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69 お肉を食べながら2


 ノルは口を開きかけて、閉じた。

 

 火の傍で話していた時、リオンが言っていたことが頭をぐるぐる回る。


 向こうで話しているときにリオンは『好きな女の子が目の前で泣くのを見て、おれは喜んだよ』とノルに言った。

 それを疑問に思った自分に言い聞かせてやりたい気持ちにノルはなる。

 『こういうことだぞ』と。


「ウチはいつも、自分のことばっかりだ。こんな子供じゃ、いつまでもノルに追いつけない」


 なんでミラはいつもノルが欲しい言葉をくれるのか、不思議だ。


 おれと居たくてこの子は泣くのか。おれの、傍に居たくて傷つくのか。

 おれの隣で笑いたいと思ってくれるのか。


 痛い。心臓が痛い。


 うれしくて、痛い。


「……ふふっ」


 ジゼルが笑った。ノルもつい、そうしてしまいそうになる。

 

 ミラはジゼルを不満げに見ていた。

 その瞳が自分に向けられてもおれはきっと喜ぶだろうなとノルは思う。


「……ごめん。その、すごく熱烈な愛の言葉だったものだから」

「……」


 ジゼルの言葉に、ミラが目を瞠った。

 ノルの心臓がまたわしづかみにされる。


「お嬢、わたしも思うことあるよ。お嬢がリオンを連れて来たときあんな態度取ったのそれでだから。私もたいがいでしょう?」

「おれも思うぞ。ジュディが他のやつと笑顔で話してるときとかな」


 今二人から衝撃の発言が繰り出されたが、いいんだろうか。

 本人に言ったらいいのに。


「……若。いいの? ミラ、泣いてるけど」

「よくない」


 ノルは自分の顔が真っ赤であることを自覚している。多分耳まで。

 中央の方で揺れる炎でなんとか隠されてくれないだろうか。


「……ありがとうミラ。すごくうれしい。うれしいんだ」

「……」

「ミラがおれの(いろ)を好きだって言ってくれるのがうれしいんだ。ミラが焼きもちを焼いてくれるのがうれしいんだ」


 どうしたら伝わるんだろうか。どう言えば、わかってくれる?

 おれも君と一緒にいたいんだって。君の隣に追いつきたいんだって。


「……もしかして、入学打診の手紙が来てた時、なんか浮かない顔してたのもそれで?」

「…………」


 ふいっとそっぽを向くうちの婚約者が可愛すぎる。


「ミラは、おれに追いつけないって言ってくれるけどそうじゃないよ。おれがミラに追いつきたくて必死だ」

「別に気を使ってくれなくても……」

「使ってない。ミラはなんだか大人びてて、ときどきおれよりずっと年上みたいだ」

「……」




 ミラの目をまっすぐに見てノルは言った。

 (あお)い目に捕らえられたように、逸らせない。


「たまに思うことがある。もし生まれる世界が違ってたらミラは、おれなんか届かないような人なんじゃないかって。追いかけても目にすら映らないような年の差かもしれないって」


 記憶が間違っていなければユキナがトラックに轢かれたとき年は16だ。

 今のノルの年齢なら小学1年生。

 たしかに二人が恋仲になる可能性は限りなくゼロ。ほぼ間違いなくないだろう。さすがにそれくらいの倫理観はユキナも持ち合わせていたはずである。


 それでも今、ミラはミラだ。

ユキナの記憶がよみがえったときは多少そちらに引っ張られていたが、それでも女子高生の記憶があるただの子どもだ。

 弱くて、無力で、守られてばかりの。


「ウチは早く、大人になりたい」


 大人になったら、もっと相手のことを考えられるのだろうか。

 もっと、大事にできるのだろうか。


 それでも少なくとも、もっと余裕ができるだろう。

 不安や嫉妬で困らせずに済むのに。


「……ジゼル、おれはどうしたらいいか教えろ」

「……ならちょっと黙っててフィルさん」

「だってこいつら、おれらよりずっと理性的な恋愛してるぞ」

「……言わないで。前の自分をぶん殴りたくなる」


 フィルさんとジゼルがなにかブツブツ話している。


「「?」」


 ミラとノルがそちらを向くと、二人は気まずそうな顔をした。


「あのなあ、あんまり深刻に思いつめんな? 8歳でそこまで考えて恋愛してるやつ、正直いないから」

「……5年前の私なんて、リオンに近づいてくる女の子全員睨みつけてたよ……」


 ジゼルって一途で結構わかりやすいなとミラは思った。

 記憶が戻ってからはそれが割と顕著だ。

 リオンもジゼルに対して特別な思いを抱いてると思うのだが、それはそれとして。


「おれは5年前20歳だったが、ジュディに言わなかったの普通に恥ずかしかっただけだから。困らせるかもとか微塵も思ってなかったから。その時のおれよりお前らは12も年下だが、普通に見習わせたい」


 フィリップはこんなにオープンでいいのか。隠す気ないだろう。

 あとちょっとウソが混じっている。『困らせるかも』とは間違いなく思っていただろう。

 他は別にしても。


「だからいいんだよ。思ったことを言えば。誰も怒らねえから」

「……」

「ほーれほれ」


 黙っていたらフィリップとジゼルから覗きこまれてミラは白状した。


「……が、学院に!」

「うんうん」

「……学院に行ったら、ノルの才能はきっといろんな人が気づく。『恐怖』じゃなくて、『尊敬』するようになる」


 まあそうだよね、というフィリップとジゼルの目がノルの方を向く。

 ノルは照れくさそうに頬をかいていた。


「でもウチはそうじゃない。魔力も少ないし、魔法もしょぼいし」

「「「……?」」」


 3人が首を傾げる。やさしい反応だ。

 でもこれは事実だろう。エマに魔法を教わったとはいえ、微小な魔力であることには変わりない。

 生活魔法と、手先でこねくり回した小さな魔法がせいぜいだ。


「学院の打診は受けようと思ってるよ。グラマリーならノルにとっても安全地帯だし」

「うん。おれも打診受けるよ」

「ただ、ノルが人気者になるのがちょっと、ちょっとだけ! やだって思っただけ。ノルが他の人にとられる気がしただけで……」


 そこまで言葉を発して、ミラは黙った。ノルの手がミラの口を塞いだのだ。


「ミラ。ごめんホントごめんダメだもうそれ以上言わないで。おれの心臓がもたないから……」


 フィリップとジゼルはにやにやしている。


「それはそうとして、入学準備とかもしなくちゃいけないし、一旦帰るんだけど、小隊のみんなはどうするのか聞こうと思ってたんだ」


 ノルが真っ赤な顔のまま話の軌道を逸らす。


「話は聞かせてもらった~!!」


 後ろから抱きつかれてびっくり顔をあげるとライラ達だった。


「二人とも、ラインハルトから留学打診が来てるな!?」

「……う、うん」


 ナオが今までに見たことの無い笑みを浮かべた。


「実はっすね、ぼくとライラはラインハルトの卒業生なんっす!」

「「えっ!?」」

「ああ、そうだったな」


 思い出したようにフィリップがうなずきミラとノルは目を剥く。


「そしてなんと間のいいことに、私とナオは特別講師として呼ばれていまーす!」


 一同拍手する。ミラもわーっと手を叩く。


「なんて、たぶん二人が行くから運営のグラマリーとしても特別措置なんだろうっすけど」

「うんうん。まあこれでもラインハルトでは私たちは有名人だから、なんでも聞いてよ。打診受けるか迷ってたけど二人が行くなら受けようと思って」


 なんて心強いことだろう。ものすごく安心だ。

 というか、特別措置なんて、ノルってそんなに有名なのか。

 いや、ウィザードからの目隠しという意味でかもしれない。


「ノルが狙われてるもんね」

「!? まあそうなんだけど、ミラの方も実は……」


 ライラの歯切れが悪くなる。

 何かおかしなことを言っただろうか。


「まあ、そういうこっちゃ。安心して行ってこい。おれたちもジュディ探さなきゃならないからな。カメリアの方が情報も増えるだろうし追って北上する」


 フィリップとジゼルとリオンがにっと笑ってグーサインを出す。


「ジャスパーさんは?」


 みんなの視線が一斉にジャスパーに集まった。

 彼はそれに特に反応することもなく、眼鏡をくいッと持ち上げて一言。


「私、これでもグラマリーの職員でして」


 フィリップ以外のみなの口があんぐりとあく。

 たっぷり5秒間の沈黙ののち、やっぱりフィリップ以外のみんなの驚愕の声が『ユカワ湯』の中庭に響き渡った。



 ほどなくして、


「そういえばそうだったな」


 とフィリップがのんびりと頷いた。



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