6 侍女エマ=ステラ2
評価、いいね!いただきました!
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
ミラはちょっとよく考えてみた。
「ねえエマ、お米のとぎ汁ってありますか?」
そう。化粧水なら米のとぎ汁でもよくないか、というお話についてである。
本格的な化粧水も作ろうと思えばできなくはないが、さすがに素人同然の人間がグリセリンやら何やらを作り出すのは危ない。素人知識は身を滅ぼすのだ。
「え? とぎ汁ですか? そうですねぇ、我が家にあるお米はちょっと変わっていて、東の方にある国でとれるものですが、それでもよろしいですか?」
完全に失念していた。コメには種類がある。
コメは普通、前世の日本みたいなものじゃなくて、細長いパエリアとかに使うやつのほうが一般的である。当然、この世界でもそうであるはずだ。
「だって、地理で習ったじゃん! なんで忘れていられたんだぁぁぁぁ! いやでも前世の地理は役に立たなくない普通!? そんなことある? ウチ、そっちのお米の扱い知らないよ!? なんてったって元日本人だからね!」
「チリ? ゼンセ? ……ニホンジン?」
「あ、いや、そうじゃなくて……ど、どんなお米ですか? やっぱり細長くてパラパラした?」
「いいえ? 変わったお米ですから。そうですねえ、一般的なものに比べて丸くて、炊くとふんわりもっちりとなりますかねぇ。伯爵様の好物でして、たまに食卓に出てきますでしょう? あれです」
「そ、それだぁぁぁ! よかった~! お父様、米を好きでいてくれてありがとう! そ、それを炊く前にお米を研ぐでしょう? その時に出る白っぽいとぎ汁が欲しいんです。ありますか?」
「今日の晩御飯の献立に炊いたご飯がありましたから、今厨房に行けばおそらく……」
「ほ、ほんとう!? じゃあ、もらってくる!」
ミラは部屋を飛び出す。
そして止まる。何を隠そう厨房の場所がわからない。
「お嬢さま! 厨房は反対の階段を下でございますよ!」
エマが慌てて追いかけてきてくれた。なんとも面目ない。
厨房に着いて、米のとぎ汁をくださいというと大変怪訝そうな顔をされてしまった。
まあ、しょうがないだろう。ミラもそう思う。
部屋に持って帰りきれいな容器に移し替える。
手のひらに500円玉一枚分くらい垂らして、そっと肌にしみこませる。なじんでしっとりするまで手で押さえる。
「おし!」
余ったものは厨房の人にお願いして冷蔵庫(厨房にしかない)の隅に置いておいてもらうことにした。
本当は乳液もゲットしたいところだが、ミラの知っている作り方は現代日本にしかなさそうな原料をバンバン使用するのでやめておく。
「これで基本の準備は終わりました」
お風呂に入ってスキンケアもばっちり。
顔を洗うときに化粧もきちんと落としたので、今はすっぴんだ。この世界の化粧は落としやすい。
「お嬢さま! そこから先は私にお任せください!」
エマがドンと胸をたたいた。
髪を、毛先、真ん中、生え際の順でゆっくりと丁寧に梳いていく。
だんだんと髪のつやが増して、とろりとしていく。エマのようにすとんとクールにはいかないみたいだが、やっぱりミラもきれいな髪をしている。
次にエマは私の前髪を持ち上げてほんの薄く、触れるように白粉を乗せていく。
さっき起きた時はべたべたに塗ってあったが、おそらくミラの希望だったのだろう。
こんなに白い肌をしているんだから、隠すことはなかった。
ずいぶんもったいないことをしていたものだと、ミラは思った。
香りのないリップをそっと塗り、珊瑚色の紅をすっとひく。グロスを塗らなくても、8歳の唇はうるうるである。
そっと影を落とす長いまつ毛とくっきりと二重まぶたの目元には何もほどこさない、ごく薄いお化粧。
「さっきは目元にびっくりするほど濃いアイシャドウと頬に真っ赤になるほどのチークがのっていたからなー。あれにはびっくりしてしまったぜ。うんうん。」
「髪型も、私が決めてよろしいですか? やはりツインテールは譲れませんか?」
今までツインテ一択だったということかそれはよろしくない。
「エマが決めてくれたら嬉しいです。もちろんツインテでなくてもまったく、これっぽちも問題ありません!!」
少し語気が強めになってしまった。しかし許してもらいたい。
ツインテはたしかにかわいい。それは否定しない。しかし世の中には『ギャップ萌え』というものがある。毎日同じ髪型では味気ない。
それもまた真実。
「承知いたしました!」
エマはすごくうれしそうで、さっきミラが歌ってた鼻歌を真似してふんふーんっと言っている。
なんでも前のミラはツインテをしながらも大人っぽさを出すために前髪を伸ばして横に流していたのだそう。
どういう心理だ。それは。
そうこうしているうちに、エマはミラの長い前髪をふわっとあげておでこを出し、横の髪を少しすくって、流した前髪と一緒にハーフアップに。まとめたところをバレッタで留める。
このバレッタもとてもきれいなもので、繊細な小花の細工の座金に、暁の空の色を写し取ったかのような淡い黄水晶がはめ込まれている。
前のミラはあまり気に入っていなかったのか、引き出しの奥に眠っていた。
エマの「もういいですよ」という声につむっていた目を開くと、あら不思議。
すっと伸びた背筋。
亜麻色の髪はゆるりと流れ落ち、ふせられたまつ毛は日の光を透かしてきらめき、みずみずしい唇には誰もがキスを落としたくなる。
白いシャツブラウスからそっと覗く、さらに白い肌は隠しようもなく、深い琥珀を思わせるブラウンの瞳は見る者を惹きつけてやまない。
「いやいやいやいや。二次元じゃないんだから。いやいやいやいや。いやいやいやいやいや……ガチだわ。うそやん」
ウチ、こんなに綺麗な子に転生しちゃったわけ? とミラは驚愕を隠せなかった。
「信じらんねー……読モも目じゃないくらいにかわいい。神様がちょっとご褒美くれたんかな。痛かったもんなあ、トラック」
轢かれたのがあの子たちでなくて本当に良かった。
あんな痛み、経験しない方がいい。
「おし!」
ミラは背中がうずうずした。
ユキナは大好きなのである。他人の世話を焼くのが。もう我慢はしない、とミラは決めている。
今世は前世みたいにまわりに流されるんじゃなくて、自分の好きなことを追及してやる。
気合を入れてこぶしを握ったミラを、エマがじっと見ていた。