)』を使おうとした際にはミラがまたもや無詠唱で魔法を発動。

 ラインハルト期待の五回生。その次席、三席に収まる二人の学生をなんなく打ち倒す八歳など見たことがない。


 無詠唱で魔法を使えるというだけでもおかしいのに、咄嗟の状況判断で使う魔法を変え、少ない魔力量を知識と応用でカバーしている。

 正直に言おう。


「こんな八歳がいてたまるか」

「ええそうですよね。それが普通の反応ですよねえ。なんですけど、最初に二人が関わった組織がフィリップ小隊……あー、(アネモス)だったものですから、なんだか私、麻痺してしまって……」


 ジャスパーがあはは、と苦笑いしながら頭をかいたが、誰一人言葉を発することができなかった。


 (アネモス)は世界屈指の強さを誇る冒険者パーティとして知られている。

 驚異的な身体能力を持つフィリップ=アンダーソンをリーダーに据え、来る魔物(やつ)来る魔物(やつ)ことごとく打ち滅ぼす百戦錬磨のメンバーたちが名を連ねる。


 またこれは一部の人間のみが知ることだが、彼らは皆もれなく特殊能力を持っていた。


 リーダーのフィリップは驚異的な身体能力。続く司令官ジャスパーは嘘を見抜く耳を持ち、狙撃手(スナイパー)のジゼルは記憶操作の能力。射手(ガンナー)のライラ、剣士(ソード)のナオも例に漏れず。


 この二人はそんな人間たちに後れを取ることなくついていく子供だったのだから、普通なわけがない。

 そう頭では納得するものの、やはり実際に目にすると驚愕せずにはいられない。


 軽やかで無駄のない身のこなし。相手の動きを予測し手を打つスピードと的確さ。


 エトガーの胸がうずっと騒いだ。

 彼らと戦える人間はさぞ楽しく心躍ることだろうと思ったからだ。

 エトガーは今でこそ情報部の最高司令官補佐という位置にいるが、元は一魔法師である。

 強そうな人間を見ると昔の名残かどうしてもわくわくしてしまうのだ。


 二人は丈夫そうな木の枝に腰かけ、つかの間の休息をとっている。

 互いが反対を向いているのは死角をできるだけ減らしているからだろう。


 さすがに本能あるいは勘のようなものでそのように判断しているのだろうし、グレイシャーがあるので次の相手が来るのも時間の問題だろうが……。


 もし。



 もし本当にそこまで考えての行動であったのなら、本当に末恐ろしい二人である。


『ねえミラ』

『んー?』


 そんな風に様子を見ていたエトガー含めた教職員一同あったが、おもむろに第二王子の方が喋りだして、みな耳を澄ました。


『好きだよ』

『「「ぶっほ……ごほっごほごほ」」』


 ノル以外の全員がふいた。突然何を言い出すんだこの子は。

 さすがに今のはよくないと思ったのだろう。画面の向こうではミラがノルにデコピンをくらわせている。

 あうっとノルが額をおさえる。


『おれ一応第二王子なんだけど……』

『王子権乱用。今は試験中』

『はいすみません』


 ノルはしゅんと肩を落とした。まったくこの王子は。


『この試験は記録されてるんだから、迂闊なこと言ったらだめ』


 記録されてなかったらいいのか、というツッコミは、たぶんエトガーだけでなくみんなの心に浮かんだことだろう。

 だれもなにも言わなかった。

 ただ、ミラ=スチュワートという伯爵令嬢が可愛らしい顔を幸せそうに緩めたことはたしかであり、見ていた教師が何人か、胸を押さえて膝から崩れ落ちた。




 一方試験会場では


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!! あぶないぃぃぃぃ!」


 木の上にいる自分たちよりさらに上。空から落ちてくる叫び声を聞いて、ノルとミラは顔をあげた。

 目を向けた先から男の子が落ちてくる。


「わぁぁぁぁあああああ!!!! よけろぉぉぉぉぉぉ!」

「「……」」


 ノルが手をかざし、『浮遊』と一言。男の子の体が空中でぴたりと止まる。

 そのままゆっくり地面に下ろす。少年はふわりと地面に降り立つと、少しよろけて二、三歩足踏みをした。


 西洋栗(マルーン)の髪と瞳。魔力量が多いのはまず間違いない。

 見たところ自分たちと年はそう変わらない。

 腰にグレイシャーを括りつけているので、ミラたちと同じ受験者だろう。


「すっげぇ! 詠唱短ッ! 今の、おまえがやったの?」


 少年はきらきらと目を輝かせてノルを見た。

 ノルは頷く。


「へぇ~!! おまえ、名前は? おれはマル! マルクス!」

「ノル」

「ってことは……オリバーか! かっこいい名前だなー! ノルって呼んでいいのか?」

「うん。いいよ」


 マルクスと名乗ったその少年はノルの両手を握り、ぶんぶん振り回した。


 彼もこの残り時間でまだ残っているということはかなりすごい人物のはずなのだが、物々しさやすごみといったものはまるで感じられない。


 まるであこがれの人にあったみたいな反応をされ、ノルは頭上にハテナマークを浮かべながら、なされるままになっていた。


「で、おまえは?」


 マルクスは首を傾げながらミラの方を振り返る。


 と、その瞳が大きく見開かれた。

 上から下までミラをじーっと眺めると、その両腕がほうけたようにだらんと下がる。


「え、ええっと……?」


 突然、一点を見つめて動かなくなってしまったマルクスの前で、ミラは手を振ったりピースしたり変顔したりする。

 しかし彼は一向に動かない。


 画面で見ていたエトガーたちも、録画の魔法がうまく作動していないのかとあちこち確認したくらいである。

 当然ながら異常なしだった。


 八歳らしくふっくらとした彼の頬をノルがつんつんと指でつついたところで、マルクスはようやく我に返ったように二人を見返した。

 ミラはほっと胸をなでおろし、己の頬をはさんでいた両手を離す。

 ノルがちょっと笑ったので自分の変顔はそれなりに面白いものだったらしい。よかった。


「ミラです。よろしく」


 本来であれば姓も名乗るところなのだが、マルクスもノルもファーストネームしか名乗らなかったのでミラもそれにならう。

 変顔が成功したことが嬉しく上機嫌でにっこりしてしまう。


 マルクスはたっぷり五秒ほど言葉を発さず、やがてぽつりと一言つぶやいた。


「……可愛い……」

「「え?」」


 声が重なった。ミラが隣を見ると、ノルがびっくりしたように口をぽかんと開けている。

 多分ミラも似たような顔をしているのだろう。


「すっげえ可愛い!!!!」


 マルクスはずいっとミラの方に体を乗り出し、すっとミラに手を伸ばす。

 そしてミラの髪をひと房掬い取ると、そのままチュッと口づけた。


 あまりの素早さに抵抗も拒絶もする間はなく、気づいたらすでに事後だったミラは絶句してかたまるしかない。

 ノルはといえば、目の前の状況に頭が追い付いていないのか、放心している。

 ミラの手首を掴んでいるのは、咄嗟にマルクスから離そうとしたからだろうか。


「ミラ! おれの嫁にならない?」


 きらきらと純粋な笑みをその顔に浮かべ、逆ラ〇ュタ少年マルクス=オルトマンは場をさらなる混乱(カオス)へと導く爆弾プロポーズを投下した。


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