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24 第二王子オリバー=ウィステリア1

いつもお読みいただきありがとうございます!

遅筆で申し訳ない限りです…<(_ _)>

誤字報告、ありがとうございます!修正いたしました!



 出発まであと三週間を切った。

 ミラにも自分が第二王子で近々いなくなることをそろそろ伝えなくてはいけない。

 それを伝えて、ノルの立場が平民より弱いものだと気づいて、後腐れなくノルを捨てて、きれいさっぱり忘れてくれるのが一番いい。ミラの将来に影響を残したくはない。


 でも多分、怒って、泣いてくれるんだろうな。


 そう思えるほどにはノルも愛されている自覚があった。

 惚気? ああそうですが、なにか?


 けれど自分の想像通りなのであったらノルはミラに嫌われなければならない。

 徹底的に嫌われて、このロクデナシクソ王子!くらいには思ってもらえなければ、

 ノルとの思い出はミラを苦しめるかもしれない。


 100年の恋も冷めるほどのクズ男にならねば。


「ノル様、オーウェン殿下の婚約者選考会を兼ねた夕茶会の招待状が届いておりますぞ。必ず出るように、との王のご命令です」


 ノルが身支度を終わらせた頃、じいやがノルにその封筒を渡してきた。


「ああ、ありがとう、じいや。まだ時間外なのにわるい」

「とんでもないことでございます。わたしが好きで早く出勤しているのですから。本当は身の回りのこまごましたところも手伝って差し上げたいのですが、なにぶん不器用でして……」


 ずーんとうなだれるじいや。

 一度皿洗いをしてもらったら三枚ぐらい割って料理を頼んだら炭ができたことは記憶に新しい。


 侍女を派遣してもらえば済む話なのだが、来る侍女全員が料理にも柔軟剤にも果ては枕元の香り袋にまで毒だの媚薬だのを仕込んでいくのだから笑えない。

 5人目でじいやもノルもあきらめた。


 じいやのすごいところは卓越した美的センスと事務能力にある。

 じいやがダサいところも、仕事にミスをしたことも一度も見たことがない。


「じいや、その夕茶会の出席者リストと、その際に着ていく服を見繕っておいてほしい。日付は明後日のようだから」

「かしこまりました。何か要りようでしたら、なんなりと」

「うん。ありがとう」


 じいやのうれしそうな顔を見てノルはかすかに笑んだ。






「オリバー、なに笑ってんだ。気色わるいから引っ込めろ」

「ん゛っ、ごめんごめん。招待客リスト見てて、一番上に兄さんの長年の想い人がいるもんだから」

「おまえ、あとで覚えとけよ」

「はいはい」


 ノルとオーウェンの兄弟仲は悪くない。

 むしろいいほうだとオーウェンは思う。

 母親であるアリア様が亡くなってから、どこか影のある表情をしている弟を心配に思っていた。

 離宮での生活はうまくいっているのだろうか。

 侍女や料理人や庭師とはうまくやっているのだろうか。

 そこら辺の情報は、なぜかあまり入ってこない。

 顔を見に離宮に行こうと思うときに限って、急な会議が入ったり茶会の招待が来たりする。


 この前、オリバーは父に呼ばれていた。

 謁見の間から出てきたノルはひどく暗い顔をしていて、オーウェンは声をかけられなかった。

 その次の日オリバーの『禍』討伐が決まったと聞いて、驚いたのを覚えている。

 自分の謁見の日に父に理由を聞いてみてもはぐらかされるばかり。

 不安は拭えなかった。


 だからひっこめろとは言いつつも、アリア様が生きていたころのような笑顔が一瞬だけでもノルの顔に浮かんだことにほっとした。

 最近、表情のない中にもどこか明るさが垣間見えるようになってきて、オーウェンは嬉しかった。






 ミラが招待されていたことは知っていた。

 それなりに心構えもしているつもりだった。

 あの美少女が今日はさらにかわいいだろうというのは容易に想像がついたし見惚れて一言も話せないというのは困る。

 だって声も聞きた……じゃなくて、嫌われなければならないのだ。


 どんな『かわいい』が来ても大丈夫なように、脳内想像済みである。




 甘かった。

 ノルの発想は砂糖6つ入れたココアよりも甘かった。


「いや、ちょっと待て。ほんとに待て。ちょっと頭が追い付かない」


 ミラはすぐに見つかった。

 婚約者探しに来ている令息たちがいつ話しかけようかと遠巻きに眺めている様子がばっちり見えたからだ。

 男女問わずミラからほんの少し離れて、けれど離れすぎない位置に丸く円を描いて立っている。ちょっと異様な光景だ。

 ミラはどうやら、それが自分ではなくハミルトン侯爵令嬢への視線だと思っているようで暢気にしている。


 今日のミラはこの世のものとは思えないほど美しく、ノルはその場でわかりやすく見惚れた。

 幸い表情が微動だにしなかったので、周りには気取られなかったようだ。

 この時ほど、自分の表情筋を褒めたくなったことはない。


 いつも下ろしているセミロングの亜麻色の髪を低い位置で控えめにお団子にされている。

 ゆるふわな髪が自然に耳元に少し零れ落ちているのが、ほんの少しだけラフな印象を与え、柔らかそうな白い耳には金色のピアスが光る。

 すこし視線を横にずらすと、すっと通った鼻筋と淡く色づいた頬に魅せられ、

 深い琥珀の瞳と、瑞々しく濡れる桜色の唇から目が離せない。

 長いまつ毛がそっと伏せられ、夕陽に煌めく。


 宵闇のようなドレスとは正反対に白く光る雪のような肌と、柳を思わせる細い腰。

 そんな誘惑的な見た目によらず、まるで小動物かのような愛らしい笑顔。

 素直で、懐っこくて、けれどきちんと常識を弁えた態度。


 ミラと話すとすぐわかる、彼女の聡明さ。


 これはどうしようもない。むりだ。

 いつもあんだけ美少女で、こちとらようやく慣れてきたのにあんまりだ。

 野郎どものミラを舐めまわすような視線にイラつく。


「なんであんなにかわいくしてんの。誰に見せるためにかわいくしてきたの」


 ギュッとこぶしを握る。

 ミラはいつもノルを見ると嬉しそうに走ってきてノル、ノルと言って心底楽しそうに話す。

 思いを伝えてからは、緩みきった頬で愛しそうな眼でこちらを見る。

 キスすると真っ赤になって俯くのがかわいい。

 もしそんな表情(かお)が他のやつらに向けられたらと想像する度に、黒い感情に呑まれそうになる。


 ……いやそうじゃない。嫌われなくては。

 ミラのあの表情が誰に向こうが、それはいいことじゃないか。

 怒ることじゃない。


「なにぼーっと突っ立ってんだよ」


 兄のオーウェンが飲み物をとってきてくれた。

 ありがたく飲む。

 濃いめの冷たいブラックコーヒーだ。

 おかげでちょっと冷静になる。


 そのままオーウェンと話していたらミラとソフィアに一人の男が近づいていくのが見えた。

 エヴァンズ伯爵家のご令息、ハンスだ。

 自分がモテると信じて疑わず、どんな女も自分になびくと思っている。

 加えて甘ったるい気障なセリフとストーカー気質。

 顔はいいので確かに大抵の女性は惹かれる。


「まずい、ミラがあいつを好きになってしまったら……」


 好きになってしまったら、何がだめなんだ?

 俺はいなくなるのに。


 そんな思いの中、ノルは気持ち早足でミラのもとへ向かう。


 ノルがミラのところに着いたとき、ミラは壁に追い詰められ、ハンスはミラの細い手首をつかんでいた。


 それを見てノルの考えていたことは吹っ飛んだ。

 声にブラックコーヒーより黒い感情が乗りそうで、

 短く言葉を発してハンスの手をミラから引き剝がす。


「だれ?」


 ミラの驚いたような疑問を含んだような確信しているような顔を見てノルは脱力する。

 これは絶対わかっている顔なので小声で軽口を返す。

 ミラと冗談を言い合うのは楽しく、ノルは自然とまなざしを緩めていた。

 気が抜けていたに違いない。


 なぜか目のやり場に困るかのようにきょろきょろと視線を彷徨わせるミラ。


「ここにノルがいるなんて、思ってなかったから。あ、会えると思ってなくて。びっくりして、うれしくて。いつもと格好も違うし、かっこよくってその、驚いたっていうか。いや、いつものノルもかっこいいけどね!?」


 白い首筋と耳を真っ赤にして、焦ったように言う。

 ガードゆるゆるだったせいで、

 何の準備もできていないノルのハートに、そのセリフはクリティカルヒットである。


 かわいすぎないか?

 もーやだ。勘弁して。


 思わず口から本音が漏れる。

 ミラには一部しか聞こえなかったみたいで、目に涙をためて睨んで噛みついてくるのだが、

 ノルには上目遣い&ヤキモチのご褒美にしか思えない。


 自分の仕草が見るもの全員をぐっとさせ、

 とんでもない殺し文句を言っていることに、本人は露ほども気づいていない。


 ノルが第二王子だとは本当に知らなかったようで、放心したようにぽけっとした顔をした。

 どうやらハミルトン侯爵令嬢が黙っていたらしい。

 食えない方だ。


 呆然とした顔もまた可愛らしくて、ノルは笑ってしまった。


ノル、かわいいね(笑)

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