17 ソフィア=ハミルトンという侯爵令嬢
ソフィア視点です。
ソフィア=ハミルトンは侯爵令嬢である。
四大貴族家の一つ。
王家から農林水産を一任され、ウィステリアの食糧庫と呼ばれる豊かな穀倉地帯『バスケット・オブ・グレイン』を治めるハミルトン侯爵家。
その一人娘として生まれ、自由にのびのびと、ただし決して甘くない教育を受けて育った生粋のお嬢さまである。
今日は茶会だ。ソフィアが開いた。
土をいじるのはいいことだがたまには貴族としての責務を果たすようにと父から言われているからだ。
この前開いたばかりな気がする。次は来年とかでもいいかしら、とソフィアは思う。
面倒くさいのだ。茶会は。
最初に顔を見せたのはミラ=スチュワート、伯爵家の令嬢だ。
彼女は前回のお茶会でお菓子を地面にぶちまけた令嬢だったし、以前の服装や化粧はあまりに派手で、自分とは仲良くなれそうにないと思っている人物だった。
自分を良く思わない人間と一緒にいても疲弊するだけだ。
それに食べ物を粗末にする人は好きではない。
不自然にならないように徐々に距離を置くことにしようと招待状を出すのは今回までのはずだった。
そう思っていた。
顔を合わせてすぐに驚くことになった。
挨拶の後まず真っ先にきちんと正面から心のこもった謝罪をし、一切言い訳をしなかった。
それに加えて、出席者がみんな到着したときを見計らって謝るようなずるい真似もしなかった。
その時点ですでにソフィアのミラに対して悪感情はほとんど消えていた。
謝れる人間は貴重だ。
まっすぐな謝罪、それだけで修復する関係は腐るほどあることをソフィアはよく知っている。
もともと何事にもそこまで頓着しない家系だし、ソフィアもそういう性格だ。
彼女の姿をまじまじと目に映してさらに驚いた。
以前着ていたようなフリルやレースやリボンがたっぷりと付いたドレスではなかった。
瑞々しい夏の空のような、浅葱色のシンプルだが品のいいドレスだ。
デコルテのレースからちらりと覗く雪のように白い肌は、荒れひとつなく美しい。
およそ8歳とは思えない優美な動きでシフォンのスカートを音もなく揺らす。
まだあどけなさの残る顔に、艶めく薄い唇は皐月に咲く花の色。
吸い込まれそうな深い琥珀の瞳は、以前にはなかった、どこか根性の座ったような彩をたたえている。
亜麻色の髪は編み上げられてなお絹糸のような美しさを失わない。
露わになった美しいうなじがどことなく扇情的で、ソフィアはごくりと喉を鳴らした。
この場に男がいたのなら、間違いなく襲い掛かるだろうという確信があった。
それほどに美しかった。
その後もソフィアはミラを嫌いになるどころか、むしろ好ましく思っていった。
毎日努力して身に着けたカーテシーを一切の下心無く素直に褒めてくれた。
日々庭師とともに丁寧に手入れをしている庭を心から楽しんでくれていた。
突然だが、ハミルトンの魔法適性は土である。
当然、農業や庭仕事などで才能を開花させるものは多くいる。ソフィアもその一人であった。
しかし土というと、汚れたり虫に遭遇したりするので大多数の女性は嫌がる。
庭仕事を楽しみ、将来も土に触れる生活がしたいというソフィアをバカにする人間も少なからずいた。
今回のお茶会だって、みんなソフィアのもてなしを楽しみたいのではなく、下世話な噂話や、別の令嬢の悪口に花を咲かせたいだけなのだ。
そんな中
「わー! 八重咲のばらだ! しかも綺麗なオレンジ!」とか
「おっ! ジニアだ! やっぱり寄せ植えは壮観だなー」とか
「テーブルの上の花、趣味いいー! ニリンソウじゃん!」とか
ぶつぶつ言いながらあちこち興味津々で動き回るミラの姿がソフィアにとってはこの上なくうれしかった。
そんな久々に楽しい茶会でソフィアには一つ懸念があった。
スチュワート嬢もほかの令嬢たちのように土を嫌いに思っていたらどうしよう、ということだった。
今まで自分の好きなことを貫いてきたソフィアだったが、自分が気に入った人間が自分の好きなことを否定したらと思うと憂鬱だった。
普段ならそんな不安はものともしないソフィアだが、その前の日に運悪く、他家の令嬢が自分の陰口を言っているのを聞いてしまった。
いくら図太い性格だとは言え、これでもまだ8歳である。
純粋な悪意をまえにしてソフィアの心もさすがに傷ついた。
だからだろうか。
彼女に自分の欲しい言葉を求めるのは間違っているはずなのに、ついソフィアはミラに土は嫌じゃないのか、と尋ねていた。
聞いて後悔した。
嫌だとか触りたくないとかいう言葉が帰ってきたら、今度こそ間違いなくソフィアの心は折れてしまうだろう。大好きな土いじりでさえ嫌いになってしまうかもしれない。
怖かった。聞きたくなかった。できるものなら逃げ出したかった。
しかし出てしまった質問はもう取り消せない。ソフィアは耳をふさぎたくなる衝動を必死にこらえて返答を待った。
「どうして土を嫌がるんです?」
心底不思議そうにミラは聞き返してきた。
ソフィアは多くの令嬢は土が好きではないことや馬鹿にされることもあると説明した。
しかし返ってきたのは突然の告白。食べ物の好き嫌いの。
「私実は、ニンジンが苦手だったのです」
唐突にそう切り出した彼女に理解が追い付かず、は? と素っ頓狂な声をあげてしまう。
でも仕方ないだろう。ソフィアは好き嫌いの話などしていない。
そんなソフィアをよそに彼女は話を続ける。
この家のお茶会で出されたニンジンケーキがびっくりするほどおいしかったこと。
それに動揺してフォークを落としたこと。
そのことでさらにうろたえて、お菓子を地面に捨て、侍女に紅茶をぶっかけてしまったこと。
その場を国のお偉いさん(第一王子)に目撃されて、焦った末のことの顛末。
下手をすれば死ぬという恐怖に凍えそうになったこと。
ケーキを褒めてくれたのはうれしかったが、どうしてミラが今ソフィアにこんな話をするのかさっぱりわからない。
結局何が言いたいんだとソフィアが問うと、いらないことまで話してしまったというかのようにヘラっと笑って彼女はその言葉を告げた。
「汚いわけ、ないんです」
ごく当たり前のことを再確認するかのような口調だった。
本当に彼女は以前の彼女と同じ人物なんだろうかと、ソフィアは思わずにはいられなかった。
だとしたらどうして、彼女の言葉はこんなにまっすぐに響くんだろう。
「誰も気づかなくても、私が気づきます。誰も言わないなら、私が言います。あなたも、土も、とても綺麗です」
その言葉には一切の含みも悪意もなく、綺麗なものは綺麗だと、ただそれだけだった。
それが嬉しくて、くすぐったくて、照れくさくて。
ソフィアはずいぶん久しぶりに、愛想笑いではない微笑みを浮かべた。
ミラがとてもやさしげにこちらを見、つられたように笑う。
同性の自分でも思わず見惚れるほどの、梅のつぼみがそっとほころぶかのような、そんな繊麗な笑みだった。
皆でテーブルを囲んだ。
第二王子の見目のよさと能力はほめるくせに、出自を卑下することになんのためらいもない令嬢たちの会話にソフィアはうんざりとため息をつきたくなった。
さすがにここでそれをするわけにはいかないけれど。
そんな中、明らかに会話の流れをぶった切ってミラが紅茶のお代わりを申し出た。
少しわざとらしすぎたか? という感情が一瞬だけミラの琥珀の瞳に浮かび、消える。
ミラの気遣いがうれしかった。気づいたらソフィアは名前呼びを提案していた。
断られるかもしれないと内心ひやひやしていたが、ミラはあっさりと承諾する。
自分のことも名前で呼んでほしいというミラの言葉に浮かれ、声が上ずってしまったが今はそんなことはどうでもよかった。
あんなに面倒だと思っていた茶会は、ただひたすらに楽しいままに過ぎていく。
さて序盤に説明したように、ハミルトン一家は何事にもあまり頓着を持たない性質の家として有名である。
それは偏に彼らの専売特許の産業である農業の性質による。
農業や庭仕事に従事する者の多くは、それ以外の何かに肩入れできるほど暇ではないのである。
よほどの高位の魔法使いでなければ農地に影響を及ぼせるほどの魔法で天候を操ることなど不可能であったし、作物全てに魔法をかけるのはどれほどの魔力をもってしても無理だったから、人々は常に天気の動向をチェックしていたし暇さえあれば畑や庭の様子を見に行った。
そうまでして人間が手をかけなければ、畑も庭もあっという間に荒れてしまう。
そしてそこまでしたからこそ、ハミルトンは侯爵家たるともいえる。
しかし、少しばかり厄介なことに。
何事にも頓着しない代わりに、目をかけてこれと決めた者に関してはあの手この手で篭絡し、絶対にそれを逃さない。
そんなちょっと困った性質を持つ家系でもあることを、亜麻色の髪の少女は今後身をもって知ることになるが、それはまた、別のおはなし。
ソフィアはとっても友達を大事にするタイプです
けれど表面では結構あっさりしてるタイプの情に篤い子です。
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