表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

62/86

62 リオン=エヴァレット3

 場の空気ごと切り替えるようにリオンは紅茶を手に取った。

 先ほどまでの表情などまるでなかったことのように、リオンはもう、いつものリオンに戻っている。


「たまに侯爵からおれ宛に手紙が届くから、それでシルヴィアのことは知れた。アデルバードのことも手紙に書かれててさ。ひそかに応援してたんだぜおれ」

「お父様、全部リオルにばらしてたんですの?」

「……う、まあ。だって嬉しいじゃないか。娘が恋して、どうやら両思いみたいなんだぞ? おまえたちには言えないから父さん誰かにこの思いを伝えたくて伝えたくて……」


 侯爵が指をいじいじしつつ言い訳をする。

 なんとなくわかるなとミラは思った。

 なんだかリオンは話しやすいのだ。

 何を言っても受け入れてくれるような気安さがあって、それを口外しないという信頼もある。


「その手紙がぱったり来なくなったからどうしたんだと思ったら、二人そろって幽閉されてるっていうんだから驚いた。俺は一応ウィザードの構成員だぞ? 表立って動けないのに、勘弁してくれよ……」

「その節は本当に申し訳なかった。外への伝達手段が封じられたから何もできなくて。リオンが様子を見に来てくれなかったらどうしようもなかったんだ。実家にも伝えてくれたみたいで助かったよ」


 だからウチに回ってきたのかとミラは納得した。

 アデルバードはすまない、と両手を合わせる。


「あとで何かおごれよ」

「そこのドガダン食堂のエビフライ定食はどうだ」

「乗ろう」


 サザンカ公爵令息の提案とは思えないほど安い取引だ。

 でもリオンの顔は嬉しそうに見えた。


「お嬢さん、フィルさんに事情尋ねたんだって? すこしぶっきらぼうになったろ。五年前、記憶をなくしてから姉さんを思い出そうとするとああなる。身体だけが覚えてるんだ。感覚だけが。それって苦しいと思うよ」

「……うん」

「お嬢さんのことだ。どうせそれ以上聞かずにおれのところに来たんだろ」


 見透かされたようなのがなんだか悔しかったので、ミラは『うん』とも『ううん』とも言わずに一口紅茶を飲んだ。


「リオン。これからどうするつもりだね?」


 侯爵が顔を上げてクッキーを一つむしゃむしゃ食べる。

 なんでこの人はこんなに貴族っぽくないんだとミラは思った。


「ノルたちについてくよ。もともと、記憶操作解除の方法がわかったからフィルさんに合流したんだ」

「……え? 知ってるの? 記憶操作の解除ってできるの?」

「うん。いやー長かった。五年だぞ? あれそんなに長くないのか? いや青春時代を捧げたと思えば……」


 あごに手を当てて何やらぶつぶつ言っている。

 十六歳が何を言う、とミラは思ったが人のことは言えないので黙っていた。


「どうやるんですの? 教えてくださいリオン。フィルさんだけのことではありませんわ。ジュディさんのこと、わたくしだって思い出したい……。頭を撫でてもらった記憶はあるけれど、顔も声もその時の自分の感情もわからないのです。その手の感触だけしか」


 シルヴィアが両手で頭をおさえる。必死でたどろうとしているのだろう。

 彼女もまた記憶操作に巻き込まれた一人だ。シルヴィアにだってジュディとの大切な記憶がないわけがない。


「おれがウィザードに入って得た情報によれば、記憶操作を解除するには引き金となったものを破壊する必要がある。ウィザードではその引き金となったもののことを『トリガ』と呼んでいた。記憶操作には必ず『トリガ』が存在する。それがなければできない」

「どうやって探すの? その、『トリガ』っていうのは」


 ミラの問いにみながうんうん頷く。


「『トリガ』となったものにはいくつかの特性がある。

ひとつめ、記憶操作の対象となった人物に思い入れのあるもの

ふたつめ、記憶操作を行った人物に思い入れのあるもの」


 ミラは初めてフィリップに会った時のことを思い出した。

 より正確に言うなら、彼の後ろ姿を。


「みっつめ、『トリガ』に触れていた人間は記憶操作に巻き込まれない」


 ノルはなにかに気付いたように目を瞠った。

 そしてミラの方を向く。ノルの頭の中にはおそらく、ミラの考えているのと同じものがうつされている。


「「花か」」

「そ」


 リオンは頷いた。


「みっつめの情報を手に入れた時、おれもその造花だろうと踏んでさ。フィルさんがウィザード監査対象のオリバー=ウィステリアと行動を共にしてるっていうウソかホントかわからないような情報が入ったから、その監査おれにやらせてくださいって言って来た。ねじ込んだようなもんだけど、これでもそれなりの地位にいるんでね」

「小隊のこと、ウィザードに報告とかしてたの?」

「まさか。オリバー=ウィステリアは三年前くらいから所在不明になってたから、おれが仕事引き継いだ後も『まだ行方不明』って言っとけば特に怪しまれない」


 三年前と言えば、ノルが離宮に移された時期だ。


「ノルのことはウィザードのいろんなやつが探してるはずだよ。この前の『禍』討伐の時も追手が二人くらいいて、ひとり小隊を追っかけてたから適当に撒いた。フィルさんに用があるのに水差されたら困るし。『禍』が肥大化したのもあいつらのしわざだろうな」


 ミラたちの知らないところでいろいろ暗躍していたようだ。

 ミラが感謝の意味を込めてリオンに合掌したら、ギョッとした顔をされた。

 なんでだ。


「というわけで、おれが知っていることはこれで全部だ。『トリガ』を破壊するかどうかはフィルさんと話して決めるつもり」


 侯爵はそうか、とだけ言って腰を上げた。

 そしてリオンの頭を撫でる。

 それを見て、まただとミラは思う。侯爵の姿はどこか、既視感がある。


「よく頑張ったな」

「……うん」

「明日、出発か?」

「うん」


 リオンの声はなんだか泣き出しそうで、かすかに湿っている。

 今日はもう休みなさい、と侯爵は言い、みんなそれぞれ部屋に案内された。

 ミラはシルヴィアと同じ部屋である。






 ふたりでお風呂に入って、たくさん話をした。

 シルヴィアは孤児院にいた時の話を聞かせてくれた。

 アデルバードとのことも。ミラははしゃいで叫びだしそうになったり、胸を押さえて悶えたりしていた。

 許してもらいたい。恋バナは大好物。ギャル時代の名残である。


 大きくてふかふかのベッドに二人で並んで、顔を見合わせて笑った。

 楽しいね、うん楽しい。そう言い合ってまた笑う。


「元気でね」

「シルヴィア様も」


 シルヴィアが微笑んだ。

 けれど、その美しい顔はだんだんと寂しそうに顔がゆがむ。

 シルヴィアの目が潤み、ぽろぽろ雫がこぼれた。

 ミラは慌ててシルヴィアの手を握る。


「ちょ、ちょまち、シルヴィア」

「……」

「また! また来るから。とりま泣かないで! ね?」

「……ミラ語だわ」


 泣きながら、ふふふとシルヴィアは笑った。

 ミラはほっと安堵の息を漏らす。


 夜はしんしんと更けていく。

 つないだ手があたたかい。シルヴィアの規則正しい寝息を聞きながら、ミラは眠りに落ちていった。








 シルヴィアは同室のミラより一足早く目を覚まし、身支度を済ませて玄関へと降りてくる。


 途中、父が執務室の扉を開けて来てシルヴィアの隣に立った。


「いいのか。一緒に行かなくて」


 その声は、娘をこころから案じる父の心情と一抹の寂しさを乗せてシルヴィアの耳に届く。


「いいのです。わたくしはこちらでがんばると決めましたわ。さびしいですけれど」


 父はシルヴィアと並んで玄関扉の向こうを見つめた。

 まるでこの先に待ち受ける彼らの幸福を見据えるかのように、眩しそうに。


「いい友を持ったな。シルヴィア」

「ええ。わたくしも心からそう思いますわ」


 カツン カツン

 コツ コツ コツ

 トン トン トン

 ずん ずん ずん


 後ろから賑やかな足音が四つ分聞こえてくる。

 振り向くと、やっぱり皆が階段を下りている。


「ヴィア、おはようございます。早いですね」

「アル。おはよう」


 シルヴィアの隣にアルが並ぶ。

 今日は朝の世話は必要ないと話していたので、会うのは昨日ぶりだ。


「おはようシルヴィア様」

「おはようミラ」


 妖精のようにかわいらしい少女がシルヴィアを見て微笑む。

 そうかこれが『尊い』か、と昨日覚えたばかりの言葉を思い出した。


「やっぱりこっちの方が近いと思う」

「いや、そこは危険地帯を通る。魔グモの巣だ」

「おれクモ嫌い。別の道通ろうぜ」


 ノルとリオンとアデルバードは地図を見てわいわい話している。

 昨日三人でドカダン食堂に行ったそうで、すっかり意気投合した様子だ。

 道中食べて、とアデルバードがサンドウィッチを手渡している。

 昨晩厨房でこそこそやっていたのはこれだったのかと納得して、シルヴィアは笑ってしまった。


「お世話になりました。バーナード侯爵」

「ありがとうございました」

「ああ、気を付けて行っておいで」


 父が三人の頭を撫でる。

 昔からの、まだほんの小さなころからのクセだと父は言う。

 ずっと昔からそうしていたような気がするんだと。


 ぎゅっと、シルヴィアの足にミラが抱きつく。


「じゃあシルヴィア様、またね」


 『またね』とはなんて素敵な言葉か。

 また会いたいと言われているみたいだわ。

 この言葉を口にする度、そうシルヴィアは思う。


「ええ。またね。ミラ」


 始まりを告げる朝日が一同を照らす。


「「「では行ってまいります」」」


 三人が進んでいく。光の中を。

 少しずつ小さくなっていくその後ろ姿に、シルヴィアはいつまでも、いつまでも手を振っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ