37 ターシャ=テイラーというデザイナー ☆ミ
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ターシャ=テイラーはデザイナーである。
新進気鋭の天才であり、今最も勢いのあるブランド『テラコッタ』のやり手オーナー。
新作を出せばいつも完売。今やテラコッタの求人倍率はまさかの五倍。
従業員をまとめ上げるターシャの手腕も注目され、まさに立身出世。
成り上がりを絵にかいたようなスーパールーキーとなった。
そんなターシャも、もとは誰も知らない無名の服職人だった。
王都の隅っこにあって、小さいながらも地元の人たちに贔屓にしてもらっていたターシャの店。
お客さんは常連さんばかり。それも、日に一人は来ればいい方で、ターシャは大抵一日中、店の奥の部屋にこもって夢中で服を作っていた。
ターシャには布の声が聞こえる。
『あの花びらのような裾にワタシもなりたいわ』
『ボクの手触りならあのふんわりとした袖がぴったりなのではないかい?』
『ワタシはあの釦と一緒に居たいわ!』
『ボクはあのレースさんと一緒にいるのが一番自分らしいと思うね』
楽しかった。食事をとるのさえ忘れて服作りに没頭する日々。
ふと思いつくアイデアが霧のように消えてしまう前に、クロッキー帳に必死になぞる時間。
あれはたしかにターシャの人生で、あの時できた服たちもまた、ターシャの人生そのものだった。
二年前、ターシャがデザインした「働く女性のためのシンプルなドレス」が大流行してからターシャのまわりはガラッと変わった。
人間関係も、来る仕事も、店の場所も。
商人の人たちたっての希望で、店は街の大通りに面した一等地に構えることになった。
平民から貴族まで様々な人が来るお洒落な雰囲気の店に早変わりした。
そのかわり、常連さんたちの足は次第に遠のき、だんだん姿を見なくなった。
数々の新聞記者や雑誌の編集者が取材に来て、商人の人たちと商談する機会が一気に増えた。
ターシャの後ろ盾となっている子爵家や商家の指示で、一着一着のオーダーメイドは希少価値をあげるために貴族限定で売ることになり、代わりに量産した服を平民向けとして売り出すことになった。
不満だった。余計なお世話だった。けれどそれを口にすることはできない。
そんなことをしたらこの業界から干されかねない。下手をすれば、ターシャは王都で服を作ることさえもできなくなるだろう。それが貴族と平民の権力の差だ。
お抱えのデザイナーにさせられそうになったのを何とか断った。
自分の店に自分が関わる。ターシャが望んでいるのはそんな当たり前のことだけだ。
なのにどうして、『名誉な職を断るだなんて』と言われなければならないのだろう。
『すばらしい服だ。次も期待しているよ』
『見てくださいな。テラコッタの新作ですの。あら、あなた、ずいぶん古いドレスですわね』
『ターシャの店、売り上げすごいんでしょう?いいわよねえ気楽で』
日々耳にする悪意無き言葉は、いつしかターシャにとってプレッシャーとなって重くのしかかるようになった。
一着一着、心を込めてデザインしても、人々が見ているのは常に一歩先。
みんなが欲しいのはテラコッタの服ではなくて、流行に後れていないという事実とテラコッタブランドの服を着こなしているというステータス。
どんな服なら売れるだろうか。
どんな服なら流行に乗り遅れない?
どんな服なら……
日々の忙しさに埋もれて少しずつ見えなくなっていく。
見えなくなっていることにさえ、気づかないままで。
ある日、デザイン帳を開いたら、描けなくなっていた。自分の中は空っぽで、何がつくりたいのかさえも、欠片も思いつかない。
どうやって、デザインしていたんだっけ。どうやって鉛筆を動かしていた?
……どうして私は、服を作っているんだったっけ。
『そりゃあ仕事だからじゃないかしら』
『食べていくためでしょ』
『期待されているからよ』
『え? しっくりこない?』
『そんな感覚的なこと言われても……』
『あなたのような天才様のお悩みは理解できないわ』
その通りだ。全部正しい。
そうだよ。だから、自分のやりたいことと違くたってしかたない。
現実はそう甘くない。好きなことだけをして生きていけるなんて、夢みたいな話なんだから。
しかたない。
しかたない。
どうしようもないことなんだ……
もう布たちのおしゃべりは聞こえない。
その女の子は、従姉妹の紹介でターシャのもとにやってきた。
少し前の夕茶会で評判だった美少女で、かなりの数のご令息が熱をあげているらしい。
彼女はつい最近までダサいことで有名だった。
毒々しいビビットピンクのドレスに、濃い化粧。加えてわがままで自己中心的な性格。
ターシャはかなり警戒した。
旅服のオーダーメイドだそうだが、出来上がった服に文句を言われるかもしれないと思っていた。
だというのに実際はどうだ。
優しい亜麻色の髪をふわりとなびかせ、ちょこんと丁寧に挨拶する。
服の希望を聞けば汚れにくくて動きやすいものがいいという。
普通の貴族のお嬢様でも、この年ならフリルやピンクやリボンを沢山付けたがるのに。
素直で優しい、いい子だ。お菓子をあげればきちんとお礼を言うし、心のままに行動しているようで実際はまわりをよく見ている。
そんな彼女には淡い色が似合うだろうな。
でも、パリッとした色でも澄んだ琥珀色の瞳が映えてきっと美しいだろう。
靴は編み上げのショートブーツで実用的かつお洒落にまとめて……。
久しぶりに服のアイデアが湧き出てくる感覚を感じながら、ターシャはデザイン画を一気に描き上げた。
出来上がった服を見たら、あの可憐でまっすぐな少女はどんな反応をするだろうか。
そんなことを考えながらわくわくと手を動かす時間は、なによりも楽しくて、煌めいていた。
出来上がった服を着て、照れくさそうな、はにかむような笑みを浮かべた彼女。
くるりと回るとまるで朝日に薫る朝顔のようにスカートがそっとふくらむ。
杏色の「シュシュ」は彼女のさらふわの髪をあたたかく彩る。
「シュシュ」は彼女が考案した髪飾りだ。そのアイデアをターシャに買ってほしいと言った。
自分はたった二割の利益で十分だと言った。
もとは彼女のアイデアだ。全利益をと言い出したって、ターシャは驚かなかっただろう。
なのに七割でも首を縦に振らない。半分という言葉にもつられない。
たった八歳でそれができる人間は一体どれだけいるだろう。
もう少し欲張りを言ったところで罰も当たらないだろうに。
彼女に気付かれたときは焦った。
テラコッタの服を着ていないことを見破られるとは思っていなくて。
自信がない。
服の声は聞こえない。客の声も届かない。
あの頃のような燃え滾るような熱い感情もどこかに置き忘れてきてしまったような気がした。
そんなターシャを、ミラは叱った。
バカにするなとそう言った。
ターシャがターシャをバカにするなと。
笑うつもりだった。ほんとにそうだと。
泣くつもりだった。くやしいと。
それが混ざるとこうなるらしい。
『魔法使い』
なんて誇らしげな響きだろう。
なれるだろうか、ターシャも。
指先からありとあらゆる美しいものをこの世に生み出す魔法使いに。
いや、なってやろうではないか。自分以外にも自分を信じる者がいる。
こんなにも心強いのかと、ターシャは眉を下げる。
あまりに支えが強すぎて、ぐらつく気配すら見えない。
ああ、とターシャは胸を押さえる。
ああ、服を、つくりたい
たったひとり。部屋を眺める。
『ワタシは胸元を飾るリボンになりたいわ!』
『ボクはあのベルトを通すスラックスになるために生まれてきた気がする』
『ワタシのことはあの刺繍で飾り立ててくださいな!』
ターシャは今日も服を作る
ターシャはなんでも好き嫌いなく食べますが、好物はがっつりしたものです。
彼氏は、いないだけでモテます。
本人は服とお客さんのことしか考えていないので全く気付きませんが。
好きな男性のタイプは、年上で家事のできるひと。
特技は刺繍、裁縫、洗濯。
苦手なことは、料理、片付け、料理。
ちなみにですが、ミラの侍女のエマの普段着はテラコッタがほとんどです。
今話も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!




