35 デザイナーターシャ=テイラー1
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ミラは王都の大きな街に来ていた。ライラとジゼルも一緒だ。
おしゃれな雑貨店や雰囲気の良い喫茶店、評判の良いレストランに人気のお菓子屋さん、行列の絶えないジェラート屋さん、クレープの移動販売……
ミラが前世の記憶を持ってから、ここに来るのは初めてである。
ミラは今日旅服を作りに来た。
ライラの親戚がこの街に洋裁店を構えていて人気の店なのだという。
基本的には店舗販売だがオーダーメイドもできるそうで、今回は仕立ててもらおうという話になった。
店名は「テラコッタ」でミラも知っている名前だった。
カラン カラン
ドアベルを小気味よく響かせて勝手知ったるという風に店内に入っていくライラとジゼル。
ミラも続いてドアを開ける。
中に広がる空間にミラはしばらく声を発するのも忘れて見惚れた。
大きな硝子窓から差し込む穏やかな光が照らし、様々な色や形のドレスたちによって華やかに彩られた店内。
貴族のお姉さまがドレスを手に取っていると思えば、平民の女の子がわくわくきらきらとしたまなざしでワンピースを吟味している。
お店の人と談笑しながら服を選んでいるマダムもいれば、赤ちゃんを連れたお母さんがベビー服とにらめっこしていたりする。
貧富の差も、身分の貴賤もそこにはなかった。
ただ誰もがお洒落を楽しんでいる。そのことだけは間違いなかった。
さすが都内の人気店だとミラはまるで店を視察に来た偉い人みたいに観察した。
許していただきたい。良い服屋に滾るのはギャル時代の名残である。
ライラとジゼルはそのまままっすぐ関係者出入口へ向かう。
ミラは自分が入っていいのか迷ったが、取り残されてもどうしようもないので二人の後をついていった。
「お邪魔しまーす! ターシャ~、いる~?」
「呼んだかーい?」
奥から姿を現したのは、飾り気のないお姉さんだった。
カジュアルなしつこさのないメイクに、耳にはゴールドの細いフープピアスをつけている。
テラコッタの髪をラフに編み込み、アイボリーのシャツにジーンズという簡素ないでたち。
どこか垢抜けていて、思わず目を惹かれるような魅力が彼女にはあった。
「ライラにジゼルじゃ~ん! いらっしゃい~! なになに~どうしたの~? え~! なんかかわいい子連れてきたなあ~! 着せ替えていい~?」
そう言いながらミラをあちこちから眺めるお姉さん。
「お嬢、紹介するね! 従姉妹のターシャ。テラコッタの経営者兼デザイナーで、私らの服はどっちもターシャのデザインだしターシャが作ったんだよ!」
「ターシャ=テイラーだ。20歳。彼氏はいないぞ~。よろしくな~!」
「ミラ=スチュワートです。よろしくお願いします」
「お~! かわいいな~! お菓子食う~?」
ターシャさんは、テーブルの上に散らばったデザイン画やら裁縫道具やらいろんな色や模様の布やらをかき分けてお菓子の入った受け皿を探しだすと、その上にのっている一口大のバームクーヘンやマドレーヌやワッフルなんかを渡してくれた。
なるほど。のんびりとした口調や天真爛漫な性格はライラにそっくりだ。
さすが親戚といったところか。
「今日はこの子の討伐兼旅用の服を頼もうと思って~」
「ほほう。てことは、どっかに金糸入れる感じか~」
「そーそー、お嬢はターシャに任せるって」
「こんなにかわいい子の服をデザインできるなんて、腕が鳴るね~! どんな服がいいの~?」
「足さばきがよくて汚れにくい長めのスカートと、エプロンと、ブーツだとありがたいです」
「へ~意外! 装飾とかはいいの~? 君くらいの年頃ならそういうの、興味ありそうなのに」
ライラとジゼルとターシャさんがそろって目を見開く中、ミラはこくりと頷く。
ミラの感覚からしてみればそんなにおかしなことを言ったつもりはない。
長いスカートという提案も結構勇気を出したのだ。
前世だと、スーパーも美容室も居酒屋もバイトは全部ズボンが当たり前である。
「了解した~! じゃあ、デザインして作ってー、うん。大体二週間くらいで出来上がると思うぞ~。できたら連絡するから取りにおいで」
楽しみで楽しみでうんうん頷いていたら、まるではりきる妹をかわいがるようにターシャさんの手がミラの頭をぽんぽんと撫でだ。
その手があったかくて、なんだか懐かしくて。
ミラはユキナだったころの姉のことを思い出した。
「ところで、昼はもう食べたのか?」
「……まだ……。」
「なんだ。じゃあうまい店連れてってやるよ~」
ミラたちはやったーと盛り上がる。
ターシャさんに連れられて入ったのは、木目調で統一されたあたたかな雰囲気の洋食屋さんで、窓から差し込む光が柔らかく店内を照らす素敵なところだ。
「お嬢! 見てよこれ~! おいしそうなハンバーグ! 私これにする~!」
ライラが真っ先に注文を決める。
メニューに載った絵にはドスンと大きなハンバーグが鎮座しているが、これを女性一人で、だと……?
強すぎる。
「わたし、このナポリタンに、する……」
次にジゼルが「当店おすすめ!」と丸い字で書かれたナポリタンを選択。
楽しみなのか、どこかそわそわしている。かわいい。
「私もパスタにすっかな~、うーんでも、こっちのグラタンもうまそうなんだよなー……ん? エビフライ!? さくさく……まよう……どうしよ」
ターシャさんは意外にもメニューとにらめっこしてうんうん悩んでいる。
「よし! エビフライに決めた~!」
しばらくしてようやく顔をあげたターシャさん。決まったようでなにより。
ミラは「たまごふわふわオムライス」にした。
飲み物は揃ってストレートティーを注文。
「わー! ハンバーグきたー! でか! おいしそう~!」
「……! ナポリタンも、来た……」
少しして、ひょろっと背の高い青年がジュウジュウと音を立てるハンバーグのプレートとナポリタンを運んできた。
お肉の焼けるいい匂いと、少し焦がしたトマトケチャップの甘く香ばしい香りが鼻をくすぐる。
ライラもジゼルも待ちきれないというようにわくわくとした表情だ。
またしばらくすると、同じ青年がエビフライとオムライスを運んできてくれた。
四人そろって待ってましたとばかりにカトラリーを動かす。
「うまっ!」
「おいしい……」
「さくさく!」
「ふわふわ」
それぞれの口から思い思いに素直な感想が飛び出る。
そして、しばし無言で食べ進める一同。
本当においしいものを食べてるときは場が静かになることは暗黙の了解である。
ミラのオムライスは、ケチャップで味付けされたどこか懐かしさを感じるチキンライスに、 ふわっふわに仕立てた卵でそっと包んでデミグラスソースをかけた王道のオムライスだ。
けれど、どこにも真似できないだろう、深いソースの味わいとコク。絶妙な卵の柔らかさ。
思わずにこにこしながら、ミラもほかの三人に負けないくらい、せっせとスプーンを動かす。
「ねね、お嬢、一口交換しない!?」
ライラがそう言って肉汁が零れ落ちそうなほど滴るハンバーグを切り分けて、あーんとしてくれる。
ぱくっとそれを口に含むと、お肉のうまみと肉汁がぶわっと口いっぱいに広がって、何ともジューシー。
やっぱりお肉はおいしいなぁとギュっとした感触をかみしめながらミラは思う。
「お嬢、私も……」
ジゼルもナポリタンをくるくるフォークに巻き付けてあーんしてくれる。
焦がしたケチャップと玉ねぎの甘さがたまらない。ほんの少し柔らかめに茹でられたパスタに程よく絡まるソース! すばらしいタッグだ!
「私のも食うか~?」
ターシャさんまでもがフォークを向けてくる。
差し出されたフォークに遠慮なく飛びつく。歯を立てた瞬間さくっと心地いい音をたてる衣に、甘くてプリっとしたエビ。
付け合わせの自家製であろうタルタルソースも、エビフライによく合っている。
なんだろう。幸せってこんな味のことを言うんじゃないだろうか。
一口交換なんていつぶりだろうかとミラは目を細める。
前田と特大パフェを一緒につついた時以来だろうか。
いつめんたちにはよくパンケーキ屋さんに連行されたがその時の食事はあまり思い出したくない。
「……おいしいなあ、ほんと。」
わいわいと4人で笑いあいながら、ミラはこっそりありがとうと呟いた。
それはあまりに小さくて、みんなの笑い声にかき消されてしまったけれど、それがミラには嬉しかった。みんなが楽しんでいる。笑っている。心から。
だからこのことは、みんなには内緒だ。
ターシャさんは超やり手のオーナーであり、新進気鋭の若きデザイナーでもあります。
ライラとジゼルと同郷ですが、彼女の方が少し早く王都に来ました。
ランチのシーンで書いた洋食屋さんは、作者が小学生の時に行ったお店を参考にしています。
青年はオリジナルで書いちゃいましたが。
この青年、この世界ではよくいる跳ね気味なブロンドの髪に眠たげな眼とです。
彼のお話書いてます
『ようこそ、洋食屋「コントルノ」へ~ネガティブな無自覚人たらしの料理人見習いは、故郷に残した幼馴染を護りたい~』
よかったらぜひぜひ。
こういう裏話考えるのたのしいです。そんな感じです。




