68 お肉を食べながら1
山の宿『ユカワ湯』の中庭はこれまでになく賑やかだった。
「うわ! やわらか!」
「こんなにうまいもの、おれはじめて食ったよ」
「は~! しあわせ~!」
「おれもうこの世に未練ないわ~」
「いや生きろよ」
ビゲストボアのお肉が振舞われているのだ。
ビゲストボアは討伐ランクがAであることももちろんだが、とてもおいしい肉だということでも有名である。
ほどよく締まった柔らかい赤身に、くどくない脂。
貴族でも滅多に食べられないレアなお肉なのである。というかミラは食べたことがない。
それがタダで食べられるのだから、みなテンションが上がるのも無理はない。
解体された肉は分厚く切り分けられ、炭火でどんどん焼かれていく。
滴る肉汁はつやりと光って甘そうだ。
じゅわぁぁぁ
生すぎず、固すぎず、宿職員さんの手でおいしそうな色に焼かれたお肉をミラはわくわくと受け取る。
リオンとノルは火の傍で二人で話している。途中から女の子に囲まれていた。
二人とも顔がいいのでしょうがないのかもしれないが、ノルに気軽にボディタッチをする女の子を見て、ミラはどうしてもモヤってしまう。
中央から少し外れたところにジゼルとフィリップの姿を見つけてミラはお皿をもう2枚受け取った。
「はいフィルさん、ジゼル。これ二人の分」
「おおありがとな」
「……ありがとう」
ほかの宿泊客は笑顔で肉にかぶりついていた。
その顔が幸せそうにとろけるのを見て、ミラのお腹がぐーっとなる。
「ははっ、あんなにカステリア食ってたのにもう腹ペコか?」
「……フィルさんの分食べちゃってもいいんだからね、お嬢」
「だ、ダメだダメだ! これはおれの分」
慌ててお皿を避けるフィルさん。
「お嬢はみんなのところに行かないの?」
「疲れたからちょっと休みに来た」
「若はどうした?」
「……女の子に囲まれてる……」
「「……」」
二人は無言でぽんぽんと地面を示す。
その仕草に、まあ座りなよ、という気づかいを感じ取り、ミラは二人の真ん中にすとんと腰を下ろした。
日が暮れ、水彩絵の具で塗ったみたいな藍色が空を染め上げている。
ちらほらと星が見え、おだやかな風が吹いていた。
膝の上のお皿から漂ってくるお肉のいい香りがミラの鼻をくすぐり、またミラのお腹がぐーっとなる。
「ほ、ほんとうに食べちゃっていいのかな。こんなにおいしそうなもの……」
「伯爵家のご令嬢が何言ってんだ」
「お、お肉は、いいお肉は! 現代日本でも特別なんだよ!!」
「そ、そうか。……ゲンダイニホン?」
「ゲンダイニホン……?」
何かの呪文か? と首をひねる二人をよそに、ほかほか湯気を立てるお肉をミラはじっと見つめる。
日本で食べようとしたらちょっと高いお店に行かなきゃいけないんじゃないだろうか。
ユキナの姉の大学合格祝いの時だって、もう少し薄いお肉だったぞ!?
「早く食べてやれよ。冷めちまうぞ」
「……アツアツが、いちばんおいしい……」
「う~……」
ミラはぎゅっと目をつぶり、ごくんとつばを飲みこんだ。
えーい!
「い、いただきます!」
パン! と手を合わせてフォークを持ち、ミラはお肉にかぶりついた。
口に広がるお肉のうまみ。シンプルな塩の味付けがそれを引き立てる。
脂はびっくりするほど甘くて、身はびっくりするほど柔らかい。
少し噛むとすぐに消えてなくなってしまう。
「お、お、おいしい~~!!」
満面の笑みで頬をおさえたミラを二人がじーっと見ている。
なんだろう。なにかついてるのかな。はっ! もしや顔のまわりに肉汁が!?
あわてて口元を拭ってみるものの、手の甲に脂はついていない。
「二人ともどうしたの?」
「……いや、その」
「……」
二人は顔を見合わせた。
「お嬢って本当にジュディに似てるなと思って」
「……そーなの?」
「うん。そっくり」
ミラはジュディを知らないのでピンと来ない。
「なんか、年の割に肝が座ってるところとか」
「ぎくぅっ!」
「おせっかい焼きなところとか」
「ぐはー!」
驚きのあまりお肉を飲みこんでしまう。
誰かに好かれている人に似ていると言われるのは嬉しい。
会ってみたかったなとミラは思う。
「不思議なやつだよ」
『それで、大好きだ』
突然フィリップの心の声が聞こえてミラは背中がびりびりした。
フィリップとジュディの関係を知っているとはいえ、本人の意図しないところでの愛の告白はそのまますぎて、まっすぐすぎる。
ミラは胸を押さえそうになって、笑顔になりそうになって何とか堪えた。
「お嬢はこれからどうするんだ? 『禍』討伐も終わったし、おれたちの仕事だとここまでなんだが」
「それなんですが、一旦帰ることになりました」
「そりゃまたどうして」
「カメリアのラインハルト魔法学院から留学打診が来たそうなんです。ノルと、なぜかウチにも」
「なぜかってことはないけど。ラインハルト魔法学院ってたしか、『ウィザード』と『ディアブラーリ』の中立組織『グラマリー』が運営してるところだよな」
「はい」
まあ『ディアブラーリ』は5年前の抗争で半壊状態だが。
そうか、とフィリップは頷き、ひとくちお肉をかじる。
ミラは庭の中心に目を向ける。
そこで先ほどまで女の子に囲まれていたはずのノルはいなくなっていた。
ミラはひとつ息をついてまたお肉を口に運んだ。
ノルはモテるのだ。
髪色をぼやかしても、目の色を誤魔化しても。
というか、それをするとノルを怖がる材料がなくなるので尚更。
学院に通うようになったら、もっとそうなるだろう。
ミラはときどきわけのわからない気持ちになる。
ノルが自分の髪と目の色を嫌っていると知っているはずなのに、ノルがその色でいてくれてよかったと思ってしまう。
ノルがたくさんの人に囲まれて笑っているのがうれしいと思う一方で、ノルのいいところはミラだけが知っていればよかったのにと思ってしまう。
精神年齢いくつだよ、とミラは自嘲した。
ユキナの記憶があるというのに、これではまるで駄々をこねる幼稚園児だ。
「ミラっ!」
頭上から声が降ってきて、顔をあげたらノルがいた。
なぜか息を切らしている。乱れた前髪が汗で額に張り付いていた。
「……あー、焦った。いなくなるなよ」
はーっと息をはきながらその場にしゃがみ込むノル。
「……さっきの女の子たちは、いいの?」
「逆にミラはいいの? おれがあの場に居ても」
「そんなわけっ……!」
言いかけてミラは口を噤んだ。
わからなくなってしまったのだ。
自分にノルに近づく女の子に嫉妬する権利が果たしてあるのかということに。
「……なんでもない」
ノルはどう思うんだろう。ミラが本当は、ノルの隣をだれにも渡したくないと思っていると知ったら。
気持ち悪いと思うだろうか。騙されたと思うだろうか。
「……お嬢、それはだめだ」
「え……?」
フィリップだった。
ミラの方を心配そうに見ている。
「なにを悩んでいるのかわからんから強気なことは言えんが、それはダメだ。気持ちを飲みこむのはダメだ。あとから後悔しても、おそいぞ」
「……」
「『言わない』タイミングを間違えてはダメだ。おれは間違えて後悔したからな」
それは、ジュディさんとのことなのだろうかとミラは思った。
フィリップは少し寂しそうに笑う。
ノルを見た。
へにょりと眉を下げている。
その顔を見て、ミラはぽつりと零した。
「ノル、ウチ、変かもしれない……」
言って、視界がぼやけた。
「その目と髪の色が、ノルを苦しめてるってわかるのに、その色が好きなんだ……。ノルのいいところが他の女の子に見つからなければいいのにって思うんだ。そしたらずっと、ずっとウチだけを見ててくれるのにって……」
こんなにわがままな自分は本当にノルの隣にいる資格があるんだろうか。
好きな人の幸せを喜べないなんて、どうかしている。
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