55 公爵令息アデルバード=サザンカ
「うん? 貴君はぁ?」
口を半開きにし、間の抜けた声でそう尋ねた王弟に、ノルはミラを背中に庇うように前に出た。
(なんだかデジャヴを感じるな……)
「わっ。ごめんなさい。申し遅れました。ぼくはウィステリア国第一王子、オーウェン=ウィステリアといいます」
『ちょっ、どういうこと?』
ミラはその背中に小声で問いかけた。
たしかに見た目の印象はなんだかいつもより薄らぼんやりしているし、影も薄くてわかりづらいけど明らかにノルだ。
なのにどうしてオーウェン殿下を名乗っているのだろう。
『しっ! 気になるのはわかるが、全部あとでだ!』
ノルも振り向いて小声で返してきた。
唇に人差し指を当てている。
けれど、重たい前髪の奥の烏羽色の瞳は優しく滲み、まるでミラが不安だったことなどお見通しだったみたいだ。
『だいじょうぶか? 待たせてごめんな』
そう言ってミラの頭をぽんぽんと軽くなで、王弟夫妻に向き直る。
そのことがほっとするやら照れくさいやらで、ミラは張り詰めていた心がほどけていくような心地がした。
「違いますよ、だと~? なんで貴君がそんなこと、わかるのかい? ずっと会場にいたではないか。颯爽と参上するヒーロー気取りも構わんが、少し思慮に欠けているのではないかね~?」
酔っているにしては割と鋭いところをついてくるあたり、王弟もアホではないのだろう。
よくよく見ればただの子どもだと気づいたこともあるかもしれない。
王弟夫妻に目は明らかにノルをバカにしている。
「ははは、思慮に欠けている……たしかにそうかもです……。ぼく、まわりからよく言われるんですよ……。婚約者のことになると考えなしに動きすぎだって。大事なのはよくわかるけど、あんまりべたべたしてるときらわれるよって。すでにきらわれてたりしませんよね……? 最近会えてなかったんです……。あ、なんか自信なくなってきたぁ……」
「な、何を言ってるんだい君は……」
ノルはなにかぶつぶつ言っているがよく聞き取れない。
王弟は聞こえたようで、先ほどまでの勝ち誇ったような笑みがなんだか引き攣っている。
「ああいえ、それはこちらの話です。そんなことより、実は先ほど広間で書簡が読み上げられましてね。なんでもこの国の聖女殿が、実に五年ぶりにご実家に帰られたと。けれど城に大切なものを置いてきてしまったから取りに伺います、とね。おそらくはその絨毯のことでしょう。彼女は聖女殿の数少ない側付きだったそうですし」
ノルのその言葉にミラは目を剝いた。
『ノル!? なに言ってるの!? それは言っちゃ……』
『大丈夫だ。少し任せろ……』
なんでだ。
そんなことを言ってしまったら、こちらの計画を教えたも同然ではないか。
「書簡だと!? ふふん、しょせん子供の言うことだな。パーティーでわざわざそんなもの、読み上げるわけがないだろう! それに、聖女は幽麗塔から出られないはずではなかったか!! つくならもう少しましなウソをついたらどうだ?」
案の定、調子を取り戻した王弟が、ノルの話の穴をついてくる。
(ああもうほら! 言わんこっちゃない!! せっかくシルヴィア様をここから無事逃がすことができたのに! ……ん? もう、ご実家に逃げた?)
「たしかに、少し無理があったかもしれませんね。ははは」
「まったく、頭の弱い王子だ」
そう言われても、ノルはなにもわかっていないような笑いを浮かべて引き下がる。
けれどミラだけは、彼が何をするつもりなのかに気づいた。
「ところで聖女が幽麗塔から出られない、とはどういうことです?」
「どういうってそりゃあ、あの女が出られないように結界魔法が張ってあるのよ! そんなことも知らないの? ウィステリアの人間でも、わたくしの知能には足元にも及びませんのね!」
「ちょっ、待つんだプラチナ!!」
ずずい、と王弟の後ろから出てきたのはプラチナ王弟妃だ。
ぺらぺらとまあ、よくそんなに口が回るもんだ。
(けれど、好都合……だね)
「はあ、なるほど。いやはや、お恥ずかしい限りです……。やっぱり僕は記憶力が悪いのかもしれない……。聖女が幽閉されているだなんて、耳にしたことすらなかったものですから……」
そこまで言われてもプラチナはまだわからないようだが、王弟は気づいたようで顔を真っ青にして立ち尽くしている。
この事実は、王族によって隠し立てされていたものだったというのに。
(まあ、気づいたところで時すでに遅し……)
「皆さんは、すでにご存じですか?」
ノルはそう言って大広間を向いた。
ホールの重たい扉は開け放たれていた。
こちらを見るのは無数の目だ。
この国を見張る、鋭い貴族の目。
『ひっくり返るのは、一瞬だよ』
ミラの頭に、前田の言葉が再びよみがえる。
「あ、実は、書簡の話も本当でして……。かのバーナード侯爵家からの急ぎの書簡でしてね。あなたの自白のおかげもあって、全てが明るみに出ました。たった今、王族の威厳が、地に落ちたところで……って聞いてます……?」
ノルはまだ自信なさげな顔で膝を屈した王弟を見下ろす。
コツコツコツコツ……
「リオンさんから聞いていた以上の方ですね。……殿下」
(へ?)
突如聞こえたその声に、ミラはパッと顔をあげて、そちらを見る。
「えっと、こんなんでいいんですか?俺、間違えてませんよね……。魔法とか、使ってませんけど、平気ですか?」
(ん?)
ノルのその話し方からは、まるでノルがその相手と知り合いであるかのように思えて、ミラは困惑する。
静かでありながら芯まで凍えるような冷気をたたえる大広間を、聞き覚えのある靴音が横切っていく。
それは私たちの目の前で、カツン、と礼儀正しい音を立てて止まった。
「言うことなしでございます。ありがとうございました。オーウェン殿下がお探しだった侍女というのは、彼女ですよね?」
そう言ってミラを示したのはアデルバード様だった。
その問いに、ノルもコクリと頷く。
「アデルバード様、これは一体どういう……」
ただ一人、状況についていけないミラは、何食わぬ顔で登場したアデルバード様に尋ねた。
「ああ、彼があなたを探していたようでしたので、居場所をお教えする代わりに計画に手を貸していただいたのです。あ、書状を読んだのは私です」
どうやらアデルバード様の仕事とはこのことだったようだ。
アデルバード様は内緒話をするように口元に手を当てて小声でこう言った。
『実を申しますと、彼のお兄さん……つまり本物のオーウェン様とは私知り合いでして。
ダメもとでしたお願いも聞いていただきまして、感謝しきりです……。ほんと、オリバ……いえ、オーウェン様さまさまです……』
アデルバード様がノルに向かってサンキュ! という感じで手を合わせる。
ノルはそれに対して気にするな、というかのようにひらひらと手を振る。
王族とのやり取り、軽くない?
「さて、ダルミン王弟殿下並びにプラチナ妃殿下」
貴族の一人だろう。茶髪の壮年の男性が王弟に向き直って告げた。
「先日に貴族議会、並びに王室議会での会議において、山茶花大国公爵家、アドルフ・サザンカの書状から、貴殿らに聖女監禁の疑惑が持ち上がった。サザンカ公爵家の書状は次の通りだ。
『サザンカ公爵家令息、アデルバード・サザンカは12歳で遠戚バーナード侯爵家に社会経験として奉公に出しているが、聖女に付いて王宮に出仕したのち一向に音沙汰がない。バーナードの者らも令嬢シルヴィア・バーナードが帰ってこないと申している。バーナードから何度か書状を送っているが返事がないとのこと。国内からの書状は先に王室に届くので、王族が関わっている可能性がある。王宮の内情を今一度精査していただきたい。』」
(え!? アデルバード様、サザンカの公爵家の人間だったの? 道理でオーウェン様と面識があるはずだ。てかこの流れ、前にも見たな……)
「しかし、決定的な証拠がなかったため言及は見送られた。此度の捜査はその疑惑検証に基づくものだ。結果は有罪」
大広間の中では、王族たちが絶望の表情でこちらを見ている。
茶髪の男性は冷徹にも思える口調で続けた。
「ダルミン王弟殿下は辺境伯爵位に降格。今後の王宮への出入りの一切を禁止とする」
これの意味するところはいろいろあるが、ざっくり言うと「お前マジ足手まといだからもう関わるな」ということである。
事の次第によっては追放・処刑もあり得るので普通に甘い処置といえる。
しかし王族としてのぜいたくな暮らしに慣れた彼にとって、辺境生活は非常につらいものになるだろう。自由に使えるお金も皆無に等しい。
こんなやつが領地経営できんのかと思ったら、それは別の貴族がやるそうな。
正しい判断だと思う。
ちなみにプラチナ王弟妃はもと男爵令嬢だ。
他の貴族と違って男爵の代わりなど腐るほどいる。
処分が発表されないのが空恐ろしい。きっと"切り捨てる"方向で処置するのだろう。
国を傾けた女に情けをかけるほど、貴族社会は甘くない。
「これは貴族議会の全会一致にて決定された令となります」
後ろに控える大勢の誠実な貴族たちの視線とともに、彼は告げた。
「王族の権利での撤回はできません。予め、ご了承くださいませ」
今話も最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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本日このあともう1話投稿します。
あづま




