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52 アザレアの聖女シルヴィア3

いつもお読みいただきありがとうございます。

(あーあ、二人を見てたら私もノルに会いたくなってきてしまったな……)


 夜風に吹かれシルヴィア様のもとへと駆けていくアデルバードさんの背中を見送って、ミラはふっと息をはきだした。

 考えてみたらもう一か月近くもノルと会えていないし、手紙も届けられなかった。

 要するに恋しい。


(ううん、そんなことよりジゼルの過去のことだ。……でも本当にいいんだろうか。みんなして口を閉ざすなら、干渉するのは迷惑ってことだ)


 考えれば考えるほど自分が首を突っ込むのは間違っているような気がしてミラはうなだれる。

 ミラはただ寂しかっただけだ。

 みんなが知っていることを自分だけが知らないことも、それを隠されることも。

 自分が本当にあそこに居ていいのか分からなくなってしまっただけなのだ。


(ジゼルのことも、隊長のことも、他のみんなのことも、ウチは、ウチだけがなーんにも知らない……)


 前世では。あの情報社会では、他人のことだってなんだってすべてを知っているのが普通だった。

 誰と誰が付き合っているとか、誰は誰が好きだとか、あいつは中学時代陰キャだったとか、クラスの人気者は誰と仲がいいのかとか、数え上げればきりがない。

 それを知らずに、まわりが引いた線を踏み越えようとするとたった一晩でハブられる。

身の程を弁えろ、と。


(わかってる。こんなぽっと出の、それも怪しさ満点の女児にすべて洗いざらい話そうだなんて普通思わない。でも……)


 知るなと言われることは区別されるということだ。

 彼らに一線を引かれたということだ。

 おまえはこちら側ではない、と。


 その苦しさを、ミラはもう嫌というほど味わってここに来たのに。


(……やっぱり聞くのはやめよう。シルヴィア様の件がすんだらリオンにそう伝えよう)


 それでもミラはもっとツライことを知っている。


 それは自分の知らないところで、知らない自分の話をされていることだから。






「サラ、どうしましょう……! ア、アルが、わたくしを好きだって……。ずっと傍に居てもいいかって……!」


 翌朝部屋に行くと、まだ5時前だというにも関わらずシルヴィア様は目を覚ましていた。

 多分昨夜から一睡もしていないだろう。目の下にクマができている。


「落ち着いてくださいシルヴィア様。よかったではないですか。シルヴィア様もアル様のことをお好きなのでしょう……?」


 シルヴィア様を鏡の前に座らせながらミラはシルヴィアをなだめた。

 困ったことに今日が誘拐決行日なのである。

 今からこの調子では途中で充電切れしてしまう。


「で、でもわたくし、なんと返せばよいか分からない……。わたくしはずっとこの狭い場所で生きていかなくてはならないのに、それにアルを付き合わせてしまって本当に良いのかしら……」


 ふと沈んだ声音でシルヴィア様が言う。

 その美しい(かんばせ)に影が落ちる。


「思い悩まなくてもきっと大丈夫ですよ。アデルバード様はそんなこと、とっくのとうに乗り越えているんです。それに世の中何がどうなるかなんて誰にもわかりはしないのです。『事実は小説より奇なり』ですよ。シルヴィア様」


 憂いを帯びた顔も素敵だったが悲しませるのは本意ではない。

 何とか笑顔に戻ってもらおうとミラは言葉を紡いだ。


「そう、よね……。ありがとう、サラ。おかげで少し、心が軽くなった気がするわ」


 にこっと微笑むシルヴィア様は、流石の美しさである。


「それにしても、サラは本当にいろんなことを知っているのね。まだ8歳なのでしょう……? 先ほどの短い言葉も真理をついているような気がします。一体どこで聞いたの?」


「我が家の図書室で、むかし読んだことがあって……」


 まさか前世の言葉ですとは口にできず、ミラは咄嗟に嘘をついた。

 実際は前世の中学校の現代文の先生が好んで口にしていた言葉だったのだが、それを正確に簡潔に伝えるうまい言い方が思い浮かばなかったのだ。


 なんとか誤魔化せただろうとミラはそう思った。

 不自然に言葉に詰まったわけでもないし、ごく自然に会話をつなげられたと思う。

 しかしシルヴィア様の口から出たのは、全く予想外の言葉だった。


「サラ、それは嘘でしょう?」


 ある種確信を持っているかのような言い方にミラはつい手を止めてしまった。

 それをもって、シルヴィア様はこれが事実であることを理解したようだった。


(まあ、バレてしまったものはしょうがないか……。知られて困るものではないし、信じてもらえるかどうかも怪しい話だ)


 ミラははぐらかすのをあきらめて、シルヴィア様が嘘を見破ることができた理由を聞いてみることにした。


「なぜ分かったのですか? なにか不自然なところなどあったでしょうか……」


「わたくし腐っても聖女ですから、これでも不思議な力を使えるのですよ」


 ジゼルがそんなようなことを言っていたような気がする。


「私の場合、最も得意なのがウソを見破ることだったのです。ですからサラが偽名だということも、ミラが何か隠しているだろうことも知っていました」


 なんということだろう。

 偽名の意味なかったかもしれない。


「いつ教えてくれるのかしらと楽しみにしておりましたのに、サラときたら全然教えてくださらないんですもの」


 少しすねたようにそう口にするシルヴィア様を、ミラは呆気にとられながら見た。

 そして少しばかりの呆れを込めて、相好を崩す。


「ご存知だったなら仰ってくださればよかったのに……」

「わたくしはサラの口から聞きたかったのです……!」


 シルヴィア様と鏡台の間に身を入れ、ミラは彼女と向き合う。


「私の本当の名はミラと申します、シルヴィア様。目的は、あなたを誘拐してあなたの生家に逃がすこと。依頼人はアデルバートさんです」


「そう……アルがそんなことを」

「シルヴィア様、その不思議な力について詳しくお聞かせ願えませんか? 私が聞いた話では、相手の心の声が聞こえるものもあるとか」


 身を乗り出すようにしてそう問うたミラを不思議そうに見て、シルヴィアはおずおずと首肯した。


「たしかに、そういう力もありますわ。たとえば今ミラは『ウチの能力のことが何かわかるかも!』と思っていますわね? ……ウチ、というのはミラ、あなたのことでしょう? ……ふふ、変わった一人称ね」

「!」


 驚くミラをよそにシルヴィア様は尋ねる。


「ミラはこの能力についてどれくらいのことを知っているの?」

「ええと、魔力の少ないものに稀に見られる性質で、髪色に準じて使える具合が変わる……ってことくらいしか……」

「それだけ知っていれば大したものだわ。けれど惜しいですわね。この力は髪色がどれだけ淡いかではなくて、何色か、で変わるのですよ。力の具合というよりはいくつかの種類に分類できるんです。この力は持ち主が少ないですから、なかなか大変ですよねぇ」


 シルヴィア様の話をまとめるとおおよそこんな感じだった。


 ・ウィステリア人の髪色の多くは茶系統。蜂蜜色~珈琲色がほとんど。

 この力を持つもので、同時に茶系統の者に多い力の種類は、人の心を汲み取ること。

 ・ほかの色の性質としては、

 赤系統→飛びぬけた身体能力、青系統→嘘を見抜く能力、緑系統→記憶操作。

 が多い。個人差が大きい。

 ・力の強さは髪の濃淡によらない。

 ・白色だけは特別で、生まれついて白髪のものは十中八九能力が使える。滅多にいない。

 白髪の人間は、すべての能力を使える。


「ミラは多分相手と十分に心を通わせないと聲を聞けないのですよ。それにミラは変なところで自分に厳しいですからね。自分で無意識にセーブしているのだと思いますよ」


 ミラが落ち込んだ顔をしたのが分かったのだろう。

 どこか自分にも言い聞かせるような口調でシルヴィアは続ける。


「でもそれは、正しいことだとわたくしは思います。人にとって、心を覗かれるというのは耐えがたい苦痛を伴うものです。先ほども、わたくしは軽はずみに能力を使ってしまいましたが、心の声が読めようが聞こえようが、()()()()()()というものは絶対にわからない。本人でさえわかっていないのですから。それほどまでに、人の心というのは複雑です。一つの世界を見るのですもの。覗く方も、正気でいられなくなるかもしれない。ミラはおそらく本当に必要な聲だけを、聴いているのだろうと思いますよ」


こんにちは。あづまです

今話も最後までお付き合いいただきありがとうございました。

それではまた次話でお会いしましょう!


あでぃおす!


あづまひろ

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