2 ギャル転生2
いつもお読みくださり、ありがとうございます!
目を開けるとぼんやりとピンク色が見える。
自分はなんともあたたかく心地の良いものに包まれていて、どことなく懐かしい。
ここは……
「……はっ!」
バサッと音を立てて、やわらかそうな羽毛布団が床に落ちる。
その音で、意識が急速に覚醒する。
そうだ。ユキナは先ほどトラックに轢かれたのだ。
「……え?」
しかし目に入るのは、ピンクの壁にピンクのベッド、ピンクの……
「うーわ。なにこれぇ……。趣味わる。てゆうかここどこよ」
世の中にはこんないかにも健康を害しそうな病室があるのだろうか。もうすでに気分悪い。
そんなことよりまずは母さんに連絡しなくてはなるまい。きっと心配をかけてる。
おんなじグループの子はことあるごとに親がウザいというが、ユキナはそうは思わない。掃除も洗濯も弁当も、やってくれているのは母さんなのである。
母親は偉大。親は大事に。これ重要。
「てかウチ今日洗濯物の当番じゃん。さぼっちゃったなー。……早めに謝れば姉ちゃんも怒らんか?」
謝罪は早いうちに。ユキナはそう決めている。
まわりを見渡すが、かばんは見当たらない。携帯ももちろんない。運ばれたときに落としてしまったのだろうか。
結構ショックだ。あの携帯電話のカバーの中には姉ちゃんとの写真も入っているのだ。
「は? なにこの服。明らかに病院服じゃないし。うぇ、りぼんフリフリ。寝づらそう……」
それに、なんだろうこの髪は。
確かに髪は明るい色をしていたが、こんなにきれいな亜麻色ではなかったはずである。
しかも髪質があまりよくない。ぱさぱさしている。
おそるおそる部屋の鏡をのぞきこんでみる。
そこには、亜麻色のセミロングに深いブラウンの瞳の女の子が映っている。
「だれ……? これ」
鏡に映る顔は結構な美形だ。
しかし髪はぱさぱさで、肌もがさがさしている。
おまけに一番最悪なのは、顔を塗りたくるような厚化粧だ。
もはや元の肌が何色かもわからないようなベタベタな白粉、けばけばしい真っ赤な口紅に、極めつけは濃い青のアイシャドウだ。
こんなにひどいメイクは初めてだ。幼稚園児でさえもう少しうまくやるだろうというような。
これにはオシャレ番長であったユキナの矜持が激しく損なわれた。
「いや、そうじゃなくて。ほんとだれ?」
……コンコン
「失礼します、お嬢さま」
控えめなノックとともに、困り顔のお手伝いさんみたいな女性が入ってくる。
おい、だから誰よとユキナはそちらを向いた。
「お嬢さま、熱はもう大丈夫なのですか?」
言語は通じる。異国風の内装だったので、少し心配だったのだ。
「ええっと、質問なんですけど、ココ、どこですか? あと、私の名前は? 年齢は? 教えていただけませんか?」
するとお手伝いさん的な人はコイツなに言ってんだという顔をし、ついで何かに気付いたようにはっとしたような顔をした。
「お、お嬢さまが、敬語を使った……?」
「驚くとこ、そこ!?」
あまりの驚きに、ユキナの口から年上相手とは思えないような砕けた言葉が飛び出す。
こんな失礼な物言いでは初対面で嫌われてしまう、とユキナは焦る。
しかしそんなことは気にしていないかのようにそのお姉さんはきちんと答えてくれた。
「お嬢さまのお名前はミラ=スチュワート。御年八歳でございます。
ここはウィステリア王国のスチュワート伯爵家、のお嬢さまのお部屋、です」
何かの試験ですか? と少し怯えたように聞いてくる困り顔のお姉さん。
ユキナ、いや、ミラは唐突に理解した。
これは私、異世界転生というやつをしてしまったのではなかろうかと。
前の席の前田がこういう話が好きで、ユキナによく話してくれたのだ。
ユキナもだんだん興味が湧いてきて、最近は携帯小説に夢中である。
この感じはいわゆる『転生していた』のテンプレートだ。
異世界転生してしまったということは、向こうのユキナは死んでしまったということか。
前田に携帯小説の感想くらいは伝えてから死にたかったなとユキナは思った。
前田の話は面白かった。たまに早口だったりしたが、基本伝わるように話してくれた。
三国志の陸抗が『推し』らしい。
前髪が長くて、眼鏡。
ほかのやつらにはなぜかウザがられてたけれど、その理由はいまいちユキナにはわからなかった。
眼鏡外して前髪あげたら、みんなが好きなアイドルグループみたいな華のある顔をしていたし、性格もよかった。成績もよかった。何が悪いというのだろう。
だが今はそんなことを考えている場合ではない。
「ええっと、そう! そうでしたね! わたし、ミラでしたよね! ほんと、なに言ってんだろ!」
焦って声が上ずっている! お、落ち着けおちつk……
ユキナ改めミラの反応を見て、お姉さんはずいぶん怯えた表情をした。
なぜだかわからない。思い出せない。ユキナの記憶がよみがえるまでの私の行動が、わからない。
「あの、わたし、何かしてしまったのですか? 覚えていないので、教えてほしくて……。ぜ、絶対に怒りません! ほんとうにわからなくて!」
ミラの切実な訴えが届いたらしい。お姉さんは怪訝な顔をしながらも答えてくれる。
「お嬢さまは、昨日はじめて出たお茶会で出された菓子を『不味いわ』と言って地面に捨て、『紅茶を淹れなおして』と言って私にぶっかけ、通りがかった王子殿下に媚びを売ろうとしたところ、滑って転んで頭を打ちました」
めっちゃやらかしてるじゃんとミラは頭を抱える。
てか、食べ物捨てるんじゃない。もったいないお化けが出るんだぞ、と以前のミラを叱る。
しかしこのお姉さんけっこうズバズバものをいう人である。
おばあちゃんのおはぎ落としたことがあるユキナには大打撃を与えるものであった。合掌。
ミラは、とりあえず謝ろうそうしようと必死に冷静になろうと試みた。
困ったことにお姉さんの名前も思い出せない。
ユキナの部分が大きく出てしまっているのか、それとも最初から記憶になかったのか……
前者であることを祈りたいものである。
「ご、ごめんなさい。食べ物も粗末にして、あなたにも、とんでもないことをしてしまったみたいですね。もう二度としません」
「お、お嬢さまが…、謝った…?」
だから、驚くとこそこでいいんだろうか。
そう思うが同じ轍は踏むまい、ミラはツッコミを飲みこんだ。ユキナである頃の反射で、ついそうしてしまいそうになるのである。
「もし、もしいやでなかったら、名前を教えていただけませんか? どうしても思い出せなくて」
お姉さんはぽかんと口を開けてミラのほうを見ていたが、そう聞くと困り顔のまま仕方なさそうに笑って教えてくれた。
「私の名前はエマ=ステラです。年は15。お嬢さまの侍女を務めております」
「ありがとうございます。エマ。丁寧に教えてくださって。さっきのことも、言いづらいことだろうに、包み隠さず教えてくれて助かりました。いままで本当にごめんなさい。
あらためて、よろしくおねがいし……てもいい……?」
もういやになってしまったかもしれない。そう思っておそるおそる尋ねてみる。
「もちろんですとも。大丈夫ですよ。怒っていません。それに、お嬢さまがかけた紅茶、ぬるかったですから」
そういって苦笑するエマさんに心から感謝。
感謝は口に出して伝える。姉ちゃんの教えである。
「本当にありがとうございます。エマさん」
そういって笑ったら、エマさんも笑い返してくれた。
エマさん、強い…!