「夜会話をしましょう」
「さては貴様サモンナイト経験者か」
「答える必要はないですね。ほら、彼氏と彼女らしく夜にお話しとかしましょうよ」
「話すことなんぞあるか?」
「私からはいくつかあります」
飯を食って風呂に入り布団を敷いて。
いつもなら一人きりの敷布団が、今日は二つも並んでいる光景を見て思う。
「『今からでも出て行ってくれねぇかな』とか考えてます?」
「いちいち俺の考えてること当てるのやめろよ怖い」
そっくりそのまんま、頭の中のことを当てられ思わずドン引く。
二つの布団が並んでいると、いつも思い出してしまう。
母さんがまだ生きていたころの、楽しかったあの頃を。
その美しい思い出の中に、こいつが入り込んでくるのが嫌だった。
「人の心がわかるなら、今からでもホテル泊まりに行ってもいいぞ」
「聞きようによってはかなり卑猥に聞こえますねそれ」
「お前に憧れてるらしいファンの奴らが哀れだな。脳内ピンク色の女なんぞ崇め立ててよ」
「そんな私を独り占めできるんだし、もう少し喜んでもいいんですよ?」
「今でも誰かにお前を擦り付ける機会を伺っているんだが?」
「そんな人をキングボンビーみたいに」
「キングボンビーより質悪いっての」
夜寝る時間になると、母さんはいつも俺のために子守歌を歌ってくれた。
もうそんな歳じゃないって言っても聞かず、俺が寝着けるまでずっと、ずっと。
少なくとも、こんな馬鹿みたいな会話をしている限りは、思い出が汚されることはなさそうだ。
「そういえば」
ふと、そいつがポロリと零した言葉。
「父の写真は無いんですね」
それを聞いた途端に、なんとなしに理解した。
俺が前に言った言葉は、こいつにとってこんな感覚なのだな、と。
つまりは、地雷というわけだ。
「……あー」
急激に何かが冷めていくような、冷水をかけられたかのような気分だった。
思い出したくもないことが脳裏を過る。あいつの顔が頭に浮かぶ。
俺と母さんを捨てて別の女のところに行った、あの屑野郎のニヤケ面。
「父親は嫌いなんですか?随分と怖い顔してますけど」
「嫌いじゃない」
俺個人としてはどうしようもなく嫌いになりたいが、母さんはあいつを好きだった。
離婚をした後もずっと一途に、あの男のことを想っていた、愛していた。
そうさせるだけの何かが、あの男にはあったということなのだろう。
だから、俺があいつに抱いている感情は嫌悪ではない。
「嫉妬だよ」
「……そうなんですか?」
「母さんは、俺より父さんを求めてた」
結局最後の最後まで、母さんが求めていたのはあの男だった。
俺の力では母さんを救うことはできず、最後はあの男の方に行ってしまった。
ただあの男が俺より凄い人間だから、母さんはあいつを愛して俺を置いていった。
それだけの話だ。
だから、これは憎悪ではなく嫉妬なのだ。
正当性なんて何も無い、私情だらけの逆恨みだ。
「母さんを救えなかった俺が、あの男を嫌う道理がないからな」
「……なんか、なかなかに意味が分からないですね、あなたも」
「何がだよ」
「人を嫌うのに道理もクソもないと思うんです」
「かもな。けど、俺は母さんの息子だからな」
「関係あるんですかそれ」
「母さんに恥晒すような人生だけは送りたくない」
そんな俺の話を聞いて、そいつは大きく溜息を吐き。
「馬鹿ですね」
「お前にだけは言われたくねぇよ!!」
「クソ真面目な人生送って楽しいんですか?」
「楽しくはないかもな。けど、そうしないと気持ちが悪い」
ただの自己満足なんてことは、こいつに言われるまでもなく分かってる。
それでも、これすらも破ってしまえば、俺はただの屑になると思うのだ。
「理解できないですね~」
「しなくていいよ。俺もお前のことなんぞなんも分からねぇし」
「おや、何がですか?」
「俺を脅してまでカップルごっこ楽しむやつのことなんぞ、一欠片も理解できんわ」
「最初の方に言ってますよ」
「あれだけが理由なら、余計お前のこと分からねぇな」
「知りたいですか?」
「別に」
「でしょうね。未だ名前すら呼んでくれませんし」
「……お前がそれ言うのかよ」
最初にクラス役職だけで呼び出したのこいつだろうに。
「けど、あなたとしてもありがたかったのでは?」
「はぁ?」
「だって、あなた人の顔見て名前思い出すこと苦手でしょ?」
「何を根拠に」
「じゃあ私の名前分かります?」
流石に分かるに決まっているだろう。
何せ学校一の人気者なのだ。よくクラスでも話題に上がるし、噂も一際多いのだ。
だから当然、俺が常日頃持ち歩いているこのメモ帳に……。
「あれ」
「お探しの物はこれですかね?」
「あ、こら!返しやがれお前!それ無いと名前思い出せねぇだろうが!」
「……あの、これ見て名前言うのは、思い出したって言えるんですか?」
おのれこいつ屁理屈を。
「せめて私の名前くらいは覚えて行ってくださいよ。私はあなたの名前位は憶えてるのに」
「……努力はしよう」
「努力しなきゃならないレベルで名前覚えれないんですか。いやまあ、私も人の名前を覚えるのは苦手なので、あなたのことは言えませんけど」
あんまり知られたくないことを知られてしまった。
直さなきゃならないとは分かっているが、欠点というのはそう簡単には治らないものだ。
「いいですか?私の名前は───」
保健委員は少しだけあきれながら、自分の名前をことずさむ。
なんともまあ、おかしなところで真面目な奴だ。
「……あの、聞いてました?」
「明日の献立考えてたわ」
「なんでそう頑なに名前覚えようとしないんですか?」
「別にいいじゃねぇか名前くらい。大事なのは中身だぞ」
「猶更覚えてくださいよ■■■■さん」
「はいはい」
誰かの名前を呼びながら、彼女は少し怒っている。
そんな光景を眺めて、俺は大きく欠伸をして。
そのまま明日に備えて寝るのであった、おやすみ。