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61 リオン=エヴァレット2

 すぐそこに前線がある。そんな場所にジュディはいた。

 赤ちゃんを背負っていた。数日前に町で生まれた元気な男の子だ。

 孤児院でその子の母親が名前を呼んでいたのをリオンは思い出し叫んだ。


『ロベルト!』


 声が聞こえたのかジュディがこちらに気付き、泣きそうな顔をする。

 その間にも爆発音は絶え間なく響く。

 その場のだれにも攻撃が当たらないのが、不思議なくらいだった。


 ジュディはなんとかリオンたちのもとにたどり着いた。

 そしてロベルトをフィリップに預けて安心したように笑う。


 リオンもフィリップもジゼルも、ジュディの無事を確認してほっと息をはいた。

 よかった。ああよかったとフィリップが何度もつぶやき、そしてジュディを抱きしめた。


 ロベルトごと、つよく。つよくつよく、けれどとても大切そうに抱きしめた。

 そこにいると、たしかめるように。

 ジュディもまたフィリップの存在を確認するみたいに、彼の抱擁を受けていた。


 くるしいわ、と困ったように、でも嬉しそうに微笑みながら。

 そしてジュディもフィリップを抱きしめ返して、ありがとうとそう言った。


「おれは、瞬きしたんだ」


 涙でぼやけてしまったその景色を、この目に鮮明に映したくて


「次に見たら、姉さんは消えてた」


 町は音を忘れたみたいに静かになっていた。

 もう銃声は聞こえない。雨のように降り注いでいた爆弾も、もう落ちてはこない。


 抗争ごと、ジュディは跡形もなく消えてしまっていた。

 まるで夢から覚めたみたいに。


 フィリップは呆然と自分の腕を見ていた。

 リオンが袖を引っ張っても、話しかけても、なにも言わずにただ立ちほうけていた。

 ロベルトがおぎゃーと泣いて、リオンは先ほど見たジュディの姿がまぼろしではないことを知る。


「転移門が作動したんだ。範囲はちょうど、姉さんが立っていたところまで」


 ジュディのいた場所に、花がぽつんと落ちていた。


 孤児院で毎年売っている、手作りの造花だった。

 それを買うのは年頃の男女で、当日、花まつりに誘いたい相手に贈り合うものだ。


 フィリップがジュディを誘うために贈った花だった。

 渡すところをリオンとジゼルが孤児院の陰で見守った、薄紅色の花。

 リオンはピクリとも動かないフィリップのかわりにそれを拾い上げた。


 リオンはジゼルのことが心配になって、そちらを振り向いた。

 ジゼルは真っ黒に塗りつぶされたような光のない瞳でジュディのいたところをじっと、じっと見つめていた。


 どれくらいの時間そうしていたのかはわからない。


 やがて、ジゼルの頬にぽつりと一滴涙が流れて、落ちた。


 キィィィン

 と金属がこすれたような音がして、リオンは咄嗟に耳を塞いだ。





 『ラウルオの火まつり』に関しての情報はよくわかっていないことが多いと言われている。

 目撃者が少ないわけではない。

 その場にいた多くの者の記憶が曖昧だったのだ。


『よく覚えていない』『気がついたら病院にいた』『もやがかかったように思い出せない』

 そんな証言が相次ぎ、国の役人たちは記録をとるのに大変難儀な思いをしたというのは有名な話だ。

 それもあって、『ラウルオの火まつり』に関しては、書物にも日付や原因などの基本的な情報しか載っていないことが多い。


 しかしそんな数少ない証言をかき集めると、たった一つだけ同じ出来事を指し示しているのだろうというものがあった。


 『光が落ちてきたんだ。』


 巻き込まれたもののほとんど全員が口をそろえてそう言った。

 その言葉以外になんと形容すればいいのかわからないと。

 雷なんてものではなかった。太陽の光よりもずっと強くて眩しくて、目も開けていられないほどの光。


「ジゼルが無意識に力を使ったんだって今は知ってる。あまりにも広範囲に作用する爆発的な威力だったから、そうなった。町の人たちは孤児院にいた人も含めてみんな記憶操作に巻き込まれた。……おれ以外」


 光が落ちてリオンが再び目を開けた時、そこには首を傾げたジゼルがいた。

 フィリップが頭を押さえながらリオの肩を、不思議そうな顔でとんとんと叩いて、その腕の中でロベルトがまたおぎゃーと泣いた。


「その時はなにが起こったのかまったく分からなかった。シスターや町のみんながだんだん来て、がれきを片付けていくんだ黙々と。姉さんのことなんてまるでなかったことみたいになって、だれもフィルさんに事情を尋ねない」


 リオンは焦った。姉さんはどこ? いったいどこ?


「みんなに、姉さんは? 姉さんは? って尋ねたよ。みんなおかしな反応をした。おぼろげだけど姉さんのことを覚えてるんだ。でも姉さんのことを鮮明に思い出そうとすると頭を押さえて苦しみだす。それ以上は聞けなくて、そこでやめる。そのくりかえし。ジゼルの症状はもっとひどかった」


 ジゼルは一切を覚えていなかった。

『ジュディ? 誰?』『シスター??』『フィル? 知らない』

 孤児院の記憶も、町のことも、抗争のことも。

 覚えているのは『ジゼル』という自分の名前とリオンのことだけ


 リオンは混乱した。

 なんでおれだけ? なんでおれにだけ記憶が残っていて、ジゼルはおれのことだけ覚えているんだろう。

 なんでだ? なんでなんだ?


「フィルさんも、やっぱり姉さんのことだけ思い出せないんだ。一つ一つの出来事の記憶はある。姉さんと過ごした記憶もある。でもその記憶のなかで、姉さんの姿と情報だけが塗りつぶされたように見えないってみんなそう言った。それが誰なのかも、自分とどんなかかわりがあるかも思い出せない。空白、いや、黒いインクをぶちまけたっていうのがたぶん正しい。おれは孤児院のみんなに姉さんの話をした。そのブロンドの髪の人はおれの姉さんなんだって」


 みなジュディへの感情ごと抜け落ちていた。

 そうなんだ。と言いつつもどこか半信半疑。

 でも、フィリップがひとつだけ覚えていたものがあった。


「フィルさんが姉さんに贈った造花だけは、覚えてたんだ」


 フィリップは、リオンがもっていた花を見て頭をおさえた。

『おれは誰かとても大切な人にそれを贈った気がするんだ』


 そう言って必死に思い出そうとした。何度も何度も。

 そのたびにフィリップを頭痛が襲う。


 思い出したいんだ。思い出したいんだ。忘れたくない。消されたくない。

 大事なことのはずなんだ。そのはずなんだ。


 腕に、抱きしめた後のぬくもりがあるんだ。髪を撫でた感触も。

 ありがとうという声の残響も。

 残ってる。たしかにいたのに。そこにいたのに。


 なんで!


 フィリップは頭をおさえ、強く掴んで、それから泣いた。


 それを何回、いや、何十回繰り返しただろう。


「結局フィルさんは思い出せなかった」


 これはフィルさんが持っててよとリオンはその造花をフィリップに渡した。

 フィリップはそれを背中に背負っていた武器に括りつけた。


「そのあとは、おおむねお嬢さんが知っている通りだ」


 シルヴィアは聖女の才を見出され、アザレアの王命を受けてバーナード侯爵が引き取った。

 幸い侯爵は優しく穏やかな人だったから、シルヴィアは幸せに暮らすことができた。


 シスターは孤児院に残り、フィリップはウィステリアに居を移した。

 ジゼルは記憶を取り戻すことの無いまま商家に引き取られ、そのあとはジゼルが話した通りだ。


「おれはウィザードに入った。ジゼルの能力のこと、どうすればみんなの記憶が戻るのか知りたかったから。なにより姉さんを見つけたかった。抗争ごと戦地に送られたんだ。きっともう生きてはいないだろうけど」


 リオンは微笑んだ。悲しげに。

 ミラは何と声を掛けたらいいのかわからず、ただリオンをじっと見つめた。


このあともう一話投稿します

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