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63 フィリップ=アンダーソン2


 ユカワの町に戻ってきた。

 ここを出た時に残っていた瘴気もすっかり流れ、町は以前の活気を取り戻している。

 お客さんも戻ってきているようで、ミラたちが宿泊していた宿も満員御礼の盛況ぶりである。


「「「ただいまもどりましたー」」」

「おーおまえら、遅かったな。おかえり」

「……おかえり」


 頭とお腹をかきながら寝ぼけ(まなこ)でミラたちを出迎えたのはフィリップだった。

 いつもの戦闘服ではなくユカワの伝統衣装『ユカータ』を着ている。

 ゆったりとした着心地のいいそれはフィルさんの威厳という威厳をすべて覆い隠しており、今や彼は、ぱっと見は冴えないおっさんである。

 まだ二十代のはずなのだが。

 隣にはジゼルもいた。同じくユカータを着ている。それはしっとり落ち着いた雰囲気の彼女によく似合っている。


「ハイこれ。おみやげー。ライツェの名物カステリア。みんなで食べようよ」

「ウチお茶淹れてくるー」


 ライツェというのは国境付近の港湾都市のことだ。

アザレアとウィステリアを結ぶルートのうちの一つで、ミラたちはそこを通って帰ってきた。

ミラも同じくライツェで香りのいい茶葉を買って来たので、カステリアのおともにと湯を沸かす。


「ただいまーってあれ、みんな帰って来てんじゃん! おかえりー!」

「「「ただいまー」」」


 ライラがぱっと顔を輝かせた。一ヵ月ぶりの天真爛漫な笑顔が一同をほっこりさせる。

 その後ろからナオがひょっこり顔を覗かせた。ジャスパーも来る。


「おかえりっす!」

「「「ただいまー」」」

「おや、皆さんお揃いで」

「「「ただいまです」」」


 みんなでわいわい机を囲み、カステリアに舌鼓を打った。


「お! これうまい!」

「誰が選んできたっすか?」

「おれおれ」

「……おいしい」

「ふむ。私の妻の次にすばらしいセンスを持っているようですねリオ」

「あ、ちょっとフィルさん、一切れ大きすぎ!」

「……おれの分が消えてる」

「見るっす! フィルさんのお皿に二切れもあるっす!!」


 ミラがお茶を淹れているうちにカステリアはあっという間にみんなのお腹へと消えてしまったらしく、ノルがあわててフィリップから取り返している。

 なんて激しい戦いだ。二人のフォークが目にもとまらぬ速さで一進一退の攻防を繰り広げている。


 最終的にフィリップの一瞬のスキをついてノルがカステリアの奪還に成功。

 一同から拍手が沸き起こる。

 ミラはそれをハラハラドキドキ見守って、自分の分を確保しておこうと尋ねた。


「……ウチのお皿どれ?」

「……」

「……」

「……」


 なぜみんな黙るんだ。

 不思議に思ってカステリアの残っているお皿を探すも、みつからない。


「……もしかして、ぜーんぶ食べちゃったの……?」


 さすがに泣きそうである。道中隣でずっといい香りを放っていたそのお菓子を、ミラはずっと楽しみにしていたのだ。

 みんなで食べたらさぞおいしいだろうと。

 なのにまさか、自分の分が残されていないだなんて。


「……ひ、一口も……?」

「……」

「……」

「……っく」

「おいライラ笑うな。バレんだろうが」

「だってかわいくて……」


 食べたかったなあとミラはしょんぼりしおれた。

 しかしないものはもうしょうがない。肩を落としつつもミラはお茶を淹れる。

 途中ソーサーを忘れたことに気付いて、戸棚へと戻った。

 この宿の貸し出し食器は丈夫でいいものばかりだなあと思いながらソーサーを取り出し運ぶ。


「……へ?」


戻ってきて、ミラは思わず声を発した。

 一切れもカステリアがのっていなかったはずの中央の大皿には、切り分けられる前のそれが、でんと一本鎮座している。


「驚いてる驚いてる」

「ちゃんと残してあるよミラ」

「お嬢の分っす!」

「お嬢さん、すごい楽しみにしてたもんね。ずっとそわそわしてた」

「……それ、かわいいね……」

「わたしもそわそわしてるお嬢見たかった~」


 固まったミラを見て一同はにこにこ種明かしをする。

 どうやらカステリアは最初から二つあったようである。


「ほらほら座って! 早く一緒に食べよ!」

「……うん!」


ナオが切り分けてくれたミラの分のカステリアは少し大きめで、みっしりとした感触の生地。

たまご色のそれはフォークを入れると思いのほかすんなり切れる。

ぱくっと口に含むとやさしい甘さがふんわり広がってとてもいい。

二口、三口とミラの手は止まらない。あっという間に目の前からカステリアはなくなってしまった。


「もうなくなっちゃった……」


 あんなにどっしりずっしりとした大きさに切ってもらったというのにミラの前にあるのはすでにからっぽのお皿のみ。

 もっと大事に食べればよかった。ミラはしゅんと肩を落とす。


「ミラ、おれのあげる」

「え?」

「楽しみだったんでしょ」


 ん、とお皿を差し出してくるノル。

 なんだかご機嫌な様子だ。


「フィルさん見習ってくださいよ? アレが男の鑑っす。お嬢、おれのもあげるっす!」

「お嬢、私のもあげましょう。たんとお食べなさい」

「え? え?」

「お嬢さん、おれのも半分いる?」

「お嬢ーっ! 私のもあげる! はいあーん」

「お嬢、私のも……。……はい」

「えええ? あ、あの、ねだろうと思って言ったわけでは……」


 ミラは慌てた。そんなつもりで落ち込んだわけではないのだ。


「いーからもらっとけお嬢。この隊のやつらは誰かにもの食わせるのが好きなんだ。食ってやった方が喜ぶぞ」

「……」


 フィルさんが言うと妙に説得力があるのはなぜだろう。

 きっといつもはフィルさんが餌付け対象なんだろうなとミラは思った。

 この人の食いっぷりは見ていて気持ちがいい。


 それ以上考えるのはやめた。ミラがずっと楽しみにしていたお菓子をみんなが厚意で分けてくれたのはたしかだ。

 女子二人が差し出してくれたフォークにパク、パクと食いついて、ええい! とみんなの前にお皿を掲げる。

 カシャカシャとフォークの音が響く。目を開けるとカステリアがいくつもミラのお皿にのっていた。

 うれしい。


「お嬢、食べさせがいがあるんだよな~」

「めっちゃうまそうに食べるんすよねー」

「ご飯詰め込んだときのほっぺが、リスっぽい……」


ミラは口いっぱいにカステリアを放り込み、広がる甘さを堪能した。

もぎゅもぎゅ


「「「「わかる~」」」」


 知らないうちにみんなが意気投合し、ミラの方をにこにこしながら見てくる。

 幼い子供に向ける視線のようで、なんだかミラは気恥ずかしくなる。

 まあ、幼い子供ではあるんだけど、と己にツッコむ。


「おれのはあげません。おれが全部食う!!」


 フィリップの食い意地は相変わらずである。

 フィリップより多くカステリアののった皿を見、ミラはドヤった。




 しばらくそうしてわいわいし、ひとごこち着く。

 一同はミラが淹れたお茶をのんびり飲んでいた。



 やがてリオンが気持ちを切り替えるように息をつき、カップを机に置く。


「フィルさん、ジゼル。話があるんだ二人に」


 フィリップが何かを悟ったようにかすかに笑み、そうかと頷いた。

 ジゼルも。


 一呼吸置き、リオンは言った。


「わかったよ。記憶を取り戻す方法」


このあともう一話投稿します

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