38 出発
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ここはスチュワート伯爵家の玄関。
旅支度を終えたミラはボストンバッグを手に持ち、ターシャに作ってもらった服を纏い、ノルにもらった耳飾りを揺らして両親と向かい合う。
ターシャは今日来れないらしいが、ライラとジゼルの言うことには『ターシャは服に全部込めてるから大丈夫』とのこと。
「くれぐれも無事でいるんだぞ」
「体には気をつけるのよ」
ひどく心配そうにミラの肩をつかんで何度もそう告げる父。
母はミラを優しく抱きしめて無事を祈ってくれた。
ミラは照れくさいながらも言いようのないあたたかさを感じていた。
「オリバー殿下、小隊のみなさま、娘をよろしく頼みます。」
二人は後ろにいたノルとフィリップ小隊の面々に目を向けると丁寧に頭を下げた。
いつも賑やかな雰囲気の小隊のみんなが真面目に両親に「お預かりします」と敬礼を返している。
ミラはどうしていいかわからなかったので、両親にぺこりと頭を下げた。
「ミラ、旅先での思い出話楽しみにしてますわね! ニンジンケーキを用意して、帰りを待ってるから」
そう言って顔をのぞかせたのはソフィアだ。
ミラを見送るためにわざわざ来てくれたらしい。
「お従兄さま、帰ってきたときにミラに傷ひとつでもついていようものなら……」
「……」
「おわかりですね?」
ソフィアが目の据わった笑顔をノルに向ける。
「言われなくても、守り抜く」
その眼から目を逸らさず、まっすぐにソフィアを見てそう告げるノルに、ミラは気恥ずかしい思いになる。
「オリバー、いやノル、おまえがいない間のウィステリア王国はまあ、任せとけ。帰ってきたら離宮に遊びに行かせろ。あんな秘密基地みたいないい場所、ひとりでいるのはもったいないだろ」
そう話すのは、ソフィアの隣に立つオーウェン第一王子殿下だ。
落ち着いた珈琲色の髪が得意げに跳ねる。
こう見えて思慮深く、国を治める資質にあふれたいい人だ。
この前の選考会のあと、ソフィアとの婚約が発表された。が、ソフィアによるともっと前から知り合いだったのだそう。
ノルはこくりと頷いてにっと笑う。
それを見てオーウェン殿下もニヤッとする。なんか通じ合ったらしい。
「お嬢様……。どうしても、連れて行ってはくださらないのですか……?」
しょんぼりと眉を下げてミラを見るのは、侍女のエマだ。
ミラがエマのその顔に弱いことをわかっているのかいないのか。
だけどミラはエマを連れて行くことはできない。
エマはここに侍女として来ているが、それでも子爵家の2番目の令嬢である。
そろそろ縁談の話が入ってくる頃だ。いずれ誰かと結婚するかもしれないし、そうでないとしてもエマはスチュワート伯爵家に欠かせない存在だ。
ミラに付いていくことはそれら一切を放棄させることと同義だ。
「うん。ごめんね」
「そうですよね。わかっております」
肩を震わせたエマにミラが一歩近づく。
と、パッと顔をあげたエマは笑顔だった。
「どうせ遅くとも五年後には帰ってくるんです。私はこの家の侍女をやめるつもりはありませんし。お嬢さまが戻ってきたときにまたお嬢さま付きの座をゲットしてみせましょう。今よりお給料もアップしていいことずくめです」
だから気にせず行ってきてくださいと笑い飛ばすエマ
深刻に思い詰めていたわけではなさそうだとミラは安堵する。
『……お嬢さま困ってる。本音言って困らせるなんて、侍女にあるまじき行為なのに。わがままは良くない。……一緒に居たくても、我慢……しなきゃ』
ミラの耳に届いた声はあの時のノルのものと同じ。どこか反響するような音。
エマは、どうしました? と心底不思議そうな顔でこちらを見返している。
ウチの侍女の演技力すごいとエマは思った。
「ウチは、さびしい」
ミラはそう言ってエマにギュッと抱き着いた。
おなかのあたりに顔をうずめて頭をぐりぐり押し付ける。
そうだった。エマは誰かのために自分の想いを押し殺すような優しい魔法使いだ。
平気だなんて、大丈夫だなんて、どうして思ってしまったんだろう。
「ウチはエマがいなくて、一緒に行けなくて寂しいよ。エマは本当にさびしくない……?」
「お、お嬢さま、私がそれを口にしたら、ご迷惑ではありませんか……? 口にしても、よろしいのですか……?」
ああこの人は本当に優しい人だとミラは思った。
自分よりも他人を心配してしまう人だ。そして他人のために、自分を抑え込む人。
ミラはエマに抱き着いたまま、頷く。
エマはミラの肩に顔を押し付けて嗚咽を漏らした。
「さ、さびしい……。寂しいに決まっています……! い、居たい……ずっとお嬢さまの、傍に居たい……!」
「うん」
「平気じゃ、ありません……! 離れたくありません……!」
泣きじゃくるエマの静かな声を、ミラは肩越しに聞いた。
「ありがとうエマ。一緒に居たいと言ってくれて。私の侍女は、何年経ってもエマがいい。ずっとエマだけがいい。どこに行っても必ず無事で帰ってくるから。そしたら、また一緒にお風呂に入ろう? 魔法も見せて? 約束」
エマがうんうんと頷く。
「どうか、どうかご無事で……」
涙交じりの声で、けれど笑顔でそう言ったエマに、ミラは微笑む。
そしてエマから体を離すと、見送りに来てくれたみんなの方に向き直る。
空は快晴。準備は万端。
はじまりは、笑顔でいこう。
「行ってきます!」
ミラは長い旅への一歩を踏み出して、
……こけた。
ミラの両親、ほとんど書く機会がありませんでしたが、親バカです。
当初のミラがあんな感じなことからもお判りいただけるかと思いますが、結構甘やかしてました。
とはいえ、頭はよく、魔法の腕もピカイチな方たちですので、ポンコツはミラ限定です。
親バカ好きなんです(どゆこと)
今話も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!




