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51 アルという執事

いつもお読みいただきありがとうございます!!

 お嬢様の部屋が様変わりしている。

 たった一晩でまるで別世界のようになった部屋を見て、アデルバードは嘆息した。


(昨日退勤するときやけにお嬢様の好みを聞いてくるなと思っていたら、このためだったのか)


 こじんまりとしたただ狭かっただけの部屋が、お嬢さまの好きなものだけを集めた温かみのある部屋になっていた。

 アルは城のしきたりで夜9時以降、朝8時以前は男は女性の部屋に入れない。

 これは王族の人間を他の誰かが万が一にも手籠めにすることがないようにするための措置である。

 しかし執事の仕事は聖女の身の回りのことだけではない。

 日中は外の仕事でほとんどの時間を拘束される。

 アルにはそれに加えて(おおやけ)にはできない仕事がもう一つあった。

 アルがシルヴィアのそばについていられる時間は実は少ないのである。

 お嬢さまは本を読んで退屈をしのいでいるようだが、その生活も早二か月となっていた。


 彼女の笑顔を見るのはきっとずいぶん久々だとアルは思った。

 今まで抜け殻のように真っ白だった彼女の頬には赤みが差し、ふわりと編み込まれた髪はいつかの輝きを取り戻していた。

 今はサラのつくったメロンクリームソーダという飲み物をうきうきと飲んでいる。

 たんさん、というのが入っているそうで、パチパチとはじけるそれがたまらないのだそう。

 上に乗っているアイスクリームはバニラというものらしく、ミルクで作るものとは少し違うようだ。


 彼女の前には描きかけのスケッチブックがあって、先ほどから何やら熱心にスケッチしている。

 ちらっと見たらメロンクリームソーダの上手な絵とレシピが書かれていたからよほど気に入ったのだろう。


 今日は面会の予定がない。

 一ヵ月に一度の城の一斉休業だからだ。

 この日のために、城を含めた王都の人間はお酒や食べ物を買って家族で賑やかに過ごす。

 郵便やライフラインに関わる一部の職のものを除いて、皆がのんびりする日なのである。


 シルヴィアとアデルバードも例に漏れずその中の二人である。


「スイートポテト焼いたんですけど、アデルバード様もいかがですか?」


 サラがいい香りのするトレーを運んできた。

 お嬢さまの顔がぱああっと輝くのを見て、アデルバードは随分久々に肩の力を抜いたのだった。






 二日目。


 一体どういうことだろう。

 お嬢さまが、…………掃除している。


「あの……?」


 ぽかんと開いたままの口から問いとも呼べないような腑抜けた声を漏らしたアデルバードに、シルヴィアはなんとも清々しい笑顔を向けた。


「あ……! アル!!」

「っ……!」


 その声に。甘やかに響く自分の名前に、アデルバードは心奪われた。

 そのことを必死に押し隠してアデルバードは問いかける。


「なぜ掃除を……?」

「暇してて、サラに何かできないかって聞いたら「家事を習いますか?」って言ってくれたの。今の時代、生きていくのに必要なのは生活力です! って。毎日少しずつできることを増やすことになってて! 今日はお掃除のやり方と簡単なお料理を教えてもらうの」


 そう言ってとても楽しそうに手を動かすお嬢さま。

 家事。アデルバードは一通りこなせる。

 それはひとりでも生きていけるように。


 ずっと諦めてきた。

 自分の恋心に気付いた時には、彼女はもう、他人(ひと)のものであったから。

 ずっと、考えないようにしていた。

 ふとした瞬間に浮かぶ、彼女との未来のことを。

 でももうその必要はない。

 そのためにできることは何でもやってきた。

 今度こそ絶対に手に入れる。


「……もう、諦めてやりませんから」


 シルヴィアは不思議そうに首を傾げた。






 三週間がたった。

お嬢さまはすっかり家事が習慣になった。

 くるくるとよく動く。


 毎日増やしていた料理のレパートリーは今日で何品目になったのだろう。


 朝8時。

 いつものようにアルが出勤すると、お嬢さまは何やら書き物をしているようだった。


「なにを書いていらっしゃるのですか?」

「小説を書いてみることにして……。恋物語なの! まずは私の体験を書いてみようかしらと思って。文にしてみたらサラがとっても面白いと言ってくれたから。『暇な時間に何ができるか、それが教養というものです』とサラが言ってね。まさしくその通りだと、きちんと自分で納得して、やりたいことを見つけたの! 聖女だったら、わからなかったことばかりよ。本当に楽しい……!」

「僕にも読ませてくださいませんか?」

「へぁ!? だ、ダメ……!! 困らせてしまうもの」


 なにがだろう。

 頑なに原稿を見せようとしないお嬢さまに、見たい気持ちがさらに募る。

 でも無理強いはよくない。


「ねえアル。もう昔のように砕けた話し方はしてくれないの?」


 原稿を抱きしめて、上目遣いでそう聞いてくるお嬢さま。

 破壊力は半端ない。


「私の婚約が決まった時くらいから言葉遣いを改めたのでしょう? でも、今はそうではないのだし、戻してくれても……」

「それはできません。聖女様は私の主人で、私はあなたの執事です」


 今はまだ、という言葉をアデルバードは呑み込んだ。

 その様子を、サラはどこか不服そうな顔で見ていた。






「なぜシルヴィア様を突き放すんですか。依頼人さん」


 夜風の吹く城内の中庭で、アデルバードは背中にその声を聴いた。


「君こそなんでこんなことをする。私が頼んだのは彼女をここから連れ出すことだったはずだが。サラ、いや、ミラ=スチュワート」


 顔だけを背後に向けて、アデルバードはそう口にした。

 灯りのない空間を、沈黙が支配する。


…………


「いや、あんたらがどう見ても両思いだからだろうが!!!!!!」

「……はぁ/////!?」


 想像もしていなかった言葉に、アデルバードは赤面した。


「なんっだこの茶番は!!!! 最初はあなたがこの国の転覆を謀っているんだと思いましたけど。聖女がいなくなればこの国は終わりだから。でもあんた、ただシルヴィア様が好きなだけだろ!!!! さっさと告れよ! くっつけよ!!」

「いや君、何言ってんの!!??」

「あんたらわかりやすすぎるんだよ!! おかげで無関係のウチが、あんたらの過去を察する羽目になっただろうが!! 途中から、わたしの存在いる? って感じだったし! ウチ鈍感キャラだったはずなんだけど!!」

「ほんと何言ってんの!?」


 アルは羞恥で頭を抱えた。

 今なら恥ずかしさで死ねそうだ。


 言うだけ言ってすっきりしたのか知らないが、ミラはもう何も話さない。

 また空間を沈黙が支配する。


「……ダメなんだよ。今はまだ。あと少しなんだ。もう各方面に根回しは済ませた。彼女がここを無事に出ることができれば、あとは幸せな未来が待ってる。でも、そこにおれはいてもいいのか、急にわからなくなっちゃったんだ」


 いざ自分のものになると思ったら、怖くなったのだ。

 自分が彼女を思うように、彼女にも思う人がいたのではないかと。


「だとしたらおれは、お嬢さまを逃がすだけにするべきなんじゃないかと、思ってさ」


 目の前に立つのが少女だからだろう。

 つい幼い頃のことがよみがえり、小さなころのシルヴィア様に話しかけていたように砕けた口調が口をついて飛び出す。

 ちらっとミラの方を見る。


「ハァァァァァァ」


 めちゃめちゃ怒ってらっしゃるーーー!!!!


 イラついたように指先をトントンと動かすミラは、ものすごく不機嫌そうだ。


「お前それ、本気で言ってんのか? シルヴィア様から逃げてるだけだろう。本当はシルヴィア様を幸せにする自信がないからそういうことが言えるんだ」


 ピクリと、己の肩が動いたのがわかった。


「まあいいけどね。あんたが昔から、何にも興味がない人間だってことは調べがついてたし。明日シルヴィア様を連れてここを出て、信頼できる奴に引き渡せば私の役目は終了だ。今のシルヴィア様なら、平民としてでも、商人としてでも、きっと生きていける。あんたの知らない男と幸せに暮らすだろうし。思い出すこともなくなるだろうし。私が言いたいのはそれだけ」


 ミラは(きびす)を返した。カツカツと、ブーツの音が小さくなっていく。


「それは嫌だ!!」


 自分でも大きな声が出たと思う。同時に覚悟を決める。

 ミラの足は止まっていた。


「ヴィアは誰にも渡さない。あいつを幸せにするのは俺だ」


 アルは走り出す。

 ミラを抜き去って、長い螺旋階段をただあの部屋だけを目指して走った。


 だから

 その自分の姿を見て、ミラが満足そうに笑っていることには気づかなかった。

 もちろん

「興味があるの、シルヴィア様のことだけだもんね」

 と呟いてミラがにやにやしていたことも、アデルバードには知りようがなかった。


こんにちは。あづまです。

アデルバード、(オトコ)を見せるときですね。

がんばれ!


いつもアクセスありがとうございます。

もしよろしければ、感想など送っていただけると、作者は嬉しくて空も飛べるはず・・・。(飛べない)

お待ちしております!!


それではまた次話でお会いしましょう!

寒い日が続きます。温かくしてお過ごしください。

あでぃおす!


あづま

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