「取材いいかい?」
『人気舞台俳優、通り魔に刺され死亡』
『犯人は被害者を刺し殺した後に自殺』
『犯行を行った女性は前妻か?愛憎渦巻く事件の真相』
メディアが面白おかしく報道する情報は、割と的を得ているのも多かった。
世間が言うように妄想だらけのでっち上げ記事を書くような記者は、案外と世の中には少ないようで。しっかりとした取材の上で記事を書いているらしい。
まあ考えれば当たり前だ、彼らは情報のプロなのだ。
大きな失敗や一部の不祥事だけが大々的にバッシングされてるだけで、下手なことを書いてしまうと会社の評判も下がってしまう立場故に、そうそうおかしなことはできない。
故に彼らが流す情報は、意外なことにそれほど悪辣なものは無かったのだ。じゃあなんでメディアは信用ならない、なんて言う奴らが世に蔓延っているのだろうか?
もちろん様々な要因があるのだろうが、俺はこう思っている。
そのメディアより信用ならない人達を、信用してしまった馬鹿どもがいるからだ。
『犯人は、あの人気俳優のストーカーだったらしいよ』
『犯人は、あの人の他にも人を殺してた殺人鬼なんだって』
『犯人は他の男と浮気して、あの人と離婚したんだって』
根も葉もどころか、土すら碌に無い場所で生まれた噂話。普通なら誰も信じないような、あまりに馬鹿らしい一地域のみで流れるような、信用もクソも無い欺瞞の情報。
『酷い』
『許さない』
『好きだったのに』
『けどもう犯人は死んじゃった』
『じゃあ、どうする?』
正義とは人を狂わせる。
もし誰かを害した人間が、誰かに害されることがあったとすれば。
犯人達は平気な顔して、その行いを正義なのだと断じるだろう。
その行いが、本当に正しいのかなんて深く考えもせず。
まあ、長々と語っておいて、何が言いたいのかといえば。
「それで。彼女と付き合っているって噂、ほんとなのかい?」
「しつけぇよマスメディアもどき」
こういうタイプの奴らが、一番嫌いだということである。
☆☆☆
昼休み。
退屈な授業風景から抜け出して、人間が持つ最大の娯楽食事を楽しめる至福の時間。
最近色々と忙しかったが、この時間だけは誰にも邪魔されることはないはずだった。
「いいじゃないか。少しくらいは話してくれよ、遠藤君」
「あのさ。俺今、弁当食べてるってわかってるよな?」
「食べながらでいいよ」
「集中できないからどっか行けってんだよマスメディアもどき」
噂に飛びつくのが大好きな人種というのは、どこにでもいるものだ。
俺もそんな人間共と散々あってきたつもりであったが、今回の奴は一際しつこい。
目の前のメモ帳片手に喜々として人の不幸を聞こうとする……えーっと。
「新聞部部長の⬛︎⬛︎というんだ。よろしく頼むよ、遠藤君」
「新聞部部長ね。よろしく頼まないでくれマスメディアもどき」
「名前の方で呼ぶのが普通なのでは?」
「覚えるのが苦手なんだよ、名前」
「覚えやすい名前だと自負していたのだが」
「正直なところ言うと、お前が最初誰のこと呼んでるのかも分からなかった」
「もはや病気なのではないかな?」
スマホのメモに、簡単な特徴と共に一応聞いた名前を書き記しておく。
俺としてもなんとかこの悪癖を治したいのだが、どうにも治らない。
「で、マスメディアもどき殿は何を答えたらどっか行ってくれるんだ?」
「その言い方気に入ったのかい?まあ、僕が聞きたいことは単純至極」
ビッ、と無駄にかっこつけてペン先をこちらに向けて言う。
「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎と付き合った経緯は?」
「……」
黙り込む俺に、もどき(省略)はやれやれと首を振る。
「まあ、そう簡単には聞き出せないか」
「いや、その前に一応の確認なんだが」
「ん?」
「そいつって、俺らのクラスの保健委員で合ってるよな?」
「……嘘だろ?」
「いや、一応これは相手にも責任があるんだ。だからそんな顔しないでくれ」
あいつが最初に俺のことを役職名で呼んだのが悪い。
まあ、メモ帳を見れば何とか名前を……。
「……うわ」
あの野郎、いつの間にかメモ帳の自分の名前を消してやがる。
昨日散々『覚えろ覚えろ』言ってたからだろうか?
何にせよ、おかげで面倒な手間が発生することになった。
「まあとりあえずそいつがあのクソ女だと仮定して」
「よくもまぁ、あの⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎をそこまで辛辣に扱えるなぁ」
「本性を知らなきゃもう少し尊敬も畏怖もしてたわ」
「本性、ねぇ。とっても気になるな、彼女が僕らに見せない裏の顔」
「いくらで買う?」
「いくら出してでも買うやつもいるだろうね。ま、最初から売るつもりも無いみたいだが」
「よくお分かりで」
あつあつの唐揚げを頬張りながら、適当な会話を続ける。
俺とてクズに成り下がるつもりは無い。天国にいるであろう母さんに会うために、閻魔様から善良な人間であると認められる必要があるのだ。
少なくとも、本人が知られたく無いようなことを金欲しさにばら撒くようなやつが、天国に行けるとは思えない。
「なら、対象を変えようか」
「あ?」
「彼女ではなく、君についてを知りたいな」
「いくらで買う?」
「五百円でどうだ」
「安すぎだろ」
「ほら、彼女に比べるとどうしてもね?」
とか言いながら、ほんとに五百円玉を財布から出しやがったそいつを睨みつつ、それを奪うように取って財布の中に入れておく。おかずが少しだけ豪華になりそうだ。
「つっても、知りたいようなことがあるか?」
「いくつかは。例えば、そうだな。君が謹慎食らった事件のこととか、どうだろうか?」
「……ああ。中学の頃のやつ?よく知ってるな」
「少し調べれば簡単に出てきたよ。何せ、殴ったのが自分をバカにしてた奴らじゃなくて、自分を庇ってくれた幼馴染だっていうんだからね。そりゃ有名にもなる。もちろん、悪い意味でね」
「そうかい。嫌なこと思い出したよ」
苦い思い出だ。
あの時は頭に血が上っていた。
少なくとも、あいつにはなんの非も無かった。彼女は至極常識的かつ、彼女の良心をもって俺を庇ってくれた。弁明してくれた。
そんな彼女を、俺は殴った。
俺の人生の中でも一二を争う汚点であろう。
閻魔様にそれを言われちゃ、地獄に落ちるのも観念するしか無いくらいには、あの事件は全面的に俺が悪い。
当然、それが明るみになると周囲からの当たりはさらに強くなったが、まああれに関する罰だと思えばむしろ生ぬるいレベルだ。
後日頭を地面にぶつけてみっともなく謝ったが、それ以降その幼馴染とはかなりギクシャクした関係になってしまっている。
それでもまだ俺に話しかけてくれるあいつは、聖人という他ないな。
あの女にもあの一割くらいは優しさを持てないものだろうか?
「別に話せることなんてほとんど無いぞ」
「一番気になることがあるんだ。なんでその時、君は彼女を叩いたんだい?」
まあ、気になるところと言えばそこだよな、と少し溜息を吐いて。
別にいいか、と結論を出し。
「母さんを悪く言われたんだよ」
「ほう?」
「『こいつは悪くない。こいつの母さんが悪い』って感じ。そういう風に庇われた」
「実際そうじゃないのかい?」
「事実よりも、事実を知らない奴が勝手にそう決めつけるのが苛ついた。それで頭がカッとなってやらかちしまったわけなのさ」
「なるほど。周りから避けられてるわけだ、思考回路が少しぶっ飛んでる」
「なんも否定できんな」
「僕も詳しい話を聞かなきゃなんとも言えないけど……今日はこれくらいでいいか。これ以上聞き出すと、君の不興を買いそうだ。また明日にでも聞くとするよ」
「そうかい」
去っていく後ろ姿を見ながら、机に突っ伏す。
「めーんどくせ……」
ああいう噂好きの奴としては、比較的[脱字]な人間だったのだろう。
無理になんでもかんでも聞き出そうとはしなかったし、対価も払ってくれた。
しかしまあ、自分の黒歴史を思い出すというのは、なんというか。
「死にたくなる気持ち、少し理解しちまったかも……」
死にたくなるほど、自責の念がわくものだ。
それでも実際に自殺しようとする奴の気持ちなんぞ分からんが。
隣に座って『でしょ?』としたり顔を浮かべる女を横目で見ながら、また溜息。
もはや今の俺に、こいつに突っ込みを入れる気力もない。
「一緒に死にます?」
「自殺幇助の罪で逮捕されてくれ。死ぬなら一人でやれ馬鹿野郎」
「残念です」
「いつから聞いてた」
「割と最初の方から、少し遠くで聞いてました」
「ストーカーかよお前」
「彼女です」
細身の体に似合わぬ大盛カツ丼を頬張りながら、そいつはニコニコと笑う。
その様子を眺めている他の生徒は、信じられないものを見るような目でそいつを見てる。
「よく食えるなぁ、それ」
「もう節約の意味も無くなったので」
「いや、周囲の目とか気にならんのかお前」
「それもじき無くなくなるので」
「ああ、うん。そうだな」
どれだけ猫被ってたんだろうか、こいつ。
演劇部員の俺でもびっくりだ。才能あるのではなかろうか。
「ところで、図書委員さん」
「なんだ」
「あなたってその幼馴染さんとどんな人間関係だったんですか?」
「名前通りの関係なんだが」
「恋愛漫画的なあれこれは?」
「昔はあった。今は無いなぁ」
「え、なんでですか?そういうのに憧れを持つ方にとっては、喉から手が出るほどの人間関係だと思うんですけど。あなたそういうの好きそうじゃありませんか?」
「子供の頃はまあ、あこがれの女の子って感じで見れたんだけどな~……」
小学生の頃から、俺よりも男らしい子だった。
腕っぷしも強く、何度か喧嘩になったことはあるが一度も勝てなかった。
中学生になってからは外見だけは女の子らしくなったし、男子にもモテてた。
俺が言うのもなんだが、ちょっと男らしいことを除けば理想的な女の子だ。
実際当時の俺は少なからず恋愛感情を向けてたし、いつかそうなることを夢見た。
けれど、まあ。
「自分のことで精一杯になってからは、もういいかなってなったんだよな」
「そんな簡単に冷めてしまうもんなんですか?」
「別に冷めたわけじゃねぇよ。ただ、ほら。人間の感情って有限だろ?」
なんで俺はこいつにこんなことを言っているのだろうか。
そんな考えが脳裏に浮かび、すぐにその答えが理性から返ってくる。
『言い訳』を聞いてほしいからだろう、と。
「誰かに恋したり、誰かに優しくなれたり。そういう綺麗な感情ってのは、余裕があるときしかできないものだろ?よくある言い回しだ。『涙が枯れた』って」
「要は恋することに疲れたと」
「そういうことになる。あの時は本気で好きだった」
「今は嫌いなんですね」
「どうしてそうなる」
こいつはどうにも、人間関係を好き嫌いで測る癖があるようだ。
思わず聞き返してしまった俺に、そいつは首を傾げて続ける。
「嫌いではないのですか?」
「嫌いになるわけないだろ。あんないい奴を」
「いい奴だから嫌いにならないんですか?意味が分かりませんね」
「お前のがよほど意味が分からん。なんでいい奴を嫌いになる必要がある」
「だって私、二年C組の⬛︎⬛︎君のこと嫌いですよ」
「……えーと、誰?」
「テニス部の部長さんです」
「あー!あいつか!滅茶苦茶モテてる奴!」
「あの人も割と有名人なんですが」
「覚えられんもんはしょうがない。けどそれ以外は知ってるぜ。大会進出、学年の成績上位、ついでに女に優しくて男友達も多い。一回話したけど、俺みたいな奴にも普通に話してくれたしな!」
「前殴られてませんでした?」
「お前のせいでな!普段はいい奴なんだよ」
名前は忘れたが、よく話しかけに来てくれるやつであった。
クラスでぼっちな俺に話しかけることで優しさをアピールしよう、なんて意図があったかもしれないが、例えそうだとしても、彼と話してるだけでもその人柄は伝わった。
少なくとも、誰かに嫌われるような人間じゃないはずだ。
それなのにこいつは、なんで彼を嫌ってるんだろう?
「殴られたからですよ」
「は?あいつが女子を?」
「いえ、あなたを」
「……はぁ?」
こいつは何を言ってるんだろうか。
「言ったろうが。普段はいい奴なんだよ。ただちょっとお前の猫被りに騙されて、お前に惚れちゃってるだけで。というかお前があんな妄言吐かなければあんなことしなかったんだから、九割型お前のせいだからな?」
「そうですね」
「じゃあなんで嫌ってるんだよ……」
「あなたが殴られたからです」
「話通じてるか?」
彼が悪くないということはしっかり証明できてると思うのだが。
「悪くないから嫌っちゃダメなんですか?」
「……当たり前だろ」
「自分より正しい人を嫌いになっちゃいけないんですか?」
「嫌いになる理由がないだろ」
「自分より正しいということが、そのまま嫌いな理由になりますよ?」
「ダメだろ、それは」
こいつと俺は、根本的な思考回路が違うらしい。
「自分が悪いって分かってるなら、素直にそれを認めろよ。なんで正しい奴にそれを八つ当たりするんだよ。それができないやつは、人間として間違ってる」
「だから嫌いにならないと?自分に暴力を振るった相手を?」
「それが当たり前だろ」
「それは異常です」
段々と、苛立ちが募ってくる。
意見の違いというやつは、ここまで大きな溝を生むのか。
「私は正しい人間が嫌いです。正しくあれる人間が嫌いです。正しさを盾にする人間が嫌いです。そんな人間虫唾が走る」
「なんでそうなる」
「ムカつくじゃないですか」
淡々と彼女は言う。
あまりにも最低なことをつらつらと。
「私はこんなに正しく無いのに、そいつは『自分は正義だ!』って面してるのは、ムカつくじゃないですか」
「それは当然の権利だろ」
「だからそいつが嫌いになるんです」
俺は、この話し合いでようやく理解した。
なんで俺がこいつのことを、こんなに嫌いになるのかが。
「私よりも優れないでください。正当性を振りかざさないでください。正論を吐かないでください、私を悪役にしないでください。私に勝たないでくだはい、私を惨めにしないでください」
こいつは。
「私を嫌いにならないで。私を除け者にしないで。例え私が、そうされるべき人間であったとしても」
この女は。
「私が嫌いなった時点で、私はそいつが嫌いです」
「お前クソだわ」
俺が一番嫌いな人間だ。