47 ジゼル=ウォード3
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「ジゼルの、本当の生い立ちを、教えてください」
「……驚いたな。お嬢はもうそこまで気づいたのか」
ミラはじっとフィルさんを見る。
「そうだな、どこから話すかな」
ぽつりぽつりとフィルさんの話す声が部屋に反響する。
「ジゼルはなあ、孤児だったんだ。ほこりっぽい薄暗い孤児院で、ジゼルのほかに、子どもは2人。厳格なシスターにきちんと躾けられて、俺が見に行ったときは行儀よく座っててなあ」
フィルさんは目を柔らかく細めて、そのときの景色をなぞるように空に視線を走らせた。
「ジゼルはその頃は、すごく明るくて朗らかな子だったんだ。よく笑い、よく泣いたもんだ。想像できないだろ? シスターがまた、いいおばあちゃんでなあ。他人にも自分にも厳しくて、んで、優しい人だった。そうさなあ、ジゼルが5歳ん時の話だ」
フィリップはその頃のことを懐かしく思い出していた。
優しくて、あたたかくて、あんなにも平穏だった10年前のこと。
柔らかい日差しの下で、手を振って駆けてくるのは幼いジゼル。
満面の笑みで二人を迎える自分の傍らにいるのは……
「うっ!!!! ぐ……!!」
途端、ツキンっ! と強烈に頭が痛んで、フィリップは顔を顰めた。
なぞっていた優しい記憶の続きは真っ黒な雑音に塗りつぶされてしまって、もう思い出せなくなってしまった。
「どうしたの!? フィルさん! フィルさん!?」
焦ったようなミラの声がフィリップを急速に現実に引き戻した。
心なしか世界が色あせて見えるような気がして、瞬きをする。
「ん、あ、ああ。すまんすまん。悪いが、俺からは話せん。申し訳ないが、他をあたってくれ。そうだ、リオがいいよ。あいつの話もまだ、聞いていないんだろ? お嬢、おまえも少しは気づいているんだろうからな。あいつがこの小隊と関りがあるということ」
自分の口から出た言葉は、思っていた以上に温度がなくて虚ろで、フィリップはびっくりしていた。
ミラは気にした風もなく(恐らくそう見せていただけなのだろうが)、こくりと頷くと大きく伸びをして笑顔を見せた。
「わかりました! フィルさんが大丈夫ならいいんです。あとでリオに聞きますね」
そういえば、あいつの笑顔もこんな風だった。陽だまりみたいな、優しい雨みたいな。
あいつは誰だ? とフィリップは思った。
そこだけ靄のかかったように、ともすればぽっかりと空いた底なしの穴のように、その人のことがどうしても思い出せない。
ただ、抱きしめた時の感触と、頭を撫でた時の髪の柔らかさだけが、余韻のように、フィリップの中にいつまでも残っている。
リオンは半ばあきらめた気持ちで、粥を口に運んでいた。
水の量を間違えたせいでもはや「ちょっととろみのあるうす味のスープ」みたいな何かになってしまっているが、そんなものはご愛嬌である。
さて、前に座っているのは8歳にして美少女の名声をほしいままにする才媛、ミラ=スチュワートですイェーイ!! という風にはしゃげるほど、リオンはお子ちゃまではなかった。
まあ少しは見惚れたけどさ。俺好きな人いるし。
先ほど上の部屋から降りてきて「話があるの」と言われた時からリオンは薄々察していた。
これがデートのお誘いでも何でもなく、自分の正体がバレただけであることを。
「話ってなんだよ。お嬢さん」
もう逃げ道はないので、足掻かず騒がず、さっさと引導を渡してもらうことにする。
「リオ、ジゼルと一緒にウィザードにいたんだよね? で、今もウィザード所属、でしょ?」
来たっっっ!!! とリオンは身を固くする。もう後には引けない。
「そう、だけど」
長引かせても無駄だ。
余計な時間が加算されるだけなので、リオンはあっさりと首を縦に振った。
「うん。まあ、そこは大した問題でもないんだけどさ」
えっ!? 大した問題じゃないの!? それはそれでショックというかなんというか……。
決死の肯定はバッサリと切り捨てられて、リオンは何とも言えない気持ちになった。
「ジゼルの過去、知っているんでしょ? 教えてほしいの」
それを聞いて、リオンは納得する。
なるほどね。こればっかりは、本人に聞いても無駄だ。
同時に少し眩しく思った。
それほどまでに自らを想ってくれる友人が自分のまわりにはいただろうか。
「いいけどさ、お嬢さん。情報には価値がある。無料ではいどうぞ、ってわけにはいかないんだよ。その情報は、ウィザードのことにももちろん触れる。俺だって上からの命令でお嬢さんらを探るために来ているんだからさあ。それに俺には時間がないんだ。早くしないとジゼルが……。いや、そう、俺にもやらなきゃならないことがある。急いでいるんだ。お嬢さんの解決を待つより、自分でやった方が早いかもしれない。それなのに渡しちゃったら、ただ情報漏洩しただけなんですけど」
そう。こちらにもそれ相応の事情というものがある。自分の気持ちだけでどうにかなる範囲は、既に過ぎている。何のために、やりたくもない隠密調査までこなしてきたと思ってるんだ。
こんなところで頓挫したら、5年の努力は水の泡である。
「私に、何を要求するの?」
リオンは目を瞠った。話が早くて大変助かるが、この少女はほんといったい何者なのだろう。
とはいえミラにできるとは思えない。この条件を提示すればおそらく彼女は辞退するだろう。
非力な、それもまだ8歳の少女に頼むようなことではない。
まあミラがこの件から手を引くというのであれば、それが別に悪いことではないのだし。
そう思って、リオンは息を吸い込んで、言う。
「聖女を連れ出してほしいんだ。アザレアの、聖女を。」
ミラが驚いたように目をしばたたかせた。
繋がらない、というように、訝しげな顔をしている。
ああ、やっぱりね。まあそれはそうだろう。
「……なぜ?」
そう問うたミラに、リオンは曖昧な笑顔でごまかした。
「やるのか? やらないのか? やらないなら俺はジゼルのことは教えられない。この話はもう終わりだ。他をあたってよ」
リオンは話を切り上げようと、空の器をもって腰を上げる。
この少女もまたウィザードにいた時のあの興味本位で聞いてきたやつのような、とまではいわないが……。おそらくそこまでの勇気は持ち合わせていないのだ。そりゃあそうだ。不法侵入、聖女誘拐、キケンだし、悪いことも結構やる。
「……やる」
その言葉に、今度こそリオンは目を剝いた。正気か!? この子。
リオンの反応に気付いたのか、ミラはなおも続ける。
「リオの言う、『やらなくちゃいけないこと』もジゼルに関することなんでしょう? なら、やる。少しでも役に立ちたいんだ。だから教えてください。おねがいします……!」
目を逸らさずに、その瞳にリオンの姿をとらえたまま、ミラはそう口にした。
あの人を、思い出すなあ。まっすぐで、いつも他人のことばっかり考えて。
お人好しなんだよなあ、あの人も、お嬢さんも。
この子なら、本当に成し遂げてしまうかもしれない。
まだ8歳の、それもこんなに小さくて、力を込めたら壊れてしまいそうな華奢な子にこんなことを思うのはおかしいような気がしたけれど、やっぱりどこか、貫禄というかそういうのがある。
中身は実はエスランク冒険者かなんかなんじゃないの? この子。
そんな、ありそうななさそうなことを考えながら、リオンは小さく笑った。
結構いろんな場面とつながってるんですよね。この子の話。
今話も最後までお付き合いいただきありがとうございました!
それでは次話でお会いしましょう!!
あづま ひろ




