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「ただいま」

「うわ、すごく綺麗にしてますね。ゴミが散らかってないなんて」


「普通ゴミは散らかってねぇんだよ」



 普段ならだれも返事をしないはずの言葉に、煩く返してくる女が一人。

 こいつマジで



「親もいないのにこんなに家を掃除できるもんなんですね」


「この程度で綺麗って、お前の家どうなってんだよ」


「あ、見ます?ゴミ屋敷ですけど」


「遠慮しとく。こう見えて綺麗好きなんだよ、A型だし」


「私もA型ですよ」


「嘘つけ。A型はみんな綺麗好きなんだぞ」


「血液型占い本気で信じてる人、まだこの世にいたんですね」



 我が家は例え母さんがおらずとも、今だ清潔なままである。

 天国にいる母さんが見ても大丈夫なように、何時だって散らかしたりはしない。

 もっとも、やってることは整理整頓と掃除機、あとは時々雑巾がけをするくらいだが。



「……え、ていうかマジで泊まるのかお前。まだ電車動いてるだろ」


「ここまで来てそれ言いますか?普通」


「それくらいお前を家にいさせるのが嫌だってことだ」


「割と本気で嫌ってるんですね。泣いちゃいそうです」


「真顔で言うなよ怖いわ。口調と表情を一致させろお前は」



 ふざけた口調に反して、保健委員の奴はあまり表情を大きく動かさない。

 学校でクールぶってる時よりはマシだが、それでも分かりやすい変化は数少ない。



「お前、学校と普段とでキャラ違いすぎねぇか?」


「そりゃ猫被ってますからね」


「俺の前でも被ってくれねぇかな」


「おや、猫がお好きなんですか?猫パジャマ持ってきましょうか?」


「もう少し本性を隠せって言ったんだよ。というかなんだ猫パジャマって」


「猫耳フードがついた可愛らしいパジャマです。普段はそれを寝巻きにしてるんですよ。まあ昔に買ってもらったやつなので今着ると少し小さいですが」


「……ガキみてぇなもん着てるなぁ」


「それ以外にパジャマ無いですからね」


「はぁ?」



 思わず聞き返した俺に目もくれず、そいつは物珍しそうにテレビやエアコンを眺めていた。


 借金残して死んだ、とは聞いていたが……。



「お前、どんだけ貧乏だったんだよ」


「母親は仕事で稼いだ金だいたい男に使ってましたからね。一応私が死なないように食事とかは用意してくれたので、育児放棄はしてませんでしたけど」


「へー、大変だったな」


「これ聞いて最初に出る言葉がそれな辺り、やっぱりあなたを選んで正解でした」


「どういう意味だよ」


「一緒に死んでもらっても罪悪感が無いですからね!」



 心中なんぞする気も無いので、中指立てて応じておく。

 小馬鹿にしたような笑みで返された、クソめ。



「多少同情してくれたり、態度変わるのを予想してたんですけどね~私は」


「俺はお前から親がクソって話を聞いただけで、実際にお前の親と話したり性格知ったわけでもないだろ」


「……まあそうですけど」


「なら特に思うところもない。人の親を憶測交じりに馬鹿にして、子供が可哀想だなんて同情する奴はただのクズだ」


「された経験があるんですね」


「……見てもいねぇのに断定口調で言うんじゃねぇよ」


「直接見るより分かりやすいんですよ、あなたに関しては」


「……」



 こやつエスパーか何かだろうか?



「ああ、もしかして喧嘩の理由それだったり?」


「いやこっわ!?なに、お前妖怪かなんかだったりするのか?ちょっと怖いんで家を出て行ってほしいんだが」


「むしろそこまで分かりやすい人珍しいと思うんですが。で、なんて言われたんです?」


「なんでお前にそんなもん言わなきゃならねぇんだよ」


「私が不幸自慢してあげたんですから、あなたも何か返してくださいよ。物を送られたら、お礼の品を渡すものでしょう?」


「勝手にゴミを投げてくるのは不法投棄って言うんだぜ。むしろ俺の心がお前の不幸自慢で汚されたんだ、慰謝料請求するぞこら」


「すいません、てっきりゴミ捨て場か何かだと……」


「少しは追撃の手を緩めろや」



 アホなやり取りをしながら、冷蔵庫を開けて食材を確認する。

 消費期限が近いものを見定めて、調理器具を用意し食事の準備。

 残念ながら期限切れの食材はなかったので、あいつに食わせる飯もまともに作らねばならない。



「卵とサラダ油、ケチャップとバターと……何やってんだお前」



 口で確認しながら食材を整理してる俺を物珍しそうに眺めるエスパー女。

 まるで小さい子供のように、エプロンを着けた俺の近くで立っている。



「何作るんですか?」


「……オムライスだよ。材料見てわからねぇか」


「オムライスって家で作れるもんなんですか!?」


「むしろ家庭料理の鉄板だろオムライス。むしろ何作ると思ってたんだ」


「卵かけごはんとか、卵焼きとか?」


「せめてスクランブルエッグとかのケチャップ使う料理を言えよ……」


「あの、海外とかの料理を言われても私よくわからないんですけど」


「うっそだろお前」



 日本の朝食の定番の一つだろうが、と言いかけて気づく。

 そういやこいつ、ろくに飯作ってもらってないとか言ってたな。



「……まあ元々は海外の料理だけど、今じゃ日本でも普通に食べられてるよ。作りやすい料理だから、俺も卵料理は最初にそれ作ったし」


「へー……初心者向けの料理なんですね。オムライスもそうなんですか?」


「いや、チキンライスとか作らなきゃいけないし、卵もふわトロにしなきゃあんまおいしくならないからな。結構難しい、と思う」


「おー……よく知ってるんですね」


「むしろ、お前は調理実習とかで作らなかったのかよ」


「仮病使って欠席してました」


「おいこら」



 こいつのことを超優等生だと言ってたアホはどこのどいつだ。


 ……俺だったな。



「だって、怖いじゃないですか」


「あー。包丁とか火を使うとかがか?まあ最初は怖いかもしれないが、慣れれば」


「怪我が怖いわけじゃないです」



 俺の言葉を遮るように、そいつは冷たい声で言う。

 なんとなく、地雷を踏んだんだな、と理解した。



「怖いのは失敗することです」


「……」


「失敗して、誰かに頼って。『ああ、こいつは別に完璧じゃないんだな』って。誰かにそう思われるのが怖いんです。自分の価値が下がるのが怖いんです」



 それを聞き流しながら、人参と玉ねぎ、鶏肉を切ってフライパンで炒めていく。

 こういう面倒くさそうな話は、聞き流しておくのが一番なのだ。



「びっくりするほど興味なさそうですね」


「びっくりするほど興味ないからな」


「もうちょっと踏み込んできてもいいですよ?」


「踏み込む理由も知りたい過去も無いんだよ、俺には」



 ついでに塩コショウで味付けしつつ、バターとケチャップを加える。

 その後で暖かいごはんを加えれば、チキンライスの完成だ。



「だいたい、俺はもうすでにお前に対し『こいつただの馬鹿だ』と思ってるわけだが」


「あなたになら思われていいです」


「訳が分からん。俺みたいなやつにこそ、そう思われたら不快だろ」


「彼氏ならもう少し彼女のことを知るべきなのでは?」


「彼女ならもう少し彼氏のことを顧みろ。……ていうか近いわ!油跳ねても知らんぞ俺は」



 妙に顔を近づけ、フライパンを注視するそいつに怒鳴る。

 火傷したら余計面倒くさくなるから、さっさとどけろと言うのだが。



「……難しそうですね、それ」


「難しいって言ってんだろうが。ていうかなんでそんな近いんだよ」


「いや、ほら。お付き合いしてる男女って、普通は女の人が料理作るもんなんでしょ?」


「今時料理をできない女も、料理できる男も珍しくないけどな」


「せっかくなので、それ見て覚えて作ってみようかな~って思いまして」


「……」



 子供かお前、と出かけた言葉を飲み込み、代わりに大きく溜息を吐く。

 要は、今までずっと避けてきたのに、いざ料理してるとこ見ると興味が出たらしい。



「見れば作れるほど簡単じゃねぇよ」


「みたいですね。私じゃちょっと無理そうです」


「とりあえず卵割るところから始めるぞ。ほれ」


「へ?」



 呆けた顔をするそいつをよそに、パックから取り出した卵を左手に握らせる。

 まあこいつの利き手とか知らないが、今までの様子を見るに多分左利きだろう。



「えっ、と」


「軽く卵をたたいてヒビを入れろ。強く叩きすぎて卵が飛び出さないようにな」


「あ、はい」


「いや振りかぶり過ぎだ馬鹿!!」



 軽くとか言ったのに卵を天高く掲げたそいつの手を思わず掴む。

 こいつ俺の家を卵まみれにでもする気だろうか?



「いいか?これくらいの力だ」


「……」


「おいこら聞いてんのかお前」


「え?あ、聞いてますよ。……聞いてますけど」



 まじまじと、手を掴んだままの俺を見て、今だ呆けたままの顔を浮かべて。



「その、これは今何をしてるんでしょうか?」


「健忘症か何かかお前。料理したいって言ったのお前だろ」


「それは、まあ。言いましたけど」


「卵の焼き方くらいは教えてやるから、さっさとしろ。力加減はな、こうだ」



 卵にコツンとヒビを入れ、割れる状態になったのを確認し、両手を使わせ卵を割る。

 多少殻が混じっているが、まあ最初にしては悪くない。俺の補助の賜物だろう。



「……」


「さっきから何呆けてるんだよお前は」


「……いえ、その」



 何故かしおらしいそいつは、ほんの少しだけ上ずった声で。



「……随分と多くの『初めて』が奪われたものだな~、と」


「何言ってんだお前」


「すいません血迷いました。続けましょう」



 訳の分からないことを言う保健委員と作ったオムライスは、割と普通においしかった。


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