15 侯爵令嬢ソフィア=ハミルトン2
いつもお読みいただきありがとうございます!
ハミルトン伯爵家には10分前についた。
遅刻は言うまでもないが、あまり早く着きすぎても主催する家にとって迷惑だからちょうどよい時間になるように調整したのである。
すでに門の前ではハミルトン侯爵令嬢が出迎えている。
今日はほかにも招待客がいるが、まだ来ていないようだった。
ミラは侯爵令嬢の前に立ち、エマに習ったお辞儀をとる。
「お久しぶりでございます。スチュワート伯爵家のミラ=スチュワートです。本日はお招きいただき、ありがとうございます」
まずは挨拶。そしてすぐに謝罪。
真摯な態度は巧みな弁に勝るというのは前世の母から学んだことである。
「前回の無礼な態度の数々、改めて謝罪申し上げます。本当に申し訳ありませんでした」
顔をあげると侯爵令嬢は一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐにほんわかとした笑顔に戻った。
「お久しぶりです。ハミルトン侯爵家のソフィア=ハミルトンです。本日はご足労いただき、ありがとうございます」
8歳らしいたどたどしさで、しかし一度も噛むことはなかった。
ソフィアが見せたお辞儀は驚くほど美しく、ミラは見惚れた。
「あの、なにか気になることでも?」
ミラの視線に気づいたのか、ソフィアが問うてくる。
「い、いえ! その、あまりに綺麗なカーテシーだったから、見惚れてしまって……」
取り繕うところでもないので、慌てながらも正直に答える。
するとソフィアは白い頬をさっと薄紅に染めて、お礼を言った。
「あ、ありがとうございます……」
「あーっ、かわいいぃ」
「へ?」
「いえなんでもありません」
友達になりたいと思うものの、前回ひどいふるまいをしたミラにはソフィアと仲良くなれる方法なんて思いつかなかった。
せめてこれ以上印象を悪くしないようにすることしかできない。
「それでは庭に案内しますわ」
思案するうちに今回の茶会の出席者はみんな集まり、ミラはソフィアに連れられてお茶会の席に向かった。
「ここがわたくしの家の庭です。今はちょうどバラが見頃を迎えていて、わたくしも世話を手伝っているんです。ぜひご覧になって行ってください」
「ほおお……」
庭に入ってミラは思わず感嘆の声を漏らした。
よく手入れされた見事なバラは朝露に濡れ、庭の一角に植えられた百日草は様々な彩があでやかに咲き乱れている。
その庭の中央に用意されたアンティークの白いテーブルと椅子。
テーブルには赤いギンガムチェックのテーブルクロスが引かれ、この庭のものだろうニリンソウが控えめに飾られている。
「ハミルトン侯爵令嬢様、この庭、とても素敵です!」
ミラは目を輝かせながらソフィアの方を振り向いた。それを聞いてはにかむソフィア。
しかし興味なさげに庭を見回す他家の令嬢に目をやり、俯いてしまった。
「……土は、お嫌ではございませんか?」
不意に寂しそうにそう尋ねてくるソフィア。
ミラはその問いの意味を本気で理解できずに首を傾げた。
「どうして土を嫌がるんです?」
ミラは質問に質問で返してしまったことに気付いて、あわてて続く言葉を探した。
しかし、出そうとした言葉はソフィアの言葉に遮られた。
「だって、汚れるし、虫だっているし、園芸や農作業の服はカッコ悪いと皆さんおっしゃいますわ。そんな仕事を進んでやりたがるわたくしを、多くのご令嬢は汚いものを見るような目でご覧になります。実際に汚いと言われたこともございます。わたくしは、土も、虫も、服も、ちっとも苦に感じませんが、世の中の一般的なご令嬢はそうではないとそのときに実感したのです」
どこか自嘲的なあきらめたような表情で、寂しさと悔しさがないまぜになったような色彩を瞳に浮かべてソフィアはそう述べた。
いやだ、と思った。
彼女の顔が曇るのが、いやだと思った。
「ハミルトン侯爵令嬢様、わたし実は、ニンジンが苦手だったのです」
「……は?」
突如何の脈絡もなくそう切り出したミラに、ソフィアは怪訝な顔を向ける。
まったくもって当たり前の反応である。ミラも意味わからない。
しかしそのことを気にしないことにしてミラは続ける。
「私は平凡な人間、いえ、正直に申し上げて、わがままで好き嫌いばかりだったどうしようもない人間ですね。それはハミルトン侯爵令嬢もよくご存じでしょう」
ソフィアは気まずそうに目を逸らし、ええ、まあ、と歯切れ悪く言った。
どうしよう自分でも何言ってんのかわからない。
自分の説明力の無さに半ば絶望しつつミラは続ける。
「え、ええっと、けれど、前回お茶会で出されたお菓子、――ニンジンケーキでしたよね。
あれを食べてびっくりしたんです。あまりにもおいしかったから。その……フォークを落としてしまうくらいに」
ソフィアは何かに気づいたように伏せていた目線をあげる。
なんて賢くて頭の回転の速い人だろう。なんとか伝わってくれとミラは願う。
「やってしまったと思ったのです。フォークを落とすのはかなりのマナー違反。それでも、給仕さんを呼んで何事もないように新しいフォーク取り換えてもらえば何の問題もなかったのに、動揺した私には、それができませんでした」
うそではなかった。これはミラが転生したときに残っていた記憶と感情だ。
ソフィアはじっとミラの横顔を見つめ、話を聞いている。
やはり彼女はいい人だ。こんな話をちゃんと聞いてくれる人だ。
「あんなにも感動したお菓子を「まずい」と言って捨てて、すぐに後悔しました。あげく、うろたえて自分の侍女に紅茶をかける始末です。それを国の物凄く偉い人に目撃されたんです。首が飛んでもおかしくなかった。ふがいないことこの上ありませんが、なんとか挽回しようと焦って。そのあとはまあ、あの、言わなくてもいいですか……」
死の恐怖に凍えそうでした、ミラはおどけた。
そうしないと今は、自分のやったことを思い出してそのバカバカしさに凍えそうなのである。
「――結局、なにがおっしゃりたいのです?」
言葉の真意を測りかねたようにソフィアはミラにそう問いかける。
いらないところまで話したことにミラは気づいた。とりあえずヘラっと笑う。
笑ったことで生じた少しの時間でミラは何とか落ち着きを取り戻した。
当たり前のことなのだ。何も難しいことはない。そのまま言えばいいのだ。
この人はちゃんと聞いてくれる人なのだから。
ミラは自分の言葉の意味を確認するように、自分の中に落とし込むように口にする。
「汚いわけ、ないんです」
ソフィアは何も言わなかった。
けれどそのこぶしが、何かをこらえるようにきつく結ばれる。
「私が生きているのも、お腹いっぱい食べられるのも、すべては土のおかげです。そして私の好き嫌いがなくなったのはあなたの料理のおかげです。ハミルトン侯爵令嬢」
「……」
「だから、改めて、ごめんなさい。それから……」
「?」
「ありがとう」
ソフィアの瞳が、そっと見開かれる。
ああ綺麗だと、ミラはそう思った。なんて明るくたくましい、大地の色だろう。
「誰も気づかなくても、私が気づきます。誰も言わないなら、私が言います。あなたも、土も、とても綺麗です」
「わたくしが……綺麗?」
ミラは肯定の意味を込めて、そのとおりと大きく頷く。
それを見たソフィアは、まるで夜露に濡れた朝顔が朝日に照らされて花開くように、それは美しい笑顔を見せた。
ミラはしばらくの間その笑みに見惚れ、つられて笑ったのだった。
加筆修正に伴い、台詞等変わっています。
いつもお読みくださっている皆様、本当にありがとうございます!
「ミラ、がんばれー!」
「いつも楽しく読んでるよ」
「睡眠はしっかりとりやがれ」
等々思ってくださった方、ありがとうございます
よかったらブクマ、いいね、ご感想ください
そしてもし、「作者、やるやん」と思ってくださいましたら☆5つ、ぽちりとお願いします。
作者のモチベーションが上がります。




