53 アザレアの聖女シルヴィア4
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「ところで誘拐について聞いてもよろしいかしら?」
シルヴィア様は先ほどまでの話を切り上げて問うた。
誘拐されてくれるのであれば問題はないだろうと思いミラは頷く。
「わたくしはいつ誘拐していただけるの?」
「今夜8時です。この一か月間、毎日毎晩結界無効化魔法を掛け続けていましたので今なら簡単に外に出られます」
「そんな魔法があるの?」
「ウチが編み出しました。ウチの魔力量は少ないので、すぐに出してはあげられなかったんですが……」
身代わりを魔法で作って置いていくのですぐにはバレないだろう。
「ここを出たらどうなるのかしら?」
「私の知り合いを通してバーナード家へお返しいたします。ご家族にはすでに知らせが入っているはずです。そのあとはシルヴィア様次第です。バーナード侯爵家が情報を握っていますから、王家からの手出しはできないかと」
「ねえミラ、あなたがわたくしを誘拐したら、そのあともわたくしはあなたと一緒に居られるの?」
シルヴィアはミラの手を取り、ふと寂しそうな顔になってそう言った。
ミラはこの仕事が終わったらノルたちの元に戻る。
彼女とは一緒にいることはできないだろう。
そのことをどう伝えればよいかわからずにミラは黙り込んだ。
「……」
シルヴィアはその反応を見てわかってしまったのだろう。
ミラの頭を名残惜しそうに撫でるので、ミラは泣き出してしまいそうだった。
「あなたに帰る場所があるのなら、なにも気にすることはないのですわミラ。その代わり手紙を書いてくださいね。その時の住所はわたくしからの手紙に書きますから」
「ウチは旅をしてるんです。どうやってウチの居場所を突き止めるのですか?」
「あら、バーナード家の情報網を舐めてもらっては困りますわ。どこに居ようと何をしていようと、必ず見つけ出して差し上げます。外に出てしまえばこっちのものですもの」
シルヴィア様が貴重なドヤ顔をしながらそう言うので、ミラは嬉しいやら泣き出しそうやらで、どんな顔をすればいいのかわからなかった。
「絶対、返事、書きます」
ただそう答えるだけで精一杯だった。
八時まであと3分を切った。
ミラが調達してきたボストンバッグに、シルヴィアの気に入っていた服をいくつかと大事なものと貴重品を詰める。
もともとシルヴィアは物持ちがいい方だし贅沢もしないので、持ち出すものはほとんどなかった。
けれどミラが編んだ絨毯を持ち出せないことだけが気がかりらしかった。
「時間になったらあなたについて行けばいいのですね? ミラ」
「はい。外でリオ……私の仲間が待機してますので彼に引き渡します。アデルバード様は王族の目を逸らしてからバーナード侯爵の屋敷で合流する予定です」
「わかりました。……ねえミラ、本当に絨毯をもっていってはダメかしら?抱えれば何とか……」
何度目かわからないその問いにミラは首を振った。
「それはできませんってばシルヴィア様。さすがに目立ちすぎます。気に入ってくれたのは嬉しいですけど……」
ミラの魔法でできないこともないが、カムフラージュの魔法はとんでもなく魔力消費が激しい。
それをしてはシルヴィアをリオンのところまで無事に案内できなくなってしまう。
それではだめだ。
「むぅ……」
(時間だ)
「シルヴィア様。ここで少し待っててください」
ミラは螺旋階段を下りていく。
下りきって、普段はシルヴィア様のみ通過不可の出入り口を開けた。
魔法解除と出入り口の開錠が合わされば、人々の意識は必然、そちら側に向くはずだ。
ミラは階段をまた駆け戻った。
長い階段の往復はさすがにこの体にはキツイ。
上りきるとそこには白いドレスワンピースを翻してシルヴィア様が立っていた。
月明かりにその美しい横顔が照らされ、ミラは息を呑んだ。
「ミラ! いったいどこから逃げるつもりですの?」
ミラはその質問には答えず、いつも使っている竹ぼうきをくるりと回した。
「シルヴィア様、私のスカートの裾、持っててください。行きますよ」
シルヴィア様がスカートを握ったのを合図に、ミラは箒の柄で部屋の床を2度叩いた。
二人の体がふわりと浮き上がる。
開け放たれた天窓から、シルヴィア様を連れて外(正確には空)へと脱出する。
「ふぇあっ!? ど、どうなってますの!? 宙に浮いてっ!?」
「シルヴィア様、しーっ! お静かに! せっかく皆さんの意識が向かない方法を選びましたのに、バレてしまいます!!」
「でもっ! でもっ!!」
「落ちませんから安心なさってください。シルヴィア様が軽いおかげで魔力消費はほとんどないんです」
ミラはまだ8歳の幼児体形なのでもちろんちっこい。
おかげで二人でも実質大人一人分くらいの重量である。
下を見るとワイワイと豪華なパーティが催されている。
上でこんなやり取りがされているだなんて、誰一人夢にも思っていないだろう。
「こんな魔法があるだなんて知りませんでした。アザレアの宮廷魔法使いに、使っている人を見たことがありませんわ」
「この魔法は物質媒介付与魔法なんです。私たちを浮かせているのは私の魔力ではなく、私の魔力を付与したこの箒です。この箒が私たちを支えられる前提があって初めて成り立ちます。
分類は、、、そうですね、この場合風魔法ですね。『自然』に上昇気流をお願いしていますから」
ミラの話に、シルヴィア様は納得したように頷いた。
「あ、リオン発見。それじゃ、しっかりつかまっててくださいよ。参りますよー」
そう告げて、ミラはアランのいる城壁の外に向かって急降下した。
「~~~っ!? ーー!! ○×△※%#!?」
後ろでシルヴィア様が、ミラの首にしがみついて声にならない叫び声をあげている。
ミラはそのまま壁の外にすとんと着地し、シルヴィア様に軽い浮遊魔法を掛けてふんわりと地面に下ろす。
「お待たせ、リオ。シルヴィア様を連れてきたよ」
「とっ、とととっ!」
シルヴィア様は平行感覚が少し狂ったのか、少しよろめいた。
それをリオが危なげなく受け止める。
「おーおー……だいじょぶか? ひさしぶり」
「リ、リオルじゃない! もしかして、ミラの仲間ってリオルのことでしたの!?」
どうやら二人は知り合いのようだった。
(リオル、ってことは、偽名か。多分リオっていうのも偽名だろうな)
ミラはそんなことを考えながら二人の様子を眺める。
「そうそう。アルは向こうで合流らしいね。ちゃんと一緒に幸せになれそうでよかったよ」
「そ、そうですわね。リオルの方は、どうでしたの? ジ、んむっ……」
会話が途切れる。リオがシルヴィア様の口を塞いだのだ。
「その名前は出しちゃダメ~。今、佳境なんだから。ほら、行くよシャーリー」
(ん? シャーリー……?)
「……ぷはっ! リオルこそ、それを先に口にされては困りますわ! 塔を出てから伝える予定でしたのに……!」
「ご、ごめん……。てっきり伝えているもんだとばかり」
もう! とそっぽを向いたシルヴィア様にリオがおろおろと謝っている。
なんだか姉弟みたいで微笑ましい。
「ミラ」
シルヴィアがミラの名前を呼んだ。
「ありがとう。私をあの場所から連れ出してくれて。家事まで教えてくれて、趣味まで見つけてくれましたね。あなたのおかげで、わたくしは今自由なのです」
丁寧に頭を下げる彼女に、ミラはうろたえる。
「か、顔をあげてください……。私は私の目的のために仕事を完遂しただけです」
「いいえ。ミラのおかげよ。私には、2つ名前があると、以前申し上げましたね? 親愛の証に、あなたに教えたいの」
シルヴィアはまっすぐにミラを見た。
ミラはその視線に射抜かれたようにその場に立ち尽くす。
「わたくしの名前を教えたらミラには聖女の加護が付きます。魔力量がほんの少しだけど上がります。教えても、迷惑では……」
「迷惑なわけありません! オプションがなくったって教えてほしいです!」
シルヴィア様は目を瞠る。
彼女にそれ以上言わせたくなかった。
そんなことを考えるようになったのは、この国の、あの王弟夫妻のせいだろうか。
なにか彼女が傷つくようなことを言われたのだろうか。
そんな心配をするミラをよそに彼女はおかしそうに笑った。
「ふふっ。あなたならそういうだろうと思いましたわ。わたくしの名前を聞いたら、縁を切るなど不可能ですからね? ああ、もう確認は致しません。気が変わっては困りますもの」
気は変わらなかったので、ミラは返事の代わりに笑う。
「わたくしの名前は、シャーロット。シャーロット=シルヴィア=バーナードですわ」
シャーロットはそう言って極上に美しいカーテシーを披露する。
艶を取り戻した水色の髪は風に揺れ、宵闇の中をきらきらと舞う。
まるで、神に祝福されているかのように、星月夜の中で白いスカートが躍る。
取り戻した以前の自信が、彼女を取り巻き、一層美しく見せていた。
今話も最後までお付き合いいただきありがとうございました。
シャーロットはもともと活発な子なのです。
さて、大寒波等々、まだ春は遠いですが、時折降る日差しは温かくなってまいりました。
どうかお体には十分お気をつけて、あたたかくしてお楽しみください!
それではまた次話でお会いしましょう!
あでぃおす!
あづまひろ




