39 『禍』1
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ミラたちはウィステリア王国東部の町、ユカワの関所前に立っていた。
国内であれば、スチュワート伯爵、つまりミラの父が用意した転移門で行くことができる。
転移門というのは風魔法と土魔法の二属性の魔法を空間に付与する上級中位魔法だ。
組み合わせ方の調整が難しく、さらにこの魔法に関しては少なくともオーウェン殿下ほどの魔力を必要とする。
オーウェン第一王子殿下はその珈琲色の髪からわかる通り、ノルには及ばなくともかなりの量の魔力持ちである。
つまり何が言いたいかというと、この世界のほとんどの人はこの魔法を使うことができない。
移動の選択肢は大抵、馬車か徒歩の二択である。
転移門もまた万能ではなく、たいていの国では関所通過なしでの人の侵入を防ぐために国家間や大きな町の関所前に転移魔法をはじく結界魔法が張られている。
転移門を使える人間は限られている。
いつもミラにはデレデレなので忘れがちだが、カイ=スチュワートはすごい魔法使いなのである。
ユカワは今回発生した『禍』から最も近くに位置する町で、温泉を売りにした観光を主な産業とする町である。
宿場町の一つでもあり、街道には数々の宿屋が並んでいる。
「ところでノル、変装もしないで外を出歩いて大丈夫なの? ウィザードが狙ってるんでしょう?」
ミラは気持ち声を落として、ずっと気になっていた疑問をぶつける。
「まあな。一応捜査攪乱のためでもあるから。ウィザードだって、禍討伐終了までは見つかってもせいぜい監視が限界だろうし。それに、認識阻害魔法をかけてる」
認識阻害魔法というのは、上級上位魔法に分類される魔法だ。
常時使用するのであれば莫大な魔力を消費するし、他人にかけるのはもっと大変だ。
だから、できないわけではないが、基本的には自分だけに使用する魔法である。
また、認識阻害魔法は風、水、日の三つの属性の魔法を組み合わせる。
おそらくだが、風魔法と水魔法での空間操作と、それを日魔法で応用して「屈折」が行われているのだろうと思う。
顔の印象がボヤっとしたり、目や髪の色がわかりづらくなっているはずだ。まあ、それだけではないのだろうが。
ミラもできないことはないが、魔力が少ないので、もって3分とかである。
この魔力の調節・操作は非常に複雑かつ難解。
原理を理解できないと自然との”会話”は成り立たないためほとんどの人は使わない。
というか使えない。
ミラはふうんと頷いてユカワの街道沿いに広がる街並みを見回す。
普段であれば湯煙に囲まれ、客でにぎわう情緒あふれる温泉街のようなのだが今はどこか様子がおかしい。
ときおり湯煙に混じる黒い靄が町を覆い、暗くくすんでしまっている。
観光客の姿はほとんどなく、道に向かって出されている店もどこか活気がない。
フィルさんが深刻そうな顔で関所の人たちと話し始めた。
「おい、禍の進行が早くはないか」
「それが……実は、この町の奥の山に、温泉の源流があるんです。その山には稲荷岩と呼ばれるどでかい岩があって。ユカワを守護する存在であり、同時に畏怖の対象のような岩でございます。今回の禍は、その岩付近に出現したようで。そのせいで、町のほぼすべての温泉に影響が出てしまいまして。湯の質が悪くなったり、そもそも湯が出なくなったり……。おかげでこの辺りは大打撃です……」
本当にそうなのだろう。関所の人は、痛むのか胃のあるあたりをしきりに撫でている。
「まずい……湯に乗って瘴気が流れ出しているのか……!!」
フィルさんが愕然とした目で町を見渡す。
「明日朝いちばんに討伐に向かうぞ。おい君、この町の代表に伝えろ。討伐と後始末が終わるまで誰も湯に入れてはダメだ。すぐに終わらせるからどうか頼む、と」
「わ、わかりました!」
関所の人は大慌てで向かいにある建物に入っていく。
おそらく事務所みたいなものなのだろうが、見た目は神社の社務所みたいだ。
「ジャスパー、この規模だったら討伐に何時間かかる?」
「若がいるからな。多く見積って10分だ」
「今から討伐終了までに出る損害はいくらだ」
「朝3時に出ればざっと500万圓だな」
「若、”遠話”使えるよな? 陛下に報告を頼む。ナオ、ジゼルとノルを連れて俺と偵察に行くぞ。絶対に禍の100メートル以内には足を踏み入れるな。お嬢、おまえは禍に一番近い宿を見つけて予約して俺たちの帰りを待て。ライラ、お嬢を頼んだぞ」
「「「「了解」」」」
フィルさんはてきぱきとメンバーに指示を出していく。
いつもの姿からは想像がつかない。
「お嬢、宿に着いたら外には極力出るな。おそらく外の方が瘴気が濃い。温泉にも入るな。清潔になりたかったら魔法を使え。湯につからせてやれないのはすまないが、まあ、終わったら好きなだけ入れ。俺たちは偵察に行ってくるから、先に休んでいても構わん。いいか?」
ミラは頷く。
「偵察組は極力瘴気を吸わないように。口を布で覆うなりなんなりしろ!」
ナオさんたちは頷いて各々手ぬぐいなどを取り出すが、見た感じ瘴気が入り込まないとはとても思えない。
ないよりはずっとマシなのだろうが。
「フィルさん、魔法使ってもいいですか?」
「ん? 何の魔法だ?」
「”浄化”を口元に付与します」
フィルさんは目を瞬かせる。
「”浄化”なんて魔法あったか? しかも口元に付与だなんて、効果範囲が狭すぎて調整が複雑すぎやしないか?」
「この魔法はエマと一緒に考えたんです。効果もきちんとあります。ただ、何時間もは持ちませんし、気休めだと思ってもらっても構わないですので、どうかお願いします」
「……わかった。じゃあ、偵察組に頼む。ミラの魔力量なら、全員には厳しいだろうからな」
ミラは頷いて、短く詠唱する。
「彼のものたちの息吹に、清浄をもたらし給え」
ミラの手元には水のように青みがかった透明な淡い光と、初夏の風のようなさわやかな萌黄の光、そして柔らかな柑子色の光があふれる。
浄化、今回は呼吸する空気の浄化なので組み合わせる魔法は3つ。
水魔法、風魔法、日魔法だ。
これらの属性の魔法でそれぞれ濾過、循環、殺菌を行っている。
一応科学的根拠はこんな感じだが、もちろん魔法なのでもうちょっとブーストがかかるし自然様のフシギな力が働くので効果は抜群なはずだ。
ミラの魔力ではこの人数だったらがんばって3時間しか持たないが、身体へのダメージの減りは段違いなはずだ。
ミラは、よし、と頷く。
「おお、呼吸が随分楽だな。お嬢すごいぞ。この魔力操作の精密さも他じゃみられないレベルだ。日魔法とか特に、加減間違えると死ぬタイプの魔法掛けてあんだろこれ」
「えへへ。ありがとうございます。魔力が少ないもんで」
これはミラの魔力量だからなんとかなっているのだ。
ノルやエマのように、たくさんの魔力を持つ人には微調整というのはとても難しい。
それをこなすから二人はすごいし、魔法を職業にできる。
ミラは世話係だ。使えるのは、小さな魔法やそれらの組み合わせのみである。
「おれ、魔法でこんなことができるなんて考えたこともなかった」
「わたしも」
「……同じく」
「同意です」
その声はミラのところまで届かず、なんですかとみんなの方を見るもドジった犬を見るようなあたたかい目で見るだけで誰一人として答えてくれない。
ミラは疎外感の中、ちょっとだけふてくされた。
さて、今回は割と魔法の説明会的な感じになりましたね。
この小説での魔法の効果は、できるだけ地球のサイエンスによる効果に寄せています。
ユキナが学校やバイト先で学んだ科学の知識が生かせれば、という思いで魔法を考えています。
ミラのいる世界では、魔法の才能の差は、この「原理の理解」が最大のキーです。
ちなみにエマは論理派。ノルは結構感覚派です
今話も最後までお付き合いいただき、ありがとうございます!




