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67 カルロの片手鍋


「ねえ。お嬢の髪、前とちょっと色変わってるように見えない?」


 ライラが尋ね、みんなの視線が一気にミラの方に集まった。

 まじまじと髪を見つめられ、ミラは少し照れる。

 

「んー……言われてみれば……かなあ」

「まあたしかに、以前より淡いように見えなくもないですが……」

「いつもは編み上げてるから比較が難しいが、まあ、そうかもしれない」


 ミラは自分で見えないのでいまいちピンとこない。

 髪色が淡くなっているとのことだが、元々のミラの髪色もそれなりに淡い。

 魔力の量が反映されたりするのかなと思ったが、極端な魔力の減少は感じない。

 最近はシルヴィアの本名を教えてもらったおかげでむしろ魔力量は増えた(ほんのちょっとだが)。

 半信半疑のままミラは自分の髪をいじる。


「白っていうより……なんだろう」


 リオンが思案するように口元に手を当てた。


「……『星影色(スター・ホワイト)』……」


ずっと何かを考えていたジゼルが言葉を発した。リオンがすっきりしたように手のひらにこぶしを置く。


「ああ、それだよジゼル。姉さんの話でしょ?」

「うん」


 聞いたことがない色の名前だ。

 

「なに? その、『すたーほわいと』って」

「姉さんがよく聞かせてくれた話に出てくる色名なんだ。有名な神話だよ」

「あー、『カルロの片手鍋』か」

「「「あ~」」」


 フィルさんの言葉を聞いて皆が頷く。

 ミラだけが一人話に置いてかれている。


「なんだ、お嬢さんは知らないのか『カルロの片手鍋』」

「初めて聞いた」


 リオンが意外そうな顔をする。


「みんな知ってるの?」

「おれは孤児院のシスターのばあさんから聞いた」


 フィリップである。そう言えば、ノリルテア孤児院の出身だったと聞いた。


「おれは姉さんから」

「……私も、ジュディさんから」

「おれもジュディからがよかった」

「寝かしつけるときに聞いたんだよ」


 ジュディさんの記憶はきちんと戻っているようでなによりだ。

 フィリップはこれで本当にジュディさんに気付かれていなかったというのか。

 鈍すぎだろうとミラは思った。


「私は故郷のじいちゃんばあちゃんからだな~」

「おれも育ててくれたじっちゃんからっす!」

「私は昔読んだ絵本ですね」


 ライラとナオ、ジャスパーだ。

 どうやら結構有名なお話のようである。


「ウチも聞きたい!」

 


 リオンが頷き、それから話し始めた。


「昔々、あるところにカルロという少年がおりました」


 カルロは神々の世界で暮らしていたが、半分神様で半分人間だったので、どちらの世界でも忌み嫌われた。

 ある時それをあわれに思った神のうちの一人が、彼を二つの世界のはざまに置いてはどうかと言いだした。


「カルロを扱いあぐねていた神々は、その提案を受け入れて、カルロにある仕事を命じました」


 人間界の夜を照らす星々は、元は神々の足元を灯すためのもの。

 いつしか人間たちはそれを忘れ、星をわが物のように扱うようになった。

 それに失望した神々は、人間たちから星を取り上げようとしたのだ。


 カルロに大きな片手鍋を授け、これがいっぱいになるまで拾いなさいと神々はそう言った。

 そうすれば、カルロをもう一度神々の世界に受け入れる、と。


 カルロは星を拾った。果てしなく続く空をどこまでも歩き、大きな大きな片手鍋がいっぱいになるまで、一生懸命に。

 カルロの通った跡の人間界の夜は真っ暗闇になった。

 禍が蔓延(はびこ)り、おそろしい魔物が歩き回るようになった。

 

 星々を称え、慈しんできた人々は怯え、嘆き悲しんだ。


 ある日、カルロの片手鍋はついにいっぱいになった。見渡しても、残っている星はひとつもない。

 仕事は完遂できた。あとはこれを神々のもとに届けるだけである。


 カルロは喜んだ。これで神々の世界で自分は受け入れてもらえると。


「そしてふと気づいた」


 耳を澄ますと下の方から、誰かが泣く声がする。

 最初はひとつのように思えたそれは、しだいに多くなり、大きくなった。


『お母さん、どこ? どこに居るの?』

『ああ我が妻よ、どうか返事をしてくれないか』

『おにいちゃーん、帰って来てよー……!』


 人間たちが愛するものを探している声だった。暗闇の中で必死になって。怯える心を押し隠して。


 カルロは心打たれ、同時にひどく後悔した。

 己の欲望のためだけに、別の誰かの幸せを奪ってしまったと。


 神々の住む宮殿はもう目の前にある。

 この門を叩けば自分は前居た居場所に戻れる。


 この門を、叩けば。

 

 

「悩んで悩んで悩んだ末に、カルロは引き返した。それで、二つの世界のはざまで片手鍋をひっくり返した」


 数えきれないほどたくさんの星々が人々の頭上にまき散らされた。


 きらきら きらきらと光る星々。

 真っ暗闇だった人間の世界は、その瞬間まばゆい光に照らされた。


 星影色(スター・ホワイト)の光に。


「神々は激怒し、カルロを決して神々の世界に入れようとしなかった。カルロは己の居場所をなくし、しばらくの間、零れ落ちた星を蹴りながら歩いた」


 それで、この世界の星々は今この位置にある。




「……なんだかすっきりしない終わり方だね」


 ミラは唇を尖らせた。カルロはいいことをした。人々がこれ以上苦しまないようにと、せっかく集めた星々をばらまいたのに、カルロは報われないというのか。


 カルロは今も、二つの世界のはざまで彷徨っているんだろうか。誰にも気づかれずに、どちらの住人にもなれないままで。


「……ちがう。続きあるよ。お嬢……」

「え?」


 リオンは頷いた。


「人間界でただ一人、天空にいたカルロを見た人がいた」


 モニカという名前のその少女は巫女だった。

 本人の知るところではなかったが、神殿で熱心に祈りを捧げ人々のために尽くす姿が神々に気に入られていた。

 

 モニカは神々に、カルロのもとに行かせてくれと頼んだ。

 自分たちを助けてくれたやさしい生真面目なあの男を、ひとりにさせたくないと。


 神々ははじめ断ったものの、何度も頼み込んだ彼女についに根負けし、カルロがいる二つの世界のはざま『天空』に、モニカを連れて行った。




 カルロは最初モニカを送り返そうとする。

 こんなに寂しいところに君を置いてはおけないと。

 君のようなやさしく綺麗な女性には、地上の(いろ)と笑顔が似合うと。

 

 自分の方が何倍も寂しい思いをしたであろうに、モニカを気遣い心配してくれたカルロ。

 その姿にモニカは少しずつ惹かれていく。

 カルロもまた、自分に寄り添い、ともにあろうとするモニカを愛していた。


 カルロは少しずつ孤独から抜け出し、モニカに心を開いていった。


 夫婦となった二人は、今も二つの世界のはざまで人間界を見守っている。

 

 あの時の片手鍋はいつからか金色に光り輝き、カルロだけが使える神宝となる。

 地上の人々のカルロへの感謝の祈りがそうさせたのか、神々からのささやかなおわびか、あるいはそのどちらもなのか。


 二人が悩める人々を救うとき、星影色(スター・ホワイト)が暗闇を割くと言われている。


 人々の行く先に数多の光が降り注ぐようにと、カルロが片手鍋をひっくり返すからである。



「めでたしめでたし……と、こんな感じ。お嬢さんの髪色が星影色……つまり白く光る星の色っぽいねとジゼルは言いたかったわけ。おれも同感」

「うん……私の想像する星影色(スター・ホワイト)はまさにこれ」


 二人は顔を見合わせて笑う。


「なるほど」

「『白髪(はくはつ)伝説』とかも『カルロの片手鍋』から派生した話らしいね」


 ジゼルが耳打ちしてきてミラはビクッとなる。


「ジゼル、その話知ってたの? どうやって……?」


 たしか王妃様は王族しか入れない書庫に資料があると言っていたはずなのだが。


「『ウィザード』内の少し上の官職では常識なほうだよ」


 国の最重要機密が常識。ジゼルは絶対に敵に回したくない。


「大丈夫だよー! 綺麗で素敵じゃん!」


 ライラがミラの髪をなでなでした。


「うん。おれもそう思う。ミラの髪、綺麗だ」

「まったく同感っす!」

「私の妻の次に美しいですよお嬢」


 口々に褒められ、ミラは紅くなって俯く。今世では褒められる率が圧倒的に高い。

 前世では家族と前田以外に褒められた経験があまりないのだ。

 うれしいと同時に気恥ずかしい気持ちになる。



「あ、ありがとう……」


 何とかそれだけを絞り出すように口すると、みんなはなぜかうんうんと頷く。


「ビゲストボア解体終わりましたー!」


 ちょうどそのとき中庭から声がして、一同はその場を後にした。


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