20 ノル4
いつもお読みいただきありがとうございます!
あの日からノルは丘によく姿を見せた。
服装はいつもあんまり変わらない。
白い麻のシャツに、オリーブグリーンの綿のサスペンダー。
たまにサスペンダーが深いブラウンのズボンだったりするがそのくらいの変化だ。
ノルとミラは一緒に何かすることもあったし、各々で好きに過ごすこともあった。
最近は一緒に過ごすことが増えたかもしれない。
魔法の練習をしたり、もってきた本を読んだり、王都ではやりのバドミントンをしたり。
どれも楽しかった。
木陰に肩を並べて他愛ない話をしたり、野原を散歩しながらその日咲いた花を見たりする時間も好きだ。
「ミラ見て。紫苑が咲いてる。今日のミラの服と同じだ」
「そういうノルのシャツは今日の空と同じ色じゃん。清々しいね」
「これ、箪笥の奥に眠ってたやつ。今日はいい天気だったから」
一週間前の会話を思い出して、ミラはふわりと口角を持ち上げた。
「ミラ、なに笑ってんの。ぼくがいない間に何かいいことでもあった?」
ノルがほんの少し不機嫌そうにミラの顔を覗き込んでいる。
今日はいい風が吹いているから一緒に丘でお茶でも飲もうとノルと約束していた。
ノルが忘れものをしたというので木の下に敷物を敷いて待っていたのである。
「ん? んーん、ちがうよ。あ、いやちがくないか。ちょっと思い出してただけ」
ふーん、とノルは面白くなさそうに相槌を打つ。
思い出していたのは君との会話だよと言おうとしてやめる。
「ノルこそなに忘れたの?」
「ん、ああ、これこれ」
ノルが取り出したのはおいしそうなお菓子である。
さわやかにレモンの香りがするカップケーキに、サクサクのパイ生地に包まれたアップルパイ。それから、イチゴの乗った一口サイズのプチタルト
ミラの好きなアーモンドの入ったクッキーは、ココアとプレーンの二種類だ。
それらは一つ一つが宝石のようにきらきら光って見えた。
「え、え? なにそれ!? すっごいおいしそう! どうしたのコレ!」
白い肌を紅潮させて、琥珀の瞳を輝かせた。
前世のころから、ミラは甘いものに目がないのだ。
「ん、つくった」
「手作りなんてすごい!」
ノルのお母さんとかかなとミラは思った。
こんなに綺麗なお菓子を作る人、ぜひとも友達になりたい。
「だれがつくったの?」
「ぼく」
???
「だれが?」
「だからぼくだって」
あまりにもびっくりして、ミラは思わず二回聞いてしまった。
二回聞いても未だ理解しがたい。
天才か? 天才なのか?
ノルは7歳である。
ミラだって前世ではいろいろつくってたし、手作りお菓子もかなりの出来になる。
しかし7歳の時にはさすがに火と包丁は禁止だった。
「ひとりで?」
ミラがずっと驚いた顔をしていたからだろう。ノルは照れくさそうにそっぽを向いてむくれる。
「そうだよ……。なんか文句ある」
声は怒っているようだが、耳が真っ赤である。可愛い照れ隠しだなあとミラはにやにやしてしまう。
「ない! すごい! ガチすごい! わっ! おいしっ! 売れる! 売れるよこれ!」
ミラはアーモンドクッキーを一つ口に放り込んで、瞳をきらきらと輝かせべた褒めする。
だって本当においしいのだ。
手をとめることなく、次々にお菓子を口に運んでいくミラを見てうれしそうに眉を下げるノル。
「めっふぁくふぁ、ふぉいしい。むげんに行ける」
「ミラ飲み込んでから話しなよ。ゆっくりでいいよ逃げないから。じゃないと……」
ノルが言い終えないうちにミラはぐふっとせき込む。
「むせるよって遅かったか……。ちょっと待って。今お茶を……」
ノルはミラがもってきているはずの魔法瓶を探すがなぜか空。
ほかには茶葉しか見つからない。焦りだすノルをミラが手で制す。
それから、ミラは口の中のお菓子をごくんと飲み込んで、詠唱をはじめる。
「静かに燃える清浄なる炎よ、渇きを潤す清らかなる滴よ、今ここに、美味たる紅茶をもたらす湯を注ぎ給え」
詠唱とともに、ノルがもっていた魔法瓶の中に紅茶を淹れるのに最も適温であろう湯が注がれる。
そしてその湯を使っててきぱきと紅茶を淹れていく。
「どーぞ!」
差し出されたカップをおそろおそる受け取るノル。
淹れる工程はすべて見ていた。多分普通のお茶のはずだ。
「ぐっ!?」
瞬間紅茶を吹き出しそうになるノル。何事か! とミラが身を固くする。
もしやおいしくなかったのだろうかと少し不安になる。
「お、おいしい」
ノルはそれしか言葉を発せなかった。あまりにもおいしかった。
口当たりはほどけるように滑らかで、しかし後引くくどさは感じない。ちょうどよい温度に、ふわりと立ついい香り。
「ほ、ほんと!? 練習したんだよー! よかったよかった」
ちょっとやそっと練習したくらいで出せる味ではなさそうだぞ、とノルは思いながらも、ふんわり笑うミラに優しいまなざしを向ける。
そして飲んでいた紅茶の入ったカップを差し出す。
「ほら、ミラ、さっきむせてたでしょ。のどは大事にする。はいこれ飲んで」
「う、うん! あ゛り゛がど」
くぴくぴとのどを鳴らして、受け取った紅茶を飲むミラ。
飲み込むのに合わせて小さく動く彼女の白い喉元から、なぜだかわからないがノルは目を逸らした。
空になったバスケットを見てミラはしゅんと肩を落とした。
あんなにあったのに。
「……ノルのお菓子、もうない」
「また作るよ。ぼくなんかのでよければ」
誇らしそうなのに、どこか自嘲するような口調だった。
「……」
なんだかその表情を見ていられなくて、ミラはノルの肩をべしべし叩く。
「なんだよ、なにか不服なの……」
なおもべしべし叩く。
「……めっちゃうれしい……」
「ふーん」
何とも思ってなさそうな声。
けれどその唇はかすかに弧を描いているように見える。
ミラはノルの顔から視線を逸らした。
先ほどとは違う意味で、ノルを直視できない。
自分の鼓動が早くなっていくのがわかる。
「ミラはさ」
「…………」
「やさしいよね」
それはあなたの方だろうと、そう言おうとしてミラは逸らした視線を思わず戻した。
するとノルは、ミラが自分の方を向いたことにほっとしたように眉尻を下げた。
眼鏡の奥でノルと目が合う。
その深い藍色に、ミラは見惚れる。
どこまでも終わりなく続いているような、宇宙の色だ。
「それは……ウチのセリフ」
「ありがとう」
「……それも、ウチのセリフ」
「……」
ノルが微笑んだ。
はじめてみる表情だった。
なにか大切なものを見るような、やさしい表情だ。
その大切なものが自分のことならいいのにと、ミラは思った。
「……楽しみだな。次のノルのお菓子も」
「今度はむせないでね」
「二度は繰り返さない……」
「ほんとかな……」
ふたり笑い合った。
丘では今日も穏やかに風が通り抜けていく




