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60 リオン=エヴァレット1

「お嬢さん、おれからも礼を言うよ。シャーリーを助けてくれてありがとう。約束だ。ジゼルの過去について話そう」


 みながほっと息をついたころ、リオがそう言った。

 侯爵とシルヴィアが顔をあげる。

 ジゼルという名前を聞いて表情が陰ったようにミラには思えた。


 やっぱりミラだけがなにも事情を知らずにいるのだろう。

 そのことに少し寂しさを感じながら、ミラは首を振った。


「リオ、そのことなんだけどウチ、やっぱりいいや。ジゼルが話さないのはウチがまだそれを聞けるほど信頼されていないってことでしょ? 無理に聞くのは違う気がする。昔それをやって怒られたことがある。ウチだけ知らなくて寂しいっていうだけで聞いていいことじゃない気がする。だからいいや」


 リオは目を瞬かせ、そしてかすかに微笑んだ。


「……お嬢さんってホントお人好し」

「え? なんて? 聞こえない」


 みんな結構静かに話すんだよなとミラは思った。

 だいぶ慣れてきたが前世の『いつめん』の騒がしさに比べると格段に耳にやさしいので時々聞き取れないのだ。


「いや、なんでもない。……そうじゃなくて、やっぱり聞いて。この話はミラが信用されてないから話さないとかじゃないんだ。そうじゃなくて、そもそもジゼルはこれについて話せない。()()()()()()()()()()()()

「……どういうこと?」

「ミラもそうなのかもしれない。魔力の少ないものに稀に見られる不思議な力」

「……髪色によって使える力が変わるアレ?」

「そうだ。ジゼルはその力の持ち主だ。それで、あいつの髪は深緑だろ」


 シルヴィアの話を思い出す。

 緑系統はたしか、『記憶操作』


「それとたぶん気づいてるんだろうけど、リオっていうのは偽名だ。リオルも。本名はリオン。リオン=エヴァレット」

「……安直」

「そこうるさい」


 呆れたようにそう言って、リオンは紅茶の入ったカップを置き、そして語り始めた。





 リオンには姉がいる。六歳年上だ。名前をジュディ=エヴァレットという。

 両親はリオンが幼い頃になくなったのでリオンは姉のジュディと二人で街の片隅に暮らしていた。

 ジュディは身内のひいき目を抜きにしても美しい容姿をしていたと思う。

 ふんわりしたブロンドの髪と黄水晶(シトリン)の透き通った瞳で、とても大人びた雰囲気を纏っていた。


 リオンがまだ6つの頃、ジュディはたしか11歳で、ある孤児院に通うようになった。

 ノリルテア孤児院という名のそこは教会が運営していて、厳格なシスターが一人と孤児が二人。

 ジュディはそこの手伝いに行っていたのだ。


 ジュディは頭がよかった。その上気立てもよくて、身の回りのこまごまとしたことによく気がつくし、リオンのことで子供の世話にも慣れていたからその孤児院では重宝された。

 厳格で気難しいと有名だったその孤児院のシスターもジュディには気を許したし、孤児院の子ども二人もよく懐いた。

 リオンは家に一人でいてもつまらなかったし、一緒に遊ぶ友達もいなかったから姉に連れられてよく一緒に孤児院に行った。

 というより、ほとんど毎日ついていったのでリオンの6歳からの5年間の記憶のほとんどはノリルテア孤児院の面々とともにあると言っていい。


「で、その孤児院にいた子供っていうのがジゼルとシルヴィア。その時当時15歳のフィルさんもそこによく来てたんだ。ノリルテア孤児院の出身だったらしい」


 リオンは姉のジュディからフィリップを紹介された。

 その時まだ駆け出しの冒険者だったその男はどうやら相当強く、新人だったにもかかわらずすでにランクはBだった。

 『俺はまだBランクでね』

 と頭をかきながら言っていた記憶がリオンにはある。

 年相応に無知だったリオンは、へーそうなんだ、くらいの感想しか持たなかったが今ならわかる。

 あれは強者の謙遜だ。


「そんで、これ言っていいんかな……まあいいか。姉さんとフィルさんは、あー、いわゆる『両片思い』ってやつで……」


 どちらも互いの前でそんなそぶりを見せることはほとんどなかったが、なぜかリオンにだけ教えてくれた。


 『ジュディには言わないでくれよ?』『フィルさんには言わないでね』と前置いて、こっそり耳打ちしてくるのだ。

 きっと惚気話を聞いてくれる人が欲しかったんだろうとリオンは思っている。

 フィリップもジュディも『困らせたくない』と言って自分の思いはひた隠すタイプだったので、本当にリオン以外には明かさなかったのだろうし、本人に伝えるなどもちろんしていないだろう。


 とはいえ、はたから見たらわかりやすすぎて目をそむけたくなるくらいには互いが互いにデレデレだった。

 孤児院のシスターもいつも呆れた目で見ていた。


 その頃のリオンたちは何をとっても平和だった。

 明るい孤児院、笑顔のジゼルとシルヴィア、気難しいシスター、それをものともしない穏やかなジュディとフィリップ。

 リオンはただ笑っているだけでよかった。その中で幸せを享受しているだけでよかった。


 そんなやさしい世界の中で、リオンは5年の歳月を過ごした。

 ジゼルとシルヴィアも10歳になり、フィリップと姉はもうほぼ夫婦だろうという空気感になっていた。

 そろそろどちらか告白するだろうとリオンは呆れながらもそれを楽しみにしていた。

 シスターもそうだったと思う。


 町は平和だった。


 だけどその平和こそ、嵐の前触れだったのかもしれない。


「5年前の、花まつりの日、だったよ」


 聞いていたミラの呼吸が止まった。


 5年前、花まつり、孤児院


「……『ラウルオの火まつり』」

「そうだ」


 それはラウルオという町で起こったある魔法抗争のことを言う。


 7年前、魔法組織『ウィザード』と、今はもう解体寸前の『ディアブラーリ』という魔術組織の対立が起こった。

 最初、それは遠い北国の孤島を戦場としていた。

 次第に対立は激化し、両陣営の兵器の開発はどんどん加速した。

 この間に、ウィザード陣営は転移門を開発した。

 そしてそれがこの抗争の勝敗を決定づけた。


 ディアブラーリの情勢は徐々に悪化。

 このままディアブラーリが降参し、ウィザードが吸収するだろうというのが各国の見立てであり、おおむねその通りになろうとしていた。


 が


 ディアブラーリ撤退の二日前にそれは起きた。

 本に書かれた情報が正しいのであれば、だが。


 転移門の誤作動だったらしい。

 ウィステリアとアザレアの国境付近にあるラウルオという町に、その抗争は『抗争ごと』移された。


 当時花まつりだったという美しく飾り付けられたその町は、その瞬間から戦場となった。


 花が焼け、屋台が焼け、町が焼けた。

 魔法銃の音が鳴り、手榴弾が飛び交い、淡い色でいっぱいだった町は灰色に塗りつぶされた。


「『夢なら覚めてくれ』って声がして、ああこれは夢じゃないんだってわかるんだ」


 混乱と逃走の中で、一緒にいたはずの教会のみんながいなくなっていく。

 ジュディがいない。フィリップもシスターもシルヴィアも。


 離れなかったのは、リオンと手をつないでいたジゼルだけだった。


 振り向いてみても、あるのは灰色の町ばかり。

 ジゼルの小さな手を決して離さないように、それだけを考えてリオンは走った。

 火の海の中を、孤児院まで。


 孤児院には人がたくさん集まっていた。

 母さん、と叫ぶ子供の泣き声。逆に子の名を呼ぶ親の声。無事を確認したものたちの安堵の声。


「みんないた。町の人も、シスターも、シルヴィアも、フィルさんも。姉さん以外の全員」


 『ジュディはどうした』

 フィリップが煙でかすれた声でそう言った。

 リオンは当然、フィリップたちと一緒に居るんだと思っていたから、首を横に振る。

 フィリップは何度か浅く息をはいて、孤児院の外に飛び出していった。魔法弾の降り注ぐ町へと。


「おれはフィルさんを追いかけた。……ジゼルも」


 外は鉄と血の匂いがした。

 孤児院に入った瞬間に忘れていたそれがリオンを急速に現実へと引き戻した。

 町の中心に近づくにつれ、その匂いは強まっていった。


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