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66 【閑話休題】ビゲストボアと温泉

「おーい、こっちにもう一人来てくれー」

「お湯が足んねーよ! あるだけ沸かせ!」

「おいだれか! ナイフもっと出せ!! 切れ味いいやつ!」


 のんびりほっこり山の宿『ユカワ湯』の広い庭に従業員の怒号が響き渡っている。

 

「ビゲストボアの肉祭りだってよ!」

「賑やかねぇ」

「ほかの客ももらえるみたいだぞ」

「行こうぜ! あんなにうまい肉そうそう食えないんだし」

「え? なになに? みんなどこ行ってるの?」

「なんか客の誰かがビゲストボア狩って来たらしい」

「は? あの討伐ランクAの!? どこのバケモンだよ」


 その日の宿泊客たちもわいわい集まり、ユカワ湯の中庭はさながらパーティー会場の如く人であふれかえっていた。


「おーおー。すごい眺めだね~こりゃあ」

「いったいどうやってあんなでっかいイノシシ狩って来たの? ライラ」

「ノルが魔法で目くらまし、その間に私が麻酔銃を()てて、ナオが心臓ざくっと。あと血抜きとかの処理もナオ。ジャスパーさんはいつも通り指示出し」

「……そんな3分クッキングみたいに……」

「戦闘時間は30秒だよ」

「そうじゃなくてね……」


 ミラとライラが会話している前には、でーんとビゲストボアが鎮座。

 ビゲストボアというのはその名の通り、この世界最大と言われるほどの巨大な体躯のイノシシである。

 国際冒険者ギルド協会が定める討伐ランクの上から2番目、Aランクに属する魔物で、『(わざわい)』から生じるものではなく、最初からこの世界に存在する生き物である。

 

 普通であれば、討伐は国を挙げての大掛かりなものになるはずなのだが。




「お客様方ー! もう少しお待ちくださーい! 解体終了まであと一時間ほどかかりますのでー!」


 向こうで宿の人が叫んでいる。

 ここらの人は土地柄魔物の解体には慣れているというが、その人たちが総出でやってもこの時間。

 スケールを現代日本のもので表すとするなら、おおよそ鎌倉大仏くらいだ。

 

 ミラも直接見るのはこれが初めてだが、規格外の大きさである。


「きっと丸く収まるはずだろうからお祝いの準備だー! ってはりきって探したら手ごたえあるやつ出てきちゃってびっくり」

「……」


 訂正しよう。この小隊のメンバーのほうがよほど規格外だ。

 いや、そんなことはあの日『禍』をあっさり討伐したときからわかっていたことではあるのだが。


 それと手ごたえあるやつに30秒なの?


「……うん。深く考えるのやめよう……うん」

「? ミラ、どこ見てるの?」

「……遠くを見てる」

「お? うん……?」


 ライラはよくわかってなさそうな顔をした。

 多分ミラはその10倍くらい多くのハテナマークが浮かんでいる。


 それにしてもあと一時間か。暇になってしまうよな。

 なにかやることでもあれば。

 そう思って小隊の面々を見回す。


 半分は血と泥でべたべた。もう半分は涙と鼻水でぐしょぐしょ


 うん。肉よりもまず先にやるべきことがあった。


「……ライラ! あとノルとナオさんとジャスパーさん! いやもう全員! 服脱いで!!」

「「「「ええ!?」」」」


 しまった。順番まちがった。


「ちょ、そこ変な子見る目しない! そうじゃなくて! 洗濯するから着替えて! というかみんなお風呂入りに行こう! 」


 ああそういうことね、と一同がほっと胸をなでおろす。

 フィルさんは絶ゆる、とミラは思った。


 ミラは男性組を『男湯』に押し込み、ライラとジゼルと一緒に『女湯』に来た。

 このお宿の温泉に入るのは初めてだ。一ヵ月前は『禍』の瘴気のせいで入れなかったミラである。


 アザレア王宮に居た時の入浴は使用人用の浴場で、交代制だったのでせわしなかった。

 『日本人の魂はお風呂にある』と言ったのは誰であったか。

 しばらくお風呂にゆっくりつかっていないミラは、その言葉を今まさに身に染みて実感している。


(お風呂入る前のこのそわそわする感じ、なつかしいなあ)


 女湯の暖簾をくぐると脱衣場があって、その奥に湯煙でぼんやりと霞む温泉があった。

 三人わくわく服を脱ぎ、がらりと引き戸を開けてお風呂とご対面である。


「わ! すごい! 温泉! ちゃんと温泉だ!」


 なんて素敵な場所だろう。

 つるつるの岩に囲まれた元・日本人の心をくすぐるザ・温泉。立ち上る湯気にはかすかに硫黄のにおいが混じっている。湯は乳白色のとろりとしたにごり湯で、お肌もすべすべになりそうである。


「そっか、お嬢は温泉はじめてか!」

「……はしゃいでる……」

「可愛すぎない?」

「……同感」

 

 みんなで並んで体を洗い、背中を流し合った。

 湯船に肩まで体を沈め、三人でふうと息をはく。


「「「っあ゛~~~~」」」


 三人の声が揃う。ご丁寧に終わりまで一緒だった。

 みんなで顔を見合わせて笑う。

 隣の『男湯』から男性組の『っあ゛~~~~!』が聞こえて来て、更に笑う。


「えへへ、揃った!」

「うん、ほんとにね!」

「……こんな揃うことある……?」


 みんなで入るお風呂はなんて楽しいんだろう。

 自然とにこにこ笑顔になる。

 ミラは大好きな人たちとお風呂に入る時間が好きだ。

 

 湯のあたたかさを分かち合い、お互いをいたわり合う瞬間が。


「ああ、あったかいなあ……」

「「うん」」


 吐息交じりに零れた声は、広い浴場にかぽーんと響いた。





「うおー、のぼせたー」

「わ! お嬢、顔真っ赤じゃん!」

「ライラとジゼルもー」


 みんなで慌てて水分をとる。脱水を舐めたらいけない。頭ガンガンしちゃうからね。


「ねえお嬢」

「ん?」

「お嬢の髪ってそんな色してたっけ」

「え?」


 ふいにライラがそんなことを聞いてきて、ミラは首をひねった。

 そんな色とはどんな色のことだろう。


「なんか前より白っぽい気がして。私の気のせいなんかなー?」


 そう言われて自分の髪を一房つまんで見てみるが、その色は依然として亜麻色のままだ。


「?」

「毛先は全部ってわけじゃなくて。上から徐々にグラデーションになってる」


 ジゼルにもそう言われ、ミラは反射的に上を向く。無論そんなことしても確認はできないのだが。

 しばらく鏡を見る機会がなかったので気がつかなかった。

 いったいどういうことだろう。


「おや。みなさん早いですね」

「洗濯場、みんなで行くっすか?」

「うわぁ、洗濯物の泥すごい……」


 男性陣も続々出てくる。セットされていない濡れた髪型がなんだか新鮮だ。


「洗濯ならすぐ終わるよ。貸して」


 ミラはみんなから洗濯物を受け取る。下着類の線引きは人によるので分けてもらった。


 こちらの世界の服は比較的実用的なものが多い。前田に教わった中世ヨーロッパみたいな服は王族や高位貴族がここぞというときに着る場合がほとんど。

 女性の下着についても例外ではなく、前世のユキナがいた日本と形はほとんど変わらない。

コルセットも昔はあったらしいがウィステリアではもうほとんど見なくなった。


 まあそんなことは今はいい。


 ミラは無詠唱で水魔法を使う。ぽよんと水のかたまりが空中に浮かんだ。

 次に火魔法で灰を生成する。灰を洗剤にするには濾したり上澄みをすくったりとめんどくさい作業があるのだが、魔法だと時間を短縮できて楽だ。


 その洗剤を先ほどの水のかたまりの中に放り込み、さらに洗濯物を放り込んでぐるぐる回す。

 『渦潮(うずしお)』という魔法の小さなバージョンである。

 それが終わったら今度は風魔法の『旋風(つむじかぜ)』でぐるんぐるん回して脱水。

 

 日魔法『乾燥』でパリッと乾かしたら終了である。

 所要時間わずか10分。一つ一つが小さな魔法なので消費量も少ない。

 ミラも倒れずに済む。


「はい、どうぞ。ビゲストボア討伐成功おめでとう」

「「「「おお~!」」」」


 拍手をもらった。ミラは照れる。


「ありがとうございますお嬢」

「ありがと~!」

「ありがとうミラ」

「ありがと」

「ありがとうっす!」

「ありがとな」

「ありがとうお嬢さん」


 口々にお礼を言われ、ミラはくすぐったい気持ちになった。



※絶ゆる……絶対許さない(←念のため)


もう一話投稿します

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