28 王2
いつもお読みいただきありがとうございます!
『愛してる』
音にはならず、声にもならず、ただ一人だけが聞き取れるはずのその言葉は、受け取る人のいない会場にそっと響いて誰にも聞かれることなく消えた。
「はぁああああああ」
ミラは王城へ向かう馬車の中で大きなため息をついていた。
「お嬢さま、いい加減あきらめてください。もうそろそろ着く頃ですよ」
ミラの斜め前に座るエマがやれやれという表情で首を左右に振る。
「だって、お父様もお母様も何も言わないんだもん」
出発前、ミラは父と母に見送ってもらったのだが両親は何も教えてくれなかった。どんな用事かは把握しているようだが。
ふたりの表情からは何も読み取れないし、ミラには状況を知る手立てはなにも無いのだ。
ため息も出るというものだろう。
そんなミラの心情むなしく、馬車は王城の車止めに停車した。
「よくぞ参った。面をあげよ」
ミラが通されたのは大きな部屋で、威圧感を与えない優しい色調で統一されていた。
久しぶりに聞いた国王陛下の声は相変わらずの柔らかい音色だ。
この言葉は「名乗っていいよ」という合図だとミラは知っているので、顔をあげて名前を告げる。
「お久しぶりでございます。ミラ=スチュワートです」
うむうむとまるでおじいちゃんが孫に向けるような表情で王は頷く。
「よいよい、楽にせい。ほれ、そこのテーブルのお菓子も食べてよいぞ。いちごだいふくとゆうてな、もっちりとした生地にあんこなるものの優しい甘さ、イチゴの甘酸っぱさが合わさって至福の味なのじゃ。『どるちぇ』の新作じゃぞ」
にこにこと顔を緩ませてそう言ってくれるので、ミラはそばにあった椅子に腰かけていちご大福を手に取る。椅子はふんわりしていて座り心地がいい。
いちご大福も大変美味である。
「本当に久しぶりね、ミラ。すこし背が伸びたんじゃありませんこと? 髪も美しく伸びて! しばらく見ない間に、大人っぽくなりましたわねぇ」
うふふとまるで親戚に久しぶりに会ったお姉さんみたいなことを言っているのは王妃様だ。
にこにこと優しく微笑んでいる。華やかなお顔をなさっているので誤解されがちだが優しく気さくな人である。
「今日は突然呼んですまなかったのう。ちょいとな、わしの息子のノルについて話があるのじゃ」
大福ににこにこしていたら突然本題にぶっ飛ばれてミラの顔は真っ青になった。
勘弁してくれとミラは思った。危なく大福が詰まるところだった。
「ああ、そう身構えるでない。ミラに何か非があったとかそういう話ではない」
まだ油断はできないものの、王の言葉にミラはほっと息をはきだす。
大福で死ぬのはいやだ。
「ミラももう知っておるじゃろう。ノルの近頃の待遇についてのことじゃよ。さびしい離宮で独りで暮らして居ることや『禍』討伐命令。ミラもわしらをいぶかしく思ったのではないかね? 王は、王妃は何を考えているんだと」
ミラはどう答えようか悩んだが、結局こくりと頷いた。
それを見て王も一つ頷く。
「そう思われても仕方ないじゃろう。だが、わしらはノルを嫌ってそうするわけではないのじゃ。その理由をおぬしを見込んで話したいのだがよいかの?」
ゆっくりと丁寧に王はミラに問いかける。
ミラはもう一度こくりと頷く。
「ミラはまだ知らないかのう。北の方にある、椿という国にな、『ウィザード』という魔法界の権威のような組織の本部があるんじゃ。ウィザードは魔法の研究・開発を日々進めておってな。世界中からたくさんの魔法使いが研鑽を積むためにウィザードを訪れると言われておる。まあ、魔法使いを生業とする者は我が国には少ないからピンと来ないかもしれん」
「それなら魔法を習うとき私の侍女が教えてくれました」
「ほう、その年ですでにウィザードを知っておるとは。優秀な娘じゃのうミラは」
「ありがとうございます。エマのおかげです」
「おお。でな、そのウィザードという組織にはいい面も悪い面もある。
それはそうじゃ。この世のすべての物事にはいい面と悪い面があるからの。その善悪は見る者によって変わる。立場、境遇、思想。人は皆それぞれじゃ」
「……見るものによって、変わる……」
「そうだ。その人の感情は、その人でないとわからん。その人の価値観もそうじゃ。全ての人間に、これはいい面だと思わせる絶対的なものは存在せぬ。そういう風に世界はできておる」
「……」
「まあそれでなあ、ウィザードの魔法の研究は日々我々の暮らしを豊かにしてくれるのだが、その研究に払われる犠牲というものがある。ノルはまさにその犠牲とさせられそうなんじゃよミラ」
「え?」
「犠牲じゃ。魔法が、より高みに上るための」
王の悲しげな声が広間に響く。
その穏やかな声の裏にはあまりにも大きな『心配』の二文字が見える。
間違いなくそれは親が子を思うときのものだ。
「ミラ。ノルは強すぎるのじゃ。わしにとっても王妃にとってもそれは少しもノルを怖がる材料ではない。しかしウィザードにとって、ノルは脅威なのじゃ。それと同時に研究対象でもある。ノルはウィザードに命を狙われているのじゃよ」
「……」
「あの力はきっと母親のアリア譲りのものなのじゃろうな。アリアの魔力も魔法もノルと同じようにあたたかくて優しいものだ。本当によく似ておるのじゃ」
隣で聞いていた王妃が懐かしむように頷いた。
ミラはそのことに少し驚いた。
「だからこそなのじゃろう。ウィザードはノルが欲しくてたまらないのじゃ。アリアを手に入れられなかったから」
ミラは思い出した。
側室様はたしかなくなられた後この王宮の中に埋葬されたはずだ。
墓荒らしなどが入れぬよう、外からは感じ取れない結界の魔法が何重にも張られ、場所も王族しか知らない。
たどり着くには特殊な詠唱をせねばならず、それも王家のみが知る。
そこは一年中、側室様が大好きだった雛罌粟の花に覆われているのだという。
そこまで厳重に側室様のお墓を護っているのは、ウィザードからの襲撃を防ぐためでもあったというわけかとミラは理解した。
「アリアが亡くなった後、わしらはノルを離宮に移させた。離宮は、王宮よりも少し頑丈な結界が魔法で張ってあってな、意識していないと見つけられないのじゃ。わしらも行かないようにしておる」
ミラは想像してみた。
あるはずのない離宮にあししげく通う王。しかし誰もそのことについて口を割らない。
なにかがそこにあるのはすぐに露見するだろう。バレバレだ。
「必然的に来客が減ってしまってのう。今でこそ仮面のようで笑うこともめったにないがのう。あんなにいい子で笑顔がチャーミングな人懐こい子はなかなかいなかった。ノルはずっと寂しい思いをしてきたはずだろうに弱音ひとつこぼさんで。ふがいない親じゃわしは」
「それならそうオリバー殿下に伝えればよろしいのではないのですか?」
「言えないのじゃ。あまり大っぴらに褒めると、優秀なやつがいると嗅ぎつけられてしまうから碌々(ろくろく)褒めてやることもできん。個人的に褒めようにも離宮に行けないし、ノルが本宮に来ているときは人の目があって言えん。謁見の間を二人きりで使える時間ごく僅かじゃ。業務連絡で終わってしまう。魔法や剣の稽古の時も一度見つかりそうになったことがあってな?」
ノルが宮廷魔法使いと騎士団部隊長を稽古で叩きのめした日に刺客が来たのだと王は言った。
幸いノルがいないと思ったらしくその場は何事もなく無事すんだというが、そのことがあってから王はいつも稽古の時は表情を動かさないようにしているのだという。
王が子に見せる顔で微笑み褒めれば、そこにいたのがノルであると気づかれてしまうからだ。
あれは失敗じゃった、と落ち込む王にミラは何と声をかけていいかわからず、とりあえず一番の疑問を聞くことにした。
「それは、今回のノル……いえ、第二王子殿下の『禍』討伐にどのように関係しているのですか?」
「おおそうじゃな。一番気になるはずじゃ。討伐はノルの旅行を兼ねたカモフラージュじゃよ。じつは『禍』はノルならば本当になんなく倒せてしまうものなんじゃ。普通の宮廷魔法使いとかであったら一師団はほしいところじゃが、ノルならばお供に一小隊でも多いくらいじゃ。だが、ウィザードはそんなことは知らないからのう。討伐に乗じてノルは行方不明になったことにして捜索範囲を広げる狙いじゃ。それにノルはアリアと自分の嫁さんと一緒に冒険の旅に出るのが夢じゃったからのう。閉じ込めるのは嫌なのじゃ。それは、飛びたい鳥を死なせたくないから籠にとどめる行為と同じじゃ。わしらは安心しても、ノルが幸せでなくては意味がないのじゃ」
王の目はあたたかく、声は穏やかだった。
深い湖のような青色の瞳がミラを見た。
「なぜ、殿下にそれを伝えないのですか?」
「敵を欺くにはまずは味方からじゃよ。これは鉄則じゃ。秘密の共有者は少ないほどいい。それに、離宮にはすでに内通者がおる。以前我が国の騎士団部隊長だった男でな。ノルに叩きのめされたアレじゃ。あのあとノルにやり返す機会をこっそり狙っておるのじゃ。もともと部隊長どまりがせいぜいの男での。何ができるわけでもないが」
「なぜ処分なさらないんですか」
「あれでも証拠はない。作ることもできるが、そうするとノルにばれる。作った証拠で罰するとノルはすごく怒って、しばらく口をきいてもらえんのじゃ……」
そんなバカっぽい理由で見逃されてるのか騎士団部隊長。
なんだか可哀想だなとミラはちょっと同情した。
「ノルに伝えるというのは、あやつに作戦を教えることと等しい。あやつが手引きする侍女や護衛や料理人は、みーんな暗殺者じゃ。わしらが信頼できるものを見つける段階で一歩出遅れてしまってのう。信頼できる臣下がいないと思われたのか、今では召使いはいらぬとノルに言われてしもうた。あの騎士団部隊長が不安を煽ったのもあるのじゃろう。ノルには出発直前にすべてを伝える予定じゃ。元第二騎士団長の男にはその日は出張命令を出しておるからな」
しょんぼりとうなだれる王。可愛らしいところがなんだかノルに似ているとミラは思った。
「では最後に。少ないほうが良い秘密の共有者の中に、なぜ私を?」
そう問うたミラを王は驚いたように見て、その高貴な色の目をぱちくりさせた。
「ミラはノルを好いてくれているのではなかったかね? 少なくとも丘での様子を見るに、わしはそう思ったのじゃが……」
そうですよね! 王様の大事なご子息ですもんね! 見張りの一人や二人や三人、いらっしゃいますよね! ってアホ! 人の告白覗き見てんじゃねーよ! 馬に蹴られるぞ! と思わず口に出してしまいそうになるのを、ミラはぐっとこらえた。
「それにのう、昨日ノルがおぬしの前で、ずいぶん優しい顔で笑っておったからじゃよ。しばらく能面のような表情じゃったノルが、アリアが生きておった頃のような顔をしておった。信頼するにはそれで十分じゃ」
そう語る王の顔には父親としてのノルへの深い愛情がたしかに見えた。
「加えてミラおぬし、少々不思議な力を持っておるじゃろ。自覚したのは最近かの?」
言い当てられてミラはぎくりと肩をこわばらせる。
なぜそれを知っているのかとミラは思った。
あれ以来めっきり聞こえていないが。
「当たりのようじゃのう。ふぉっふぉっふぉ。それについては王妃のほうが詳しいじゃろうから、聞くとよい。魔力の少ないものに稀に見られる性質なんじゃ」
王妃は淡い金髪に優しい水色の眼を持つお方だ。
それはそれはお美しい方だが、魔力の少なさゆえに王妃の席に座るまでに大変な努力をされた方でもある。
家柄は侯爵家なので問題なかったようだが。
側室様との仲も大変良かったことで有名である。
「そして最後の理由だが、ミラもノルの旅について行ってはもらえまいかと思ってのう。本当に強制ではないのじゃ。行きたくなければ、カイ宛に口止め料を支払っておくから問題もない」
カイというのはミラの父の名前だ。
つまりスチュワート伯爵である。
「だがな? ノルの夢はあくまでアリアと嫁さんと冒険の旅に出ることなんじゃ。アリアはどうしたって行けないからのう。せめて嫁さんだけでもと思ったんじゃが……」
王の言いたいことを正確に把握してしまい、ミラの顔はぼっと赤くなった。
もちろん二つ返事のはずだった。
昨日までにこの質問をされていたならば、だが。
「陛下、申し訳ございませんが、それはできません。両陛下とも昨晩の夕茶会をご覧になりましたでしょう? ノ……いえ、第二王子殿下は私のことをもう何とも思っていません。殿下にその気がない以上、私が殿下の妻になるわけには参りません」
なぜか王と王妃は顔を見合わせてクスっと笑いあう。
そしてまるで初々しいカップルを見るような目線をミラに投げる。
なんだその眼はぁ! と不敬にも張り手をかましたくなる目だ。
背中がこそばゆくなるのでのでやめていただきたい。切に。
「そうか。ようわかった。だがもし気が変わったら、必ず伝えるんじゃぞ?」
ミラが行きたくてもノルはそうじゃない。
王の言うようにミラの気が変わることはないだろうがミラはこくんと頷いた。
「来てくれてありがとのぅ。わしからの話は終わりじゃ。せっかく来てくれたし、もう少しわしらの息抜きに付き合ってくれんかの? 最近心がすさむようなことばかりでのう。癒しが欲しいのじゃ。気楽におしゃべりでもして、お菓子を楽しんでくれ。王妃の話も気になるじゃろうし、ゆっくりしていってくれ。安心せい。試したり駆け引きするようなことはせんよ」
王の素敵なお誘いにミラはこくこく頷く。
駆け引きもないとなれば少しは気が楽なので、ミラはありがたくその誘いに乗ることにした。
ちょっと長めでした(前回短かったので)
今話もお付き合いいただき、ありがとございます。
いいね、高評価、励みになっております。ありがとうございます!




