36 デザイナーターシャ=テイラー2 ☆ミ
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
出発まであと二日を切った。
「お嬢! 超似合ってる! か~わ~い~い~!」
「……うんうん……!」
「ターンしてみ! ターンしてみ!」
洋裁店「テラコッタ」の仕事部屋ではターシャ、ライラ、ジゼルが出来上がった服を身に纏ったミラを囲んでワイワイきゃいきゃいしている。
ミラはそれを言う側に回りたいのだが、なんてこった着てるのはミラだ。
旅服はいわゆるメイド服っぽい感じになった。
とはいえ、フリルがバリバリついたようなものではない。
前世で言うところのヴィクトリア朝っぽい使用人服といえばよいのだろうか。
くるぶしまである襟付きのワンピース。布は深い深い夜色の通気性の良い織地。
長いが纏わりつくような感じはしないので、歩きやすいし足も上げやすい。
それよりほんの少し短いくらいの長めの白いエプロン。肩紐付きで、フリルは裾に控えめにあしらわれているのみ。腕を動かしても邪魔にならなくて大変いい。
パニエは重いのでナシ! とターシャさんと決めた。
それでもミラの腰のくびれに合わせてエプロンの腰紐をリボン結びにするとスカートがふんわりふくらんでくれる。
派手さはなく上品で動きやすくて、なにより丈夫! まさにミラのための服である。
「ありがとう! ターシャさん」
動くたびにスカートのドレープがふわりと綺麗に翻る。
それが楽しく、ターシャさんのコールもあってくるくるくるくる回っていたらふいに試着部屋の扉がコンコンと叩かれる。
入ってきたのは、ミラが着替えている間外で時間をつぶしていた男性陣である。
「なんと。素敵ですねお嬢。ウチの妻の次に可愛らしいです」
褒め言葉に見せかけた惚気を放ってくるのはジャスパーさん。通常運転のようでなにより。
「お~、似合ってんじゃねえか! よかったなー! ところで、ちょっと寝てきてもいいか? ねむい」
ミラの頭をポンポンっとするのはフィル隊長。最後ので台無しだとミラは思う。
「いいっすね~! お嬢、試しにこの前の練習で覚えた飛び蹴りをその姿でやってみたらどうっすか!? フィルさんに」
わんこみたいな和む笑顔で上司を売ってくるのはナオさん。いいんですか。本当にやりますよ。
「ミラ」
ぴょんぴょんと飛び蹴りの準備をしていたら、ノルの声が聞こえてミラは跳ねるのをやめた。
「かわいい。似合ってる」
「ありが……と……」
嬉しいやら気恥ずかしいやらでミラは俯く。飛び蹴りはできずじまいである。
その光景を大人たちはニヤニヤしながら見てくる。
恥ずかしいのでやめてほしい。切に。
「これ。フィルさんたちに選ぶの手伝ってもらって買ったんだ」
ノルの手元には小さなドロップピアスがあった。
雫の形にカットされた緑がかった蒼い宝石が角度によって少しずつ色を変え、まるで昏れていく宵の空のような美しさだ。
「これ、禍からもミラを護ってくれるし、その服にも合ってると思うし、実用的だし、もしよかったら、その……」
「……」
「……もらってよ」
ぼそっと照れくさそうにノルはそう口にする。
ノルからの贈り物を受け取らない理由はミラにはない。
「ありがとう! ……だいじにする」
ミラは満面の笑みでそれを受け取り、早速着ける。
「どうかな?」
「……うん。似合ってる。すごく、すごく綺麗だ……」
ノルは耳飾りのついたミラの耳元に手を近づけると、慈しむようにそれに触れる。
その笑顔をなんだか直視できずにミラは目を逸らした。
「……それは?」
ノルが示したのはミラの髪をまとめている飾り。
髪飾りは要りませんと言ったら、ターシャさんが物凄く不服そうな顔をしたので別の髪飾りを頼んだのである。
「シュシュ」だ。
「ミラの言ってた「しゅしゅ」? だったっけか? これ、いいよなあ~。女の子たちもこういうのきっと好きだろうしなあ~」
ノルの質問にのんびりとした口調で答えるのはターシャさんだ。
ターシャさんが作ってくれたシュシュは柔らかな杏色。ターシャさんの目の色とよく似た、優しい色だ。
まわりを金糸でそっと縁取ってあり、全体的に落ち着いた色合いのミラの服に、ぱっと彩を与えてくれる。
「あの、これはお願いなんですが……」
「ん~? どうしたミラ。何か足りないもんでもあったか~?」
「いえそうではなくて、このシュシュのアイデア、ターシャさんが買ってくれませんか?」
「……へぇ」
ターシャさんは面白そうに口角を片方上げる。
彼女はたしかにテラコッタブランドのやり手オーナーなのだろう。
その証拠に彼女は今、商売人の目をしている。
「売り上げの二割、ウチがもらうというのはどうです?」
「は!?」
ミラを探るようだった瞳が、飛び出さんばかりに見開かれる。
もしや二割はもらいすぎだったかとミラは焦る。
「多すぎでしたか!? では一割なら……」
「「「「「ちがうちがうちがうちがう!!」」」」」
なぜかその場の全員から突っ込まれる。なぜだ。
「二割は少なすぎ! こんな将来性の塊みたいな商品のアイデア、売れる見込みしかないんだよ? そのうえほぼノーリスクの商売だし。もっと七割とか吹っ掛けてくるかと……」
いや、二割ぞ!? 多いだろうとミラは思う。
原価も人件費もターシャさん持ち。そのうえアイデアは初回限りのものである。
ポコポコ出せるものでもない。
「多すぎます! 二割でお願いします! 七割なんてもらえない! ウチそんなにお金使うとこ知らないよ!! 社会の損失!」
「うーん、五割。半分だよ~。どう~?」
「まだです。多くても二割五分です!」
「三割」
「でも……」
「三割。これ以上はだーめ」
「……そこまでおっしゃるなら……」
ミラは渋々頷く。
「まったく危ない危ない。三割でも少ないくらいなんだからね~」
「面目ないです……たまーに買ってもらえればお小遣い稼ぎになるかと思っただけなんです」
お金というのは難しいとミラはしょんぼりうなだれた。
ユキナ時代、家計のやりくりをしていたのはユキナだったのそこそこ数字には強いつもりでいたのだが、まさか二割が少なかっただなんて。
だけど本当に使うところがないのだ。どうしようとミラは悩む。
とりあえず実家に預けよう
「三割……多すぎる……」
「新しいデザインのシュシュが売り上げと一緒に贈られてきても、文句言うなよ~」
「それは嬉しいです……でも、それなら二割でも……」
「あははっ! だめー」
「うぅ……」
ガードが堅いし付け入るスキがない。
どうしても二割にしたいミラV.S.絶対三割以下却下ターシャさん。
戦いの火蓋はいま切られた!! わけもなく。
もうミラの負けなのは誰の目にも明らかである。
あまり長居するのも迷惑だろう。
そろそろお暇しようかとみんなが帰る支度を始める。
ミラはターシャさんといっしょに仕事部屋に残っていた。
もとより服の受け取りだけの予定だったので、取りに行く荷物もなかったのである。
少しだけ待とうとターシャさんの隣に腰かける。
お礼が言いたかったのだ。
「ありがとうございましたターシャさん。この服、ウチ本当に好きです」
「うんうん。自信作だからね~」
「あの、聞いてもいいですか」
「なんでも聞け~?」
「どうしてターシャさんは、『テラコッタ』の服を着ないんですか」
「……気づいてたんだ」
「……まあ」
ターシャさんは空を見つめていた。
いや、そこにある色とりどりの布たちを見つめているのだ。
愛おしげに細められる、杏色の瞳で。
「わたしさ、服の声が聞こえるんだ」
「……」
「ウソだと思ってる?」
「……ううん」
「……」
「ううん」
ミラは首を振った。もげそうなほど強く、何度も。
ターシャさんの悲しそうな顔を見るのが嫌だったから。
「でも、もう聞こえないんだ。いつの間にか、だれも話さなくなっちゃった」
「……」
「自信がないんだよ。服の声が聞こえないから。本当にこの服でこの布は喜んでいるのかな? って。ぼたんはあの子じゃなくてよかったのかな、レースはあっちの子じゃなくていいのかな、この裾に使われて本当にうれしいのかな……」
「……」
「彼らは私に使われるのが、本当にうれしいのかな」
「……」
ミラはなにも言うことができなかった。
ミラが今ここで、きっとそうに決まっていると言ったところでターシャさんには届かない。
慰めてくれてありがとうと言って、今度こそ胸の奥深くまで仕舞ってしまうのかもしれない。
そうしたらもう誰も取り出してやれないような気がして。だからミラは何も言えない。
「だから着ない。私本当は、ミラの服も引き受けないつもりだった。でもデザインがたくさん湧いてきて、服を作りたくて仕方がなくなってしまってね。ここまで落ちぶれたのに、往生際の悪い女だな~私は」
「……」
「不安で仕方ないんだ。ミラの服は辛うじて作れた。でも次は? その次は? 次の依頼でデザインが全く浮かばなかったらどうしよう。その次は服を作るのが嫌になってしまっていたら?」
「……」
「今回はミラが優しかったから、自分の好きなように作れた。わがままでも欲張りでもない、いい子の依頼だったから。だから……」
「違います」
ミラは口をはさんだ。
どうしてもスルー出来なかったのだ。
「違います」
二度、言う。
大事なことは二回言う。ギャル時代の名残である。
バカにしないで。バカにしないで!
「バカにしないでください!! いくらターシャさんだからって、ターシャさんをバカにするなら許しませんから!!」
「……へ?」
「 ウチがわがままじゃない? 欲張りじゃない? いったい何をどう見たらそうなるんですか!? ううん、そんなことじゃない。自分の好きなように作れた? そんなわけないでしょう! ウチはたくさん希望を出しました。いっぱいわがままなお願いもしました! ターシャさんが全部叶えてくれただけだもん! ぜんぶ、ぜんぶ! すごく嬉しかったのに! 着るのがとっても楽しかったのに! どうしてそれをターシャさんがバカにするの!?」
「……ミラ」
「服の声が聞こえないのがなんだ! 往生際が悪くて一体何が悪い!! 一番足を引っ張ってるのは、ターシャさんが自分をバカにしてることでしょう!!」
しまった、とミラは思った。
言ったことが間違っているとは思わない。
自分をバカにする人間にいいものが作れるわけがない。
自分の腕を信用していないものに、だれも信用を返せない。
けれどそれは少なくとも悩みを抱えた女性に大声でまくし立てるべきものではない気がしたのだ
が
「はっ……あははっ……あっはっはっはっは! ほんとにね! あははっふっふふふふふっ……なんで私気づかなかったんだろ。わっ笑い止まらない……」
「泣いてるじゃないですか……」
ターシャさんは泣いていた。
ボロボロ泣いていた。
当然だ、当然だ。苦しくないわけがないつらくないわけがないくやしくないわけがない。
何かを生み出したことがあるものは、もうその喜びから離れられない。
もう一度あの景色を見たいと、追わずにはいられない。
たった一瞬のあの言いようのない何かを追いもめずにはいられない。
自分には届かないと思うとき、それは一体どれほどの絶望だっただろう。
「ターシャさんは魔法使いなんです。それも、私なんかよりもずっとすごい魔法を使う。リボンもレースも刺繍でも、望めば何でも叶えてくれる。服の声を聞く凄腕魔法使い。ターシャさんが信じないなら、ウチがそう信じます。ターシャさんが否定するなら頷くまで言い続けてやる! ウチは! この服! めっちゃ好きなんです!!!!」
「うん」
ぽんッとミラの頭にターシャさんの手が乗っかる。
自由を生み出す魔法使いの手だ。
「好きなんです……」
「わかったから泣かないで。ミラ」
「うなずげー……うぐっうぅ」
「うん。ちゃんと信じるよミラ。ありがとう」
「ダージャざんはなにも゛の゛?」
「魔法使いだよ」
「よ゛ろじい」
「あはははっ、ミラには敵わないなあ」
まだ水滴の残る目を細めて、魔法使いは笑った。
ノルが耳飾りを買ったのは、ミラがテラコッタで着替えているときです。
王都の人気の魔法宝飾品店で選びました。この時一役買ったのはジャスパーさん。
奥様のプレゼントのためによくそのお店を訪れていたため、宝石にも詳しく、センスもよいです。
美人な店員さんと、ジャスパーさんのアドバイスのもと、ノルがデザインと宝石を選びました。
ナオさんはたぶんセンスはいいですが、女性ものに疎く、フィル隊長は論外。
店員の美人お姉さんは、ノルが「婚約者に贈りたいんです」と言って一生懸命選んでいるのを見て、その後とてもよい営業成績をたたき出し、あのお店のお姉さんなら間違いない、とお店の評価をあげるのにも一役買ったそうな。
ちなみに、ジャスパーさんは奥さんとの結婚指輪をここで買いました。
今話も最後までお付き合いいただき、ありがとうございます!




