44 『禍』2
いつもお読みいただきありがとうございます
日付も変わり。今日は禍討伐の日である。ただいまAM1:30である。
空気は冷たいが、瘴気のせいで清々しさはない。
ミラは宿屋の長い廊下を歩いて、食堂へ向かっていた。朝ご飯をつくるためである。
なにせ出発は3時だ。みんなもそろそろ起き出してくるだろう。
「……たしは戻……つもりは、ない……」
曲がり角の向こうから小さな声がした。遠いせいかほとんど聞き取れなかったが、これはジゼルの声ではないか。
誰かと話しているのだろうか。
「……お前の……が……だよ」
どういうことだ。これは、リオの声だ。
どうして二人がこんな時間に? そもそも二人は今日が初対面のはずではなかったか。
ミラは努めて平然と、何食わぬ顔で姿を見せることにした。ふたりの会話も関係も気になるが、盗み聞きはよくない。ミラの足音が聞こえたのだろう。二人ともバッと振り返った。
「ジゼル! おはよう! あれ? リオも一緒?」
我ながら白々しい演技だ。
しかし、やはりジゼルたちも動揺しているのか、違和感は感じなかったようだ。
「……ちょうど、そこで会って……」
ジゼルが右上を見ながらそう答えた。
「そっか! ちょうど朝ご飯をつくるとこなんだけど、二人とも手伝ってよ」
「う、うん! なに、すればいい……?」
「まずは、お米に火をつけて~……」
「この魚は焼いてしまっていいのか?」
すごいなとミラは思った。
二人とも、予想にたがわず手際がいい。
てきぱきとしているおかげであっという間に準備が終わる。
「ぅはよ~」
「ありゃ、おはよう、ライラ」
「おはようございます」
「はよざいます、ジャスパーさん」
「はよっす!」
「ナオさんおはよ~」
AM2:00。食堂には続々と小隊のメンバーが集まってきた。
味噌汁をつくり終わって、卵焼きを巻くころにはほぼ全員が揃った。
隊長を除いて。
「おはよーさん~、なんだみんな~、早いなぁ」
「フィルさんが遅いんですよ。次遅刻したら、卵焼きもらいますから」
「えっ! 俺の好物……」
最後にフィルさんが食堂に姿を現し、席に着く。
それを合図にするかのように、皆一斉に朝ご飯を食べ始めた。
今日のメニューは、昨日買った卵でふかふかの卵焼き。昨日研いでおいたお米を炊き、夕食の後、釣りに行っていたフィルさんからのお土産であるアジを、ミラがもってきた塩で焼いた。
宿のある場所から少し下ったところに小さな八百屋さんがあったので、昨日のうちに買っておいた野菜でスープをつくった。
どれも凝っていない簡単なものだが、決して不味くはなかったようで、みんなしきりに手と口を動かしている。その様子を見て、ミラはそっと安堵のため息をついた。
「……ごちそうさま。お嬢。ごめん、先に部屋に戻るね」
最初に食事を済ませたのはジゼルだった。いつもみんなでご飯を食べるときは最後まで残って待っているジゼルが、どこか突き放すように言いおいて食堂を出ていこうとする。
「うん……」
ジゼルは、戸惑いつつも頷いたミラを一瞥するとそれ以上は何も告げずに部屋に戻っていった。
支度を手伝ってくれているときもどこか様子がおかしかったが、リオとの会話で何があったのだろう。
「お~じょう! おかわり!」
そんなミラの不安と、少しの気まずい空気をライラの大音声が吹き飛ばした。
ライラに目を向けると、どうしたの? と問うような目がこちらに向けられる。
そんな、ライラの天真爛漫な様子が温かくて、ミラはふっと息をはくように笑う。
「了解……!」
ミラは受け取った空の茶碗にこんもりと白いご飯をよそった。
「……わたし、最悪……。お嬢にヤな態度取って……」
まだ暗い外の廊下に一人たたずみ、ジゼルはぽつりと言葉をこぼした。
「あのころからなにも……何も変わってない……わたし……」
メンバーのみんなの穏やかな、賑やかな話し声を背に聞きながら、ジゼルはその場を後にした。
「全員揃ったな~、よし。それではこれより、冒険者パーティ・風の禍討伐を開始する。各々、配置に着け~」
朝ご飯から一時間たって、ミラは『禍』に対峙していた。
小隊のみんなに会う以前に感じていたそれへの恐怖は、メンバーの圧倒的な強さを前にしてきれいさっぱりなくなっていた。
フィルさんののんびりとした口調を反面教師にするかの如く、メンバー全員が一斉に動き出す。
ミラはここにいて隊長を手助けするようにとの指示が出されていたので、おとなしく待つ。
というかこのパーティ、そんな名前だったのか。
「そうか~。そういえばお嬢には言ったことなかったな~。いつもは『フィリップ小隊』だもんな~」
「パーティの名前、ないはずありませんもんね。初めて知りました。というか、ナチュラルに私の心を読まないでください。私の能力よりずっと精度いいですよ、隊長の特技。」
フィルさんはすごく察しがいい。
のほほんとして何も考えていないように見えてその実、この小隊の誰よりも鋭い人だと思う。
そもそも冒険者としての素養がものずごく高い人なので、それも当たり前のことなのかもしれない。
「……ジゼルと何があった?」
「私にもわかりません。でも、いつものジゼルじゃないようでした。普段は、表情こそ少ないけど、嬉しそうだったり、そわそわしてたり、ちょっとシュンって落ち込んでたり、そういうのは割とわかりやすいんですけど……」
そう話しながらミラは禍討伐の影響でぶっ飛んできた瘴気の塊を避ける。
それをフィルさんの大鉈が音もなくぶった切る。ちなみに早すぎて振ったところは見えない。
「……そうか。まあ、あいつもいろいろあったんだ。ライラと出会って、ここに来るまでに」
そう言いながら、ミラのすぐ後ろに迫っていた魔獣に二発の斬撃を打ち込むフィルさん。
かすかな残滓を残して立ち消える魔獣。
ナオさんの剣が禍から湧き出てきたアンデットをバッタバッタとなぎ倒すのが見えた。
ライラが目にもとまらぬ速さで気味の悪いムカデのような蟲を一掃する。
姿は見えないが、援護しているんであろうジゼルの弾が怪鳥を次々に落としていく。
「”はやて” ”閃火”」
遠くでノルが魔法を発動させる声が聞こえた。
「そうなんですね」
相槌を打ちながらミラは無詠唱で火魔法を発動させる。
毒の胞子をまき散らしていた禍のまわりの植物が塵すらも残らず、燃えた。
今の魔法は、エマに教わった”浄火”という魔法だ。禍から湧き出た植物のみを燃やしてふっと消えた。
禍植物の生えている範囲が狭くて助かった。このあとの分の余力が残せた。
「聞きたいか~? なにがあったのか」
鉈を肩にトントンと当てながら、フィルさんが聞いてくる。
「……いいです。自分で聞くのが筋じゃないですか?」
そう返しながら、ミラはあたりを見渡した。
すでに満身創痍な『禍』が辛うじて瘴気を放出している。
吸うと気が狂うというそれは、小隊のみんなには痛くもかゆくもなかったようである。
「ハハッ! だよな~……お嬢なら、そう言うと思ったよ」
嬉しそうに、フィルさんが相好を崩した。
どこかさっぱりした顔で、フィルさんが大鉈を振るう。
その衝撃で、その場にいた禍の化身たちが吹き飛んだ。
最後の仕上げだ。
ミラは、かつて日本で生きていたころの、神の前に立つときのように、静かに手を合わせた。
「行きますよー!」
ミラは全員に聞こえるよう声を張り上げた。
もっとも、みんなもうミラとフィルさんのところに集結しているので、その必要はなかったわけだが。
こういうのは、気分の問題だ。
「”祓いたまえ”」
その瞬間、場に澄んだ空気が満ち満ちた。
それは野を渡り、山を伝って麓の先のユカワの町全体に広がっていく。
かすかに残っていた禍のカスが、涼やかな音を立てて凜と吹いた風に呑まれて立ち消える。
消費魔力が比較的少ないため、ミラの少ない魔力量でも町全体を覆えたわけだが、足りないなんてことにならずに本当によかった。
通常、根絶には数週間かかるといわれる『禍』は、たった10分ほどであっさりとその姿を消した。
「ありがとな~お嬢。お嬢の魔法が禍を根本から叩けるなんてなぁ~」
感心したようなフィルさんの声をどこか遠くに聞きながら、ああ、やらかしたとミラは思った。
帰る分の体力を考慮しておくのを忘れてたのである。
(魔力切れだなー、たぶん。エマとの練習でも、よくやって怒られたわー)
おそらく調子に乗って”浄火”を使ったのが、しくりポイントだろう
遠ざかる意識の中に見えたみんなの焦ったような顔になぜか安心しながら、ミラは意識を手放した。
お久しぶりでございます。あづまです。
だいぶ間が開いてしまい、楽しみにしてくださった方、本当にごめんなさい!
ここ最近、体調を崩しておりました。
楽しんで読み進めていただけたら幸いです。
ところで、リオは動物に好かれるタイプなんですが、ネコちゃんに目がありません。野良猫に餌あげちゃう人です。
怒られます。
ちなみに、小隊のメンバーでいうと、ジャスパーさんが動物になつかれます。銀縁の眼鏡をくいッと上げて、大型犬をわしゃわしゃ撫でるところが、奥さん的にはツボだそう。
今話も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
次話も鋭意執筆中でございますので、気長にお待ちいただけると嬉しいです。
ではでは!
あづまひろ




