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21 ノルとミラ

※たぶんラブシーンは激アマの部類に入るかと思いますので苦手な方は回避をお願いします!

 その日、魔法の練習のためにいつもの場所へと向かったミラはいつものようにそこに一人の少年の姿を見つけた。


 ノルだ。名字は知らない。あるのかどうかさえも。


 手を振ろうとしてやめる。

 彼が何かに集中しているように目を閉じてたっていたからだ。

 後ろから驚かせてやろうと思った。ミラは気配を殺して静かにノルの隣に立つ。


 その瞬間、ノルは片方の手のひらを上に向け呟くように詠唱した。


「わが手にそなたの光を分け表し給え。”太陽(ソレイユ)”」


 ミラはとっさの判断で顔を手で覆った。

 あたり一面を()き尽くすかのような朱金の光がノルの手からあふれ出し、視界を埋め尽くす。

 眩しさで目も開けられない中、ノルの驚いたような声がきこえてきた。


「えっ! 何でここにいるの!? てかちょっとまっ」


 急速に光が薄れたものの、ミラの視界は未だ光の残像がちらちらと見える。

 ようやくノルの顔がしっかり見えるようになったとたん、すごい剣幕で怒られた。


「なに考えてんだ!? あぶないだろっ! 下手したら失明するほどの光だ! まともに見てたらどうなってたと思ってる!?」


 この前会った時と同じ、あまり表情の変わらない顔と声が乱れている。

 そして今気づいたのだが眼鏡がはずれて飛んで行っていた。

 言葉遣いも荒い。濡羽色の瞳が露わになり、ミラは一瞬目を瞠る。

 しかし本気で怒っていると一目でわかるその様子にミラはしゅんとうなだれた。


「ごめん。その、会えたのが嬉しくて、せっかくだし驚かそうって思った。ほんとに、ごめん」


 あまり表情に変化がないのだが、彼の場合、眉に思いっきり感情が出るようだ。

 ぎゅうっと眉間にしわが寄り、明らかに怒っている顔だ。


「……っ!」


 ミラはそのノルの顔を見てうつむいた。

 たしかに人にいきなりやるようなことではない。魔法を使っている最中にすべきことでもない。ここはきちんと反省すべきところである。

 そう。頭ではわかっている。


 好きな人に、嫌われた。

 顔をあげたらまた、あの目がミラを見るのだろうか。

 ユキナを嫌う、いつめんの子たちみたい目がこちらを向くのだろうか

 そう思ったら、怖くて顔をあげられない。


 そりゃそうだとミラは思った。

 魔法を邪魔されたあげく、馴れ馴れしく近づかれたら、いやな思いをするに決まっている。


 ミラは泣くのをこらえようと唇をかみ、手の甲の皮をつねった。

 ここで泣いたら、もっと嫌われるとわかっていた。ユキナの時もそうであったから。

 すぐに泣けばいいと思っていると言われる。そしてもう二度と話してくれなくなるのだ。

 ミラはそれがもっと嫌だった。


 それなのに


「……っ」


 なんで出てきてしまうんだとミラは己の涙腺を呪った。

 感情が昂ると意思と関係なく出てくる涙。うんざりだ、と思う。

 しかしそう思えば思うほど涙はとまらない。


 俯いてなんとか隠そうとするも、あふれる雫は留まるところを知らない。


「おねがい、見ないで……」


 どうか嫌わないで。


『きらわれ……た。また怯えさせた。怖がらせた。おれのせいで。なんでこうなる。どうしてうまくやれないんだろうおれは……』


 ノルの声だ。ミラはそう思った。


 紛れもなくノルの声だ。なのにノルの唇は少しも動いていない。驚きのあまり、ミラの涙が引っ込む。


『……仕方ない、か。あんなに強くて大きい魔法なんだ。怖いに決まってる。それが目の前で突然作動したら誰だってそうなる。おれだってそうなのに』


 ミラはわからなかった。なにが起こっているのかも、言葉の意味も、なにもかも。

 なにしろ生まれて初めての経験である。前世を含めても。

 腹話術とかはもちろん考えた。しかし今ここで腹話術する意味はなんだ。


『ばれたらこうなるってわかってたけど、ミラに嫌われるのは、結構きついな……』

「きらってるわけあるか!」


 わからなかった。

 ミラにはさっぱりわからなかったが、ノルの声で紡がれるその言葉に黙っていられず、とっさに声を出してしまった。

 やってしまったとミラは思った。慌てて口をつぐむ。


「え?」


 ノルは口をぽかんと開けて、驚いたようにこちらを見る。

 当然だ。ミラも何もわかってないのである。最近こんなことばかりだ。

 ミラは口を閉じたまま、フルフルと頭を振る。


「ミラ、いまなんて? 僕のこと嫌いになって泣いてるわけじゃ、なくて?」


 ノルが一歩一歩距離を詰めてくる。深い夜色の瞳がミラのすぐ目前にある。


「ち、近い近い近い!」


 たいへん心臓に悪い。鼻先が触れそうな距離に、ミラは観念して口を開いた。


「好きだよ! 嫌いになるのはありえないでしょ! どこに嫌いになる要素を見出せっていうの。ノルが私をウザいとか、馴れ馴れしい奴だと思うならまだしもウチからそう思うことはない」


 本心だ。


「無理して好きだなんて言うことない。あんなに強い魔法気味が悪いとか、暴走したらとか、怖いとか……。ただでさえおれは容姿で怖がられるから。だってほら、ミラも震えてるし」


『おれを好きな人なんて、会ったことないな。みんな怖がったり逃げたりはするけど。ミラは優しい、いい子だ。それにこんなに綺麗だ。おれ以外に友達もたくさんいるんだろうな。おれといてくれてたのが不思議なくらいだ』


 先ほどまでとは違う、困ったように下がった眉と震えた声。

 今まで『僕』だったのに『おれ』になっている。

 その声にかぶさるように、別のノルの声がする。

 なぜか、ノルの口から出る声とその別の声ははっきりと聞き分けられた。少し反響するようにミラの耳に届くからだ。


 ミラはある仮説に思い当たる。

 これは心の声かもしれないという仮説だ。

 そう考えるのが一番しっくりくるようにミラには思えた。


 ただ、今そんなことはどうでもよかった。

 ノルの瞳にあきらめのような彩が浮かんでいたからだ。

 それがミラはすごく嫌だった。ものすごく気に入らない。


 自分が誰からも好かれることはないと、そういうことを言いたいのだろうか。

 藍色の髪で濡羽色の眼でものすごく強いから、誰も自分を好きになることはないと、そう言いたいのだろうか。


「ふざけんなよ」


 ミラの低い声にノルがぐっと身を固まらせる。

 一瞬、間違えたと思った。ギャル時代の名残が出てしまったと思った。

 しかしやっぱり嫌われたというかのようにノルが落胆する表情にミラの中の何かが、ぷつっと音を立てて


 切れた。



「好きだよふざけんなノルのバカが。ウチの気持ちも知らないくせに。ウチがノルといるときどれくらい楽しいか知らないくせに。勝手に決めつけて勝手にあきらめて! 勝手に! ウチがノルを嫌いだなんて決めるな!」



 止まっていたはずの涙はやっぱり止まっていなかったようで、堰を切ったようにあふれ出す。

 ああ、最近こればっかりだ。くやしいばっかりだ。

 なんでこんなにミラには力がないんだろう。なんでこんなに優しくないんだろう。

 せっかく心の声が聞こえるのに、なにもできない。ミラにはなにもできない。

 ただこんな風に言うことしかミラにはできない。


「ウチがどんだけノルに救われてるのかノルは知らないだろ! 知らないくせに! 勝手に決めるな!」


 ノルは静かに目を瞠る。


「救われてる!? そんなわけない。こんな威力なんだよ!? その気になれば、誇張でも何でもなく国を吹き飛ばせる人間なんだよ!? 怖いとか関わりたくないとかならともかく、好きになる要素どっこもないだろ!」

「ばかにしすぎだぞこのバカ! ありまくりだわ!!」

「……っ!」


 

 ノルが、不意に泣きそうに眉根を寄せた。

 ミラは己の気の強さを呪う。

 

 どこの世界にケンカ腰で告白する人間がいるというのか。


 どうして自分は好きな人に、そんな顔をさせることしかできないのだろう。

 ノルに好いてもらえるどころか、きらわれていたっておかしくない。


 きっとフラれる。

 今のミラこそ、好きになる要素はどこにもない。

 ノルの心の声が聞こえなくたって、ミラにもそれくらいはわかる。


「ごめん。わすれて。帰る」


 それだけ言って、後ろを向いて、涙をこらえて歩こうとする。

 しかし手首をつかまれ、くんっと引っ張られた。

 思いのほか力が強くて、ミラは驚きとともに立ち止まる。


「いやだ。忘れたくない。帰んな」


 ぜんぶ却下されてしまう。


「ほんとに、俺が、こわくない……?」


 そう問いながら、ノル自身がその回答を聞くのを怖がっているように、ミラには思えた。

 だからミラははっきりと答える。最初からそう言っている。


「怖くない少しも。ほんの少しも怖くないよ」


 言い終えたときにはミラの目の前にノルのシャツがあった。

 全く想定外の状況にミラは固まる。一拍遅れて、抱きしめられていることに気づく。

 どうして? 自分はフラれるはずなのではないのか。


「ちょっ、くるしいよノル……」

「すきだ」


 今度はミラが目を瞠る番だった。


「すきだ。ミラは、ちがう?」


 二度言われ、それが聞き間違いではないことをミラは理解する。

 ミラは返事の代わりにノルの肩のあたりをべしべし叩いた。言えないからだ。物理的に。

 ノルが腕を緩めた。早く教えてほしいと言うかのように、じっと見つめられる。

 その藍色は、どことなく不服そうだ。


「すき」

「もっかい言って」


 ミラは真っ赤になりながらもう一度言おうと口を開いた。


「す……」


 言えない。物理的に。


「もっかい」

「す」


 今度は角度を変えて。

 やさしく、ミラの唇に触れるようなキス。


「まだ、ちゃんと言って」

「す、好き!」

「おれも好き」


 ミラはただ紅くなるほかなかった。

いつもお読みいただきありがとうございます!


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