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57 ノルとミラ


 結局、あのままパーティーはお開きとなり、ミラたちもそのまま解放された。

 バーナード侯爵を含む四大侯爵家や、辺境に追いやられていた公爵も遅れて続々と到着しているので、あとは大人たちに任せなさいとミラたちお子様は無事外に出された。

 ミラはシルヴィア様のように隠れていく必要もないし、絨毯(コレ)もある。

 何かあっても自分ならなんとかできるだろうとミラは思い、バーナードの屋敷への馬車は断った。


 外の空気は澄み渡り、冬の気配がする。今夜はずいぶん星が綺麗だ。


「あ、そういや俺も、今日はバーナードのお屋敷でお世話になるから」


 城の外壁を出て歩き出したミラの隣で、ノルがそんなことを言い出す。


「ええ!? そうなの?」

「だって俺、今日の宿ないもん」

「あーそか。そもそも今日はどうしてあの場に……」


 ミラは何もかもわからずじまいで首を傾げる


「ミラがアザレアに行った後に父さんから一旦帰って来いって連絡あったんだ。顔見せろって」

「王様寂しくなっちゃったのか……案外早かったな」

「俺もみんなの顔見たかったしフィルさんに言伝て帰ってしばらく溜まってた公務とか片付けてたんだけど……」

「……ど?」

「兄さんが間違えて同じ日にあるパーティどっちにも出席の返事返しちゃったらしい。好きなほう選んでいいからどっちか頼むって言うからミラがいるアザレアを選んだ」

「オーウェン様がポンコツを発揮してらっしゃる……」

「もともとそんな感じだよ。ソフィが公の婚約者になったあたりからまわりにバレ始めただけで」

「……ああなるほどね」


 カンペキ王子のギャップ萌えな真実にミラは遠い目をした。


「アザレアにするって言ったら兄さんが『今その国に知り合いがいるから何かあったら頼りなよ』ってアデルバードさんが勤めてるバーナードの住所教えてくれた」

「だからあの人のこと知ってたのか」

「うん。それで訪ねてみたらなぜかリオがいてだな」

「あー……」

「リオが、せっかく早く来たんなら計画手伝えって。ミラが偽名使ってたから見つけるの苦労した」

「いやぁつい。偽名憧れで」

「こんにゃろ」


 ヘラっと笑うミラのおでこを、ノルがあきれ顔で小突く。

 ミラはずっと気になっていたことが分かってすっきりした気分になっていた。


「……ミラ、ほれ。それ貸して」


 不意にノルがそう言って手を差し出してくる。

 ミラは何のことだかわからず頭にハテナマークを浮かべて首を傾げ、とりあえず、と空いていた右手を重ねる。


「……っ!」


 ノルの顔が星明かりだけでもわかるほど真っ赤に染まった。


「ち が う!! 絨毯だよ絨毯!! 重いだろが! 持つよ!!」

「なんだそっちか……」


 別にしんどいわけではないが、持ってくれるというならありがたく頼みたい程度には重かった。

 絨毯を手渡し、ミラはちょっとがっかりしながらノルが手を離すのを待った。

 しかしいくら待っても手が離れない。


「……ノル?」


 ミラが覗き込むようにノルの顔を見ようとするとノルはふいッと顔を背けてしまう。

 手はつないだままだ。


「絨毯なんじゃなかったの」

「別にいやとは言ってない」

「私はうれしいからなんでもいいや」

「……あっそ」


 つなぐ手に力が籠められる。

 負けるまいと握り返すとノルが固まる。


「……あのな」

「なによ」

「わかっててやってるの?」

「なにを」


 主語を入れて喋ってくれとミラは思った。わかりづらい。

 ノルの夜色の瞳がこちらを見る。

 いつもは涼しげな視線がどこかぼーっと熱っぽいように見える。


「ノル、もしかして熱ある? 具合悪い?」

「……寝ぼけてんのか?」

「あるわけないな」

「あるわけねえだろ……ああもうほんとアホバカ鈍感無自覚なのか、なんなのか……」

「悪口!」

「無自覚は事実だろ」


 そう言って向けられるなんだか不服そうな(いろ)をした瞳を、ミラはただただ綺麗だなあと思って見ていた。


「……え?」

「……」


 己の首筋に触れる柔らかな感触にミラは固まる。

 襟で隠せる位置にほんの少しの甘い痛み。


「ノ、ノル!? えっ! えっ!?」


 ノルは唇を離すとにっと意地の悪い笑みを浮かべる。

 そして何事もなかったかのようにミラの手を引いた。


「ほら行くぞ」

「え? ええ??」

「たまにはミラも動揺すればいいよ」

「……」

「いつも俺ばっかりなんだから」


 ミラはわけのわからないまま、俯いてノルの隣を歩く。


「びっくりした」

「よかったな」

「びっくり……」

「はいはい」


 顔をあげるとノルが笑っている。

 さっきの笑みとはまた違う、宝物を見るみたいな笑顔だ。

 自分の心臓がきゅっと掴まれるような感覚をミラは覚えた。


「……びっくり」


 ミラはしばらくそのまま、びっくりびっくり呟き続けた。

 それを横で聞いていたノルはずいぶん嬉しそうな顔をしていた。






 バーナード侯爵邸に到着した。

 さすが侯爵家。首がいたくなるほどの大きな門に、終わりの見えない塀。

 けれどどこかあたたかな、オレンジ色のランプのともる赤レンガのお屋敷だ。


 ミラはシルヴィアに言われていたリズムで門のノッカーを叩いた。

 重厚そうな扉がのっそりと開いて玄関までの道が現れる。


「ミラ!」

「わっ、シルヴィア様!?」


 抱き着いてきたのはシルヴィア様だ。ミラは慌てて抱き留める。

 どうやらずいぶん不安だったようで、耳元でシルヴィア様が安堵の息をついたのが聞こえた。


「……本当に良かった。ミラが無事で」

「申し訳ありません。心配をおかけして」


 シルヴィア様は抱き着いたままでミラの後ろに目をやる。

 そこにいるのは一応一国の王子様なのだがこの体勢で本当にいいのかとミラは迷った。

 しかしシルヴィア様が離れる気配を見せないのでおとなしくされるがままになっていた。


「ウィステリア王国第二王子オリバー殿下ですね。お初にお目にかかります。お会いできて光栄ですわ」

「……」

「そんなしぶいお顔をなさってもミラはまだ離しませんよ」

「おれの婚約者なんだが……」

「わたくしの侍女でもありますゆえ」


 ミラの見えない後ろ側でどんな目線の応酬がされているのか皆目見当がつかない。

 それとノル、気にするところはそこでいいのか本当に。


「父から今日は我が家でお休みになると聞きました。部屋を用意しております。何かありましたらそこの執事にお申し付けを」

「バーナード侯爵と話がしたい」

「執務室まで案内いたしますわ」

「ありがとう」


 そこまで言い終えてシルヴィア様はようやくミラを離した。

 別に離れた状態で言ってもよかったのではと思うが何も言わないでおいた。

 世の中、言わない方がいいこともある。


「ミラ、今日は同じベッドで寝ましょう!」

「え、でも……」

「もうあの塔を出たんですもの。対等なお友達になってもいいでしょう?」

「いやでも……七つも年上のお姉さんに……」

「……ダメかしら」

「いえまったく!!!!」

「おい、俺の婚約者なんだって」

「うれしい!」

「だから俺の……もういいか……」


 シルヴィア様が子犬のような目でこちらをうかがうのでミラはどうしても断れなかった。

 ライラさんやジゼルさんといい、シルヴィア様といい、お姉さま方の上目遣いの破壊力には敵う気がしない。

 ノルはなぜか遠い目をしている。なぜだ。


「そんなところでいつまでも話していないで中に入ってもらいなさいシャーリー。皆さん風邪をひいてしまう」


 壮年の男性の声が聞こえて皆の視線がそちらに向かう。

 身に着けている黒のスーツは華美でないものの一目で高級品だとわかる。

 ロマンスグレーのその男性はまだしわの少ない顔で穏やかに笑った。


「お父様!」


 ミラは慌ててカーテシーをとる。隣を見るとノルも礼をとっていた。

 バーナード侯爵である。


「オリバー殿下、昨日ぶりですな。そちらのお嬢さんは初めましてだね」

「ミラ=スチュワートと申します」

「綺麗なお嬢さんだね。たしかにカイ殿の嫁さんによく似ている」

「お父様をご存知なのですか?」

「ああ、よく知ってるよ。お隣の国同士の貴族は結構付き合いがあってね。山茶花大国だとサザンカ公爵家がいい例だが、ウィステリア王国だと王家やハミルトン侯爵家とも仲良くしてもらっているよ。その中にスチュワート伯爵家もある。君のお父さんのスチュワート伯爵はなかなか彼が序爵しないだけで我々の間ではほぼ侯爵以上と同じ扱いといっていい」

「そうなんですね」

「さあさあ、立ち話もなんだし中に入ってくれたまえ。おいしいお茶と菓子があるんだ」


 うきうきるんるん、という音が聞こえてきそうなほど喜びに満ちたご機嫌な笑顔で手招きする侯爵を見て、自分と同じ世話焼き好きの匂いがするなとミラは思った。






いつもお読みいただきありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 「いやあつい。偽名憧れで」の部分ですが、 「いやぁつい。偽名憧れで」の方が読みやすいと思いました。(最初「いや あつい。」と読んだので)
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