「アイスティーをひとついただこう」
「俺クリームソーダで」
「僕はレモンティーで。そこにおわすテニス部の部長さんはどうします?」
「煽ってんのかお前。……レモネードで」
「お、炭酸仲間だ」
「煽ってんな?また殴られてぇのかあぁ?」
「やめろ馬鹿者が!せっかく度胸の無いお前に謝罪の場を用意してやったのだぞ!これ以上私の顔に泥を塗るようであれば、実力行使も辞さないぞ!」
「いやあんたまで暴力に訴えかけてどうすんだよ。どうどう」
というわけで、現在俺はサッカー部のキャプテンさんと、そのキャプテンさんの親友だったらしい俺のことを殴りまくって停学まで喰らっちゃったテニス部の部長さんと一緒に、ファミレスでお茶をしてる真っ最中である。
「気にしなくてもいいんだけどな、別に」
「君はそう言ってくれるがね。聞けば彼は停学が解けた間も君に謝罪の一言すらも寄越さなかったと聞く。対等な条件同士の喧嘩であればともかく。君は彼の暴行に一切の反撃をしなかった。であればそれは、完全にただのリンチだ。いじめなどという生ぬるい言葉では済まされない」
「……聞いちゃいたけど、凄まじく真面目だなぁ」
うちの学校の有名人の一人、品行方正、されど真面目過ぎる態度が玉に傷と言われている、男子生徒の中で三本指に入るモテ男、サッカー部のキャプテンさん。
校内の女子たち曰く“ファンタジー世界から転生してきた騎士様”と言われるくらいに正々堂々とした性格なようで、今も唸るテニス部の主将さんを片手で頭から抑え込んでる。
「私は人間として、真っ当な常識を語っているだけだとも。悪いことをすれば謝る。それさえできない人間は、転がり落ちるように人の道を外れてしまうだろう。親友として、彼の狼藉を止める義務が、この私にはあるのだよ」
「その親友さん、今すっごい歯をむき出しにして俺を睨んでるんですけど、大丈夫そう?」
「本当にすまない。彼はバカなんだ。そして考えなしだ。あと性格も悪い。根も悪い。今の彼は根っこから腐ってしまっている。それ故に、ほんの僅かであろうとも私が彼を正してやらねばらないのだ」
「テメェ言い過ぎだろうが!?停学は解除されたし、教師もそれで許したんだからそれで十分だろ!?」
「いいや私は許さない。許されるべきではない。少なくともお前が今ここで彼に謝らなければ、私はお前の親友をやめる。お前を永遠に非難し続ける。その覚悟が私にはある。彼のような被害者を生み出さぬために、お前を永遠に殴り続ける覚悟が私にはある」
「ぐっ、ぬっ」
なんというか、またキャラが濃い人が増えたな、という感じだ。
テニス部の主将さん……もうテニスさんでいいや、テニス部も似非記者もやたらキャラが濃い以上、この空間の中でまともかつ、キャラが薄いモブ役は俺しかいないらしい。
これはもう、常識人として場を纏めるしかなさそうだ。
「ねぇ遠藤君」
「ん?なんだ?」
「僕が考える限り、君がこの場で一番非常識だと思うよ」
「おいおいおいバカを言うな。何を根拠にそんなことを」
「この光景を見て、滅茶苦茶落ち着いた様子でアイス食べてる所、かな?」
「……やらんぞ?」
警戒混じりにクリームソーダを庇ったら呆れた顔をされた、解せない。
ちなみにこの光景とやらは、頭を掴まれて俺の前に突き出されてるテニスさんのことだろう。
彼はなんか滅茶苦茶唸ってるが、頭ふんづかまれてるせいで病院を嫌がる子犬みたいに見える。
「おいテメェ、今小馬鹿にしたように笑ったな!?」
「気のせいだと思います。そんなまさか尊敬すべきテニス部の部長を相手にそんなそんな……!」
「いいから謝れ。誠心誠意。額を地面に擦りつけて」
「おい待て、土下座しろってか!?せめてファミレスじゃないところでやらせろよそれさせるんなら!なんでここで謝罪させることにした!?」
「痛みが無ければ反省しないだろ?」
サッカーさんは平然と、何なら『何言ってんだお前』とばかりに冷たい視線でをしていた。
その視線を向けられてない俺達ですらなんかこわくなってくる。
ただまあ、いい加減助けてやらないとテニスさんが可哀想なので、助け船を出すことにした。
「あー、謝るんなら頭下げて謝罪するくらいでいいですよ。土下座されて注目されても迷惑だし」
「む、そうか?君が言うならば、よしとしよう。やれ」
「……分かった、分かったよ。悪かったよ、あの時は……!」
「あ、ついでにここの飯奢ってくれれば許しますね!」
「おいこいつやっぱ俺のこと舐めてるだろ!!」
「黙れ、これで許してもらえるだけありがたいと思え!よし遠藤君、それと彼の友人の……」
「似非記者」
「珍しい名前だね。苗字が似非で、名前が記者ってことかな?似非君も、好きに食べてくれたまえ。僕と彼が今回の食事代、全てを負担しておこう」
「待ってその名前を浸透させようとするのは勘弁してくれないかな!?」
「あれ、違うのか?」
「むしろなんで本名だと思ったんだお前は」
その後すぐに訂正された、本名で呼ばれることになっていた。
チッ、惜しい。
「なんでそうすぐ真に受けるんだよこのバカ」
「失礼だな。それを言うなら君のがよほどだ。何故彼を殴ったりした?」
「……」
言いづらいことを聞かれたらしく、彼は暫くの間黙りこくったが。
親友であるサッカーさんからの視線に根負けしたらしく、ゆっくりと口を開いた。
「嫉妬だよ」
その言葉に、ほんの少しだけ驚いた。
それと同時に、この人に対する評価を少しだけ引き上げる。
それを言うのに、どれだけの勇気が欲しいのかは知っているつもりだから。
「去年。告白したんだ」
「キッカの奴にか?」
「……そうだよ、沙華にだ。前々から惚れてた。なんてことはない惚れ方だったけど。テニス部の練習で、夏の暑い日に何キロも走らされて。汗をかきすぎて熱中症になりかけてた時に、たまたま倒れかけてた俺を見た沙華が、スポーツドリンクを奢ってくれた」
去年のあいつには、まだ人間らしい善意が残っていたんだなぁ。
多分これを言うと次は本気で、死ぬまで殴られそうだから言わないけど。
あと多分あいつにも後でぐちぐち言われそうだし。
「ああ……そういや去年までのテニス部の顧問って、時代錯誤なスパルタ特訓強要するダメ教師だったんだっけ?結局内部告発で転勤したらしいけど」
「あの時は、ほんとに地獄だったよ。それで、そのことが顧問にバレて……体罰だって言って殴られた時に、沙華が俺のことを庇ってくれたんだ。『私が勝手に買って、勝手に飲ませたんだから、彼を怒るのは筋違いでしょう』つって」
「なぁ、それほんとにあいつか?」
すげぇ、ここまで想像できない絵面は聞いたことがない。
何をどうまかり間違えたら、そんな台詞をあの女が吐くことに……!?
「間違いなく、沙華だよ。間違えるはずもねぇ。顧問の奴はその後も怒鳴って、沙華を怖がらせようとしたけど。結局沙華が押し勝って、録音してたボイスレコーダーを俺に押し付けて笑ったんだ。『それじゃあ、あとはそちらで済ませてくださいね』って」
ああ、確か彼が部長になった経緯は、前の顧問を追い出して信用を得たから、と聞いたが。
彼本人が最初から最後まで頑張ったわけではなく、それに一枚を噛んでいたのか、あいつ。
なんともまあ、正義の味方みたいなことを。
「その時の笑顔に惚れちまって。すぐに手紙を書いて、屋上で告白したんだ」
「あ、ラブレター派なんだ」
「顔に似合わず、彼はそういう詩的なものが好きなんだよ」
「テメェら一回黙らせられてぇかおい」
「「ごめん」」
真面目な話をしているので、あんまり茶化すのは良くないとは思うが。
本当にすまない、彼からはマナ先輩と同じ素質を感じてやまないのだ。
恐るべきかな、魔性の魅力……!
「……で、断られた」
悔しそうに、悲しそうに。
暗い顔で、未だにそのことを引きずってそうな彼を見て。
見る目が無いな、などと考えてしまう自分がいる。
彼の目が、ではなく。彼を振ったキッカの方を。
「『一緒にいたら、なんか鬱陶しそうかな』って、笑顔で言われた」
「……あいつらしい断り文句」
「え、彼女そんなこと言うの?」
「言うぞ。けど、まあ」
それを聞いて、ほんの、ほんの少しだけ。
「ちゃんと本気だったんだな」
「何が?」
「キッカの奴が」
少なくとも、その時そいつは。
優等生のフリなんてせず、俺の知るあいつらしい言葉で断ったのだと言う。
ならきっと、それは多分、ただ淡々と告白を受け流した、ってわけではなく。
「ちゃんと断ったんだろうよ、きっと。あんたが本気だったから」
「……未練がましいのも、見苦しいのも承知の上で聞かせてくれよ。なんで俺じゃなくて、お前なんだ?鬱陶しいってなんなんだよ。何を聞いても、沙華の奴はそれに答えちゃくれなかった。お前は、なんで選ばれたんだ」
真剣な顔でそう問いかけてくる彼に、少しだけ佇まいを直して。
息をしっかりとして、真剣な顔でこう返すことにした。
「知らん」
「待て、落ち着け。また停学になりたいのか。今のは私も少しどうかと思ったが、それはそれとして暴れるな!すまない君、ちょっと抑えるの手伝ってくれ!」
「どうどう、どうどう!君その顔でそういうこと言うのやめない!?」
「いや、知らんもんは知らんし……」
知るわけがないだろう、あいつが俺を選んだ理由なんて。
あいつの言葉を信じるなら、『誰でもよかった』で終わる話だ。
あんな風に、脅しのような方法でなくても、俺以外の誰かと付き合えたはずだ。
というか確かあいつ、最初の頃は俺の名前すら憶えてなかったはずだし。
「保険委員の奴は、特になんも考えてないんじゃねぇの?」
「保険委員?沙華さんのことかい?なんでまた、クラスの役職名で?」
「……さあ」
あいつのことなんて、未だに何も分かっちゃいない。
憎たらしい時も、うんざりする時も、面倒くさい時も、放っておけない時も。
あいつの顔が本当に、俺が見てきたものと合ってるかも、何も知らない。
「お前、やっぱり俺をバカにしてんのか!?自分に負けた男だからって、真面目に取り合う気なんぞねぇのかよ、おい!」
「してるわけねぇだろ。むしろ尊敬してる」
「あぁ!?」
「だってお前。自分の想いを、ちゃんと伝えられただろ」
こいつは、ちゃんと自分の恋心を、失敗したとしてもあいつに伝えた。
こいつは、ちゃんと自分が恋したという事実を受け入れて、行動した。
例え断られる可能性のが大きくても、それでも人を好きになって、一緒になれるように、隣を歩けるようにと、未来に向かって進もうとした。
「誰かを好きになることは。とてつもなくしんどいことだ。そいつに心をかき乱されて、そいつのことしか考えられないようになって。ずっと心の奥底で、それが燻ぶり続けるようになる。それを認めて、ちゃんと向き合って。好きを伝えようとした時点で、お前は俺よりよっぽど立派だ」
告白して負けたから情けないだと?
勝負に挑んで負けて帰ってきた奴が惨めだと?
何も出来ない能無し共が、何も知らないバカ共が、挑戦者の脚を引っ張るなよ。
恋も出来ない冷笑者共が、手を伸ばそうとするかっこいい奴らをバカにすんなよ。
「だから、俺はお前を尊敬してる」
やったことだけ見れば、彼はきっと加害者になってしまうのだろうけれど。
そうなるまでに経た過程は、俺から見ればとても尊いものに見えるから。
「……お前。訳わかんない奴だな」
「すまん活舌悪かったか」
「そういう意味じゃねぇよバカが!……ハァ、クソ。毒気が抜かれた」
溜息を吐き出しながら髪を掻き、サッカーさんはレジの方に向かった。
それにつられるように、テニスさんも少しだけ安心したように立ち上がる。
「君は。疲れそうなくらい、真面目だな」
「え。あんたに言われるのか?それ」
「ああ。普段真面目だ真面目だと言われて揶揄われるんだが、そう言ってしまう側の気持ちが分かった気がする。……疲れないかい?そんな生き方は」
「いや、特には……?」
生き方もクソも。
俺にとっては、真面目でも何でもない、ただの持論だ。
ただ人を評価するための評価軸ってだけで、真面目な要素なんて何もない。
「そうか。せっかくだし、連絡先でも交換する?」
「……いやまあいいけど。変な奴だな、あんたも」
「君に言われるのか?それ」
何故か苦笑いを浮かべて、彼はかっこよく立ち去っていく。
テーブルには、当たり前のように一万円が置かれてあった。
「……パフェでも食うか」
「あ、僕サイコロステーキ食べたい」
欲張りだなこの似非記者。




