Ep.1 【 空中庭園 】
遥か太古の昔、神すら見放す様な荒れ果てた大地を一人の存在が救済する。
自身の持つ全ての力を使い、生き残った極わずかな人間を救う為に空中へと大地を作りそこへ人を住まわせた。
それはもう何十万年も前の話。そして、この浮島に格差が生まれたのはつい最近の話だ。
千年と少し前に、島を浮かせる力について研究している者たちの誰かがふと誰かが疑問に思った。
「 何故浮島に上層と下層が存在するのか 」
それは特に何も考えずに出た他愛ない疑問。その時は上層も下層も関係無く、分け隔てない関係を築いていた。しかし上層へ行くほど物資は豊かで恵みある大地。下層に行くほど大地は汚れ作物もまともに育たない。
この議論は差別を生むとして直ぐに取り下げられたが、一人の悪巧みよって世界は一変した。
その者は上層と下層で与えられる恩恵の違いは、神の血を引くものとそうでない者の格差だと言い張り宗教の様なものを作った。
その結果、言葉に納得させられた信者達が次々と差別の片棒を担ぐようになり、短期間で大きな格差のあるピラミッド社会が誕生する。
最初は異論を唱えていた者たちも、上層の恵まれた恩恵と力により抑え込まれ為す術なく下層へと追いやられてしまい、差別を当たり前とする世界となってしまった。
神はそんな世界を望んだのか?否、ただ救済の為に天空へ人を逃がしたのではないのか。深淵に存在する、人類では抗えない程の化け物達から逃がす為に。
だがこんな事を声を大にして言えば直ぐに上層の者が口を封じに来る。奴等の自分たちの事を貴族と呼ばせ、プライドが高く自身の存在を至高だと思い込んでいる。実際、下層の人達よりも強い力を持つ事は確かだ…しかしそれは下層を差別する理由になっていい筈がない。
だが抗う術も力もない者達は、それを受け入れるしか無かった。
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《 第七空中庭園 アリア・イル 》
庭園は基本的に最上層、上層、中層、下層、最下層の五層に分けられている。
最上層王族とその血に近しい者達のみが住める、人口13万人の島の0.1%以下の存在だ。
上層。貴族たちの住まう場所であり、奴隷を持つ事も可能な区域。人口の約5%がこれに値する。
中層。いわゆる一般人達の層。ここの人口が最も多く、暮らしていくなら特に不自由は無く、人口の約70%が住んでいる。
下層。最低限の人権は保証されているものの、労働力として大半が雇われている。給与は中層と比べかなり少ない。人口の約20%が分類されている。
そして、最下層。ここには人権など存在せず、環境の悪い中で炭鉱や鉱山に潜り鉱石などを掘って生計を立てる。給与は雀の涙程度で、奴隷を調達する為にここから攫うことが良くある。残りの者がこの層にに住んでいて、俺もそこの住人の一人だ。
「お兄ちゃ~ん、起きて?」
最下層では陽の光は殆ど届かない為、鳥が囀る声で朝を把握している。ゆさゆさと身体を揺らされ、目を擦りながら上体を起こした。
「 ふぁ…おはよう、ニア 」
俺の妹であるニアは、兄が起きたのを見て満面の笑みを浮かべる。
「 も~、お兄ちゃんは何歳になっても朝弱いんだから!」
ぷんすこ、と擬音が出そうな程に腰に両手を当てて可愛らしいむくれ顔を向けてくる。
ニアはまだ11歳。2歳しか変わらないが遥かに俺よりしっかりしている。実は本当の妹と言う訳では無く、まだ俺が幼い頃に家の前に捨てられていた子供で自分の母が引き取ったのだ。子供が出来たのは良いものの、稼ぎが無く捨てられる何て事はざらにある。拾われるなんて事は滅多に無い故に、ニアはとても幸運だった。
「 ははっ、ごめんごめん…さ、朝ご飯を食べにいこう」
うん!と元気よく返事をしたニアの後ろについて行き、小さな机に置かれた食事が目に入る。
いつもと変わらず質素なパンとスープ。しかし毎朝ご飯が出てくるのは最下層ではかなり豪華だ。普通は二日に一度食事を取れれば良い方で、人によっては一週間何も食べれないなんてこともある。
例え質素であっても、今日を生きれる感謝は忘れてはならない。
「 ちゃんと起きれたみたいね?いつも寝坊助さんなのに 」
そうやって俺を揶揄ってくるのは母ライエだ。女手一つで俺達を育ててくれている。父親は自分が幼い頃に浮気し夜逃げしたらしく、今でも俺はそれを許していない。
だが母は弱みを一切見せずに俺達をここまで育ててくれた…本当に感謝している。
「 それより母さん、今日はニアの誕生日だろ? 」
「 えぇ、今日の夜は豪華なご飯を期待してていいわよ? 」
うふ、と微笑んでウインクを飛ばしてくる母。少し精神的に来るものが…。
「 今失礼なこと思ってたでしょアクス。今日は晩御飯抜きね 」
「 いや~、本当母さんはいつも綺麗で優しくて気遣いが出来る!俺は幸せ者だよ!」
早口で上記を述べながら母の御機嫌を取るのは日常茶飯事だ。全部俺が悪いんだけど。
さて、母の機嫌も直ったところで今日も仕事の準備をする。俺はまだ13歳だが、少しでも稼ぎを入れる為に炭鉱夫となった。本当は成人と認められる16歳からなのだが、母の事情もあって善意で働かせてもらっているのだ。本当に有難い。
俺は早朝に準備を整え、村の中心に集まり点呼を取る。来るも来ないも自由だが、その分給与が減る為休むものは誰一人として居ない。
報酬は完全出来高制であり、見つけた鉱石の種類や珍しさ、後は量なども査定に入る。中には100万テル相当の鉱石を見つけて下層へと引っ越した者もいたらしい。
下層へ行けば今より待遇はずっと良くなる。しかし、そこへ行くには最低でも50万テルが必要な為、最下層の住人には程遠いものとなっている。
「 よし、今日も頑張るか 」
何の気なしにそう決めたアクスは、早速炭鉱へと向かう。場所取りは早い者勝ちだ、早く行くことに越したことはなくアクスは駆け足で目的地へと向かった。
まだ若く体力のあるアクスは一足先に辿り着き、良さげな場所をピッケルで掘り始める。
カツンカツンと硬い音が響く空洞。腕に響く振動は優しくなく、歳を重ねている人には少々辛いものがあるだろう。だがアクスは何も苦では無かった。寧ろ働く場所があるだけで幸せだと、にこやかな表情でピッケルを打ち続けた。
どれぐらいの時間が経っただろうか。休憩を挟みつつ採鉱をし続けていると、ちらほらと帰り始める炭鉱夫達。アクスはいつも時間ギリギリまで作業を行い少しでも稼ぎを増やそうと腕を動かし続ける。
「 ふぅ…こんなもんかな 」
掘れた鉱石から見るに、凡そ200テルほどになるだろう。最下層で一日200テルならば充分な額だ。
因みに中層では月に30万テル以上が普通らしく、下層でも月10万テルは稼げるらさい。最下層は頑張っても月に6000テル届くかどうか…これだけ見ても格差が激しいと理解出来る。
「 よし、早く帰らないとニアと母さんにどやされちゃうな 」
今日は大切な日。稼ぎも上場だったので帰りにプレゼントを買っていってやろうと考え荷物を持ち立ち去ろうとした時、ふと誰かに声を掛けられた…様な気がした。
勿論もうアクス以外誰も居ない。疲れて幻聴でも聞いたのかなと、アクスは再び家へと駆け出した。
【 … ア .. ス …… の … 引く …… 】