29 王妃
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「ね、ミラ、今はわたくしの声聞こえるかしら」
ミラはフルフルと首を横に振った。
「いいえ。私が聞こえたのは件の丘で第二王子殿下が『ミラに嫌われた』とか『俺のことを好きなやつなんて会ったことないな』とか『俺が一番俺のこと嫌い』って言ってたあの日一度きりだけです」
「そう……ノルとはあとでじっくりお話ししましょう」
「……」
「私も同じ能力を持っているの。私の場合は聞きたいと願えば聞けるのだけど、そこは個人差なのかしら」
「わからないです。王妃様以外に同じ力を持つ人には会ったことがないので」
「そうよね。私も初めてですもの」
炭酸水のように爽やかな水色の瞳が穏やかに細められる。
「けれど昔は今よりもいたみたいね。彼らは総じて魔力が少なく淡い髪色だったと言うわ」
「それはどこでお知りになったんですか」
「王宮図書館の奥に王族しか立ち入れない書庫があるの」
「えっ!」
「残念だけど、ミラはまだ入れないわ」
まだ、という言葉に昨日の記憶が急速によみがえる。
もう割り切ったはずなのに黒いモヤのような感覚がミラの心から離れない。
忘れるのって難しいとミラは思う。
「私が入れる日は来ないかもしれません……」
「……」
ミラはたしかにノルから突き放されたのだ。
いくら夢であってほしいと願ってもこれは紛れもなく現実で、真実なのである。
「その文献にはほかになにか書いてあったりしたのですか」
感情ごと切り替えるかのようにミラは話題を変えた。
「髪色が淡ければ淡いほど能力の強さも大きくなるとあったわ。椿国のある文献には白髪の乙女が国を護り導いたという記述も残っている」
ミラの家の書庫にないのであればよほど珍しい内容であるかそれなりの機密事項なのだろう。
当然だ。人の心の声が聞こえるならば国の転覆でさえ可能だ。
もっと言えば世界の支配も不可能ではない。
そんなガキみたいな野望は持ち合わせていないけどとミラは思った。
「『力の強さ』というのは、『相手がどのくらいの状況・感情ならば聞こえるか』というのが指標よ。段階としては、『大変危険→危険→ひどく不安→不安→安全→大変安全→安心→とても安心』。力が弱いほど、緊急事態にしか聞こえないということね。かの白髪の乙女は相手がどんな状態の時でも聞くことができたそうよ」
王妃様は紙に文字で指標を書いていく。
随分と大雑把な指標だなと思っていたら王妃様は眉を下げて笑った。
「ふわっとしているけど、人間の感情、その時の状態というのはかなり曖昧で複雑なの。それにこの能力についても事例が少なすぎてよくわかっていないことが多い。この指標だって正しいかどうかわからないわ。けれど私に当てはめるとすれば、相手が『安心』している時までといったところでしょうね。ミラはおそらく、『ひどく不安』から『大変危険』のどこかに位置しているんじゃないかしら。ノルの声が聞こえたのは、ミラの話を聞く限りあのままではノルの精神が壊れてしまう危険があったからかもしれない」
ノルがそんなことを思うほど追い詰められてしまっていたなんて、ダメな親ねといいながら寂しげに目を伏せる王妃。
たとえ血がつながっていなくても、彼女はノルを実の息子と同じように大事に思っているのだろう。
「ありがとうミラ。ノルを助けてくれて。ミラのおかげでノルは今心を保っているのかもしれない」
ミラは唇をかんで首を大きく左右に振った。泣きそうだった。
違うとミラは思った。ミラは何もしていない。何もできない。
守ることも引き留めることも拠り所になってあげることさえできず、ただ泣きじゃくって困らせるだけの無力な伯爵令嬢だ。
「私は、何の役にも立っていません。それどころか迷惑にすらなっていました。お礼を言われるようなことは何一つ、なにひとつ私にはないんです」
「……」
「……王妃様?」
「もう、あの子のことは嫌いになってしまった?」
「……」
「それともまだ好き?」
「どうなんでしょう」
ミラはわからなくなってしまった。
ノルのことも、自分の気持ちも。
「ミラちゃん、あのね、ノルは本当に言葉が足りない子なのよ。しゃべらないわけじゃないから、むしろよく口が回るから忘れてしまいそうになるのだけど、本当に大事なことほど言わないの。生きていたころ、アリアともよくそのことを話したわ」
「……」
「離宮にこそ遊びに行けなかったのだけど、これでもあの子の母親代わりとして、わたくしもあの子のことを見てきたつもり。丘に行くようになってからノルは本当にほんっとうに楽しそうにしていたの。私にはあれが嘘とは思えなかった」
王妃はそっと目を流す。
美しい金色が、さらりと伏せられる。
「それにね、あの選考会の日、本当は」
「……?」
「いえ、ここから先は本人に言ってもらいましょうか。私の口から言うべきではないわ」
そう言って、王妃はミラの後方に目を向ける。
色っぽい唇が、実に楽しそうに弧を描く。
隣で聞いていた王は、ふぉっふぉっふぉと笑った。
「そうでしょう? ノル」
つられて同じ方を見るミラの目に映ったのは、
オリバー第二王子殿下、その人であった。
王妃様、中々おちゃめな方ですね。
王妃さまとアリア様はとっても仲が良かったのです。
なんでも話せる親友のような、そんな感じです。
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