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『図書館デートしませんか?』

「俺、昨日海で遊んだばっかなんだけど」


「そんなこと言いつつもちゃんと来てくれるの、結構あざといですよね」


「誰向けなんだよそのあざとさは。断ったら何するか分からないんだよテメェは。……まあ、昨日は海についてこなかっただけ成長はしてるみたいだけど。正直少しだけ驚いた」



 まさかこいつがしっかりと約束を守るなんて思わなかった。

 昨日の海水浴、あの後はヒナタと一緒に昔の話を交えて遊びつつ、夜になる前に帰宅した。

 それまでの間、あいつは意外にも、遊園地の時みたく姿を現すことはなかった。

 そのすぐ後にメッセージでお誘がかかり、今現在は徒歩で最寄りの図書館に向かう途中だ。



「私のこと、ちょっと悪く見すぎでは?あの時と違って、ちゃーんとあなたと約束しましたし」


「いやすまん、正直お前が約束を守るかどうかは半信半疑だったわ。割と義理堅いんだな」


「割と本気で怒りますよ?今のところ、あなたとの約束を破ったことは無いと思いますよ、私。守れない約束事はちゃんと事前に断りますし、私の人生の中で約束を守れなかったことはなんと。たったの二回しかないのです!」


「あー……それは割とマジで凄いかもな」


「なんかリアクションが薄く……いやなんか変じゃないですか?なんで一瞬目を逸らしたんですか?今何を思ったかちゃんと言ってくださいコラ」



 そんなことを覚えてるこいつにちょっと引いてしまったのは内緒だ。

 とはいえ実際、それが事実だとするのなら相当に義理堅いと言わざる得ないだろう。

 俺だって、幾度かは母親や友達との他愛もない約束事を破ってしまったこともある。



「いやいや、しっかり感心してるぞ?俺だってそこまで約束破る奴ではないと思うが、人生の中でって言われるともう数えきれないくらいにはやっちゃってるだろうし。ゲームは一日一時間とか、マラソン一緒にゴールしようねとかさ」


「すっごく微笑ましい約束事ですね。友達とそういう約束できるのはちょっとうらやましいです。友達と言える人達って、あんまりいなかったので。ほら、皆気後れしちゃうじゃないですか。私が美少女すぎるが故に……!」


「自分でほざいてる間は多分残念美少女の類だと思うぞ」


「美少女なのは否定しないんですね」



 返答するのも癪なので、舌打ちだけ返しておいた。

 機嫌よさそうに手を後ろで組んで歩いてる辺り、威嚇効果は皆無のようだ。

 とはいえ、今日に限っては俺一人よりもこいつと一緒に居る方が効率的だ。



「それで。ちゃんと宿題は持ってきましたか?」


「おう。むしろお前はなんでそんな荷物少ないんだよ。今日宿題やるって言ったろ」


「昨日の内に終わらせて、復習も済んじゃったので持ってく意味が無いんですよ。私としても一緒に宿題を進めたかったところですが、大抵最初の内で終わらせちゃうので、一緒にやろうという発想が無くて。次回からは、ちゃんと宿題ため込んでおきますね、あなたみたいに!」


「おうこら俺が宿題やらないタイプだって決めつけるのはやめろ!俺だって別に宿題サボってるわけじゃねぇぞ!?成績もそんな悪くないし、夏休みの宿題を提出できなかったことはたった二回程度だ!しっかりしてる方だぞ俺は!」


「……あの、多分それは自慢できることじゃないと思いますよ?」


「やめろ、俺は正論に弱い」



 特にお前みたいな、普段はボケ役の奴が真顔で言う正論に弱い。

 いや俺だって別に成績悪いわけではないし、中学時代とかは滅茶苦茶要領よかったし。

 俺は最終日に纏めてやるタイプだから、最終日に用事入った時にやらかすだけだし。



「あと去年はヒナタの奴と距離取ってたから、宿題手伝ってくれる奴が居なかったんだよ。決して普段宿題を出せていないわけじゃないからな?」


「──名前で呼ぶようになったんですね?あの人のこと」


「……いや、別に何でもいいだろそれは。名前で呼べって言われたんだよ、それだけ」


「そうですか。帰りにアイス買ってください」


「なんで俺が奢るの前提だよ……」


「あなたは、今は()()()()ですから。恋人にアイスを奢るくらいは甲斐性だと思ってください」


「ハァ、クソ。分かった分かった。よほど高くないやつなら買ってやる」



 非常に不本意だったが、こいつの財布事情を考えると強くは非難出来ない。

 己のしょうもない倫理観に溜息を吐きながら、不機嫌な顔を作りながら歩き続ける。

 隣で歩くキッカの奴が、随分と機嫌よさそうなのが少しだけ鼻についた。







「今日、デートの場所を図書館したのはですね」



 一応図書館における最低限のルールは知っているらしく、周りに聞こえない程度の小声で喋り始めた、されど頭を悩ませてる俺の機嫌は全く気にしてないらしいキッカの奴をギロリと睨む。



「昔読んだお気に入りの本を、幾つかあなたに教えてあげて。一緒に同じ本の話題で盛り上がりたいなぁ、と思ったからなんですけれど。宿題、何時になったら終わりそうです?なんというか、思ったより量が残ってるみたいですけど」


「少なくとも、今日一日程度じゃ終わりそうにないかもな。普段よりは集中できる環境な分進みやすいんだが、今日はお前がいるから差し引きゼロってところか。お前が何かの気まぐれで、宿題を写させてくれりゃ楽できるんだけど」



 皮肉気にそう言うと、これまた意外なことに彼女はそれなりの時間を悩んだ後。



「私、宿題を見せてあげるべきなんでしょうかね?」


「見せてくれるんなら俺は助かるんだが。なんでそんなに悩んでるんだよ」


「あなたが中途半端なせいなんですけど?」



 ぷくり、と頬を膨らませたキッカの言葉に、俺は困惑しながら首を傾げる。

 一体何がどうなって、俺の中途半端が原因でお前を困らせることになる?



「最初に言ったじゃないですか。一緒に自殺してもらえるとうれしいです、って。私、まだあなたが私と一緒に死んでくれるか、答えを聞けてないんですよ?」


「そういや言ってたな、そんなこと。で?」


「あなたが私が死んだ後も、しっかりと生きていく場合。ここで宿題見せると、あなたのためにはならないとは思うので、宿題は見せてあげません。ちゃんと自分一人で終わらせてください」



 こいつの、イカれたことばっか言う癖に、時折見せる変な真面目さはなんなんだろうな。

 あるいは。真面目過ぎる奴だったが故に、こういう奴になってしまったかもしれないが。

 どちらにせよ、あいつは未だ難しい顔で顎に指を当てていた。



「けど。あなたが私と一緒に死んでくれるなら、あなたの将来のことなんて考えなくていいじゃないですか。だから、あなたが私と一緒に死んでくれるなら、宿題を見せてあげてもいいんですけど。どうです?ちょっと一緒に死んでみません?」


「死なねぇよバカ。俺は百歳まで生きるって決めてんだ」


「ですよね。知ってました。知ってましたけど、もう少しくらい靡いてくれたっていいのに。私、こんなにも顔がいいんですよ?この美少女力でどうにかなりません?この先の人生で、私よりも顔がいい女に会う機会無いかもですよ~?」


「別にお前が美少女かどうかは関係ねぇんだよ」



 こいつの場合、そもそもの前提が間違えている。



「俺がそれで死んだなら。それはつまり、お前が俺を殺したようなもんだろ?」


「まあ、そうなりますかね。それで?」


「お前が人殺しになるって事実に、俺は死ぬよりもムカつくんだよ」


「……思ったよりも。バカな理由でしたね」


「俺もそう思う。けど、お前のせいだ。諦めろ」



 俺の母さんは人殺しだ。

 それは何の誤りも無く、どれだけ誹られようと俺が怒る権利も無い事実だ。

 どれだけそれで傷つこうと、どれだけそれで怒りを募らせようとも。

 その事実は、例え大切な人を悪く言われようとも、俺に大義名分を与えちゃくれない。



「母さんは。死んだ後、誰からも同情なんてされなかった」


「そうでしょうね。どこまで行っても、加害者でしかないんですから」


「爺ちゃんも婆ちゃんも、母さんの友達であったはずの人達も。母さんよりも俺の方を労わった。母さんが愚かだと罵った。子供を置いていくなんて。人殺しをするなんて。そんな人だとは思わなかった。なんて酷い奴なんだって」



 それは全て、全て事実だ。

 人殺しであることも、俺を置いていったことも、その選択が愚かだったことも全て。

 だから俺は、俺に向けられた同情の言葉を、慰めの手を、振り払うことが出来なかった。



「俺は、あの時から、ずっと。母さんに手を差し伸べてあげればよかったのにって。どうしようもない、八つ当たりを。くだらない悪態ばっか吐いてたよ」


「大好きだったんですね。お母さんが」


「ああ。だから断る。俺はお前に殺されてやれないよ」


「……そうですか。残念です、振られちゃいました」



 キッカは心底残念そうに言って、席を立つ。

 宿題を見せてくれるよう、少しは機嫌を取ってもよかったかもしれない。

 そんな風に少しだけ後悔してると、何かの本を手に席に戻ってきた。



「人が必死に勉強してる横で、何を読むつもりだよお前は」


「古い脚本です。多分あなたも知ってますよ」


「脚本だぁ?……あ、知ってるな。つーかこれ、小学生の頃児童劇団でやった記憶あるわ。すげぇ懐かしい」


「主役だったんですよね。あなたは」


「なんで断定してんだよ。いやまあ、合ってるけど」



 母さんが死ぬ前までは、自慢にはなるがそれなりに評判のいい演技が出来たものだ。

 学校の文化祭なんかでも、演劇をやるってなると必ず舞台に上げてもらえる程度には。

 そんなわけで、大体どの脚本も一通りはやったことがあるのだが。



「その脚本はかなり子供向けだったけどな。オーディションもやって、俺が見事主役の座を勝ち取ったもんだ。いやー、あの頃は結構凄かったな、俺……!」


「昔凄かったんだぜ、って言う人の大半って、今はすごくないもんですよねー」


「うるせぇな、自覚してるよ……!ああ、けど。この時は少し危なかったな」


「……何がです?」


「楽勝だと思ってたのに、思わぬダークホースに主役を奪われそうになったんだよ。あの時は割とヒリついたから、普段より気合入れて演技に望んでた。オーディションの順番が違ったら、俺が負けてたかもしれねぇって思うくらいに」



 あの時のことは、今でもそれなりによい思い出として記憶に残っている。

 俺と主役争いをした子は、普段はそこまで記憶に残る役者ではなかったのだが、その時だけは見違えるほどに感情の、魂の籠ったようないい演技だった。



「普段は気にも留めなかったんだけど、その時は思わず、オーディションの後に絡みに行くくらいには気に入ったんだよなぁ。いいライバルになりそうな子だった」


「へぇ。それはそれは。子供の劇に、そこまで本気になるなんて。変な子だったんですね」


「んなことねぇよ。それに」



 こういうことは、多分、本人に言うとあんまりいい気はされないだろうけれど。

 俺だって、自分を負かしてきた相手にこういうことを言われれば、煽ってるのかと思うだろうってことくらいは分かるけれど。



「多分、この作品の主人公を演じる役者としては。俺より、あの子の方が合ってたと思う」



 役者の理想としては、全ての登場人物の心情を汲み取り、それに合わせて演じることだ。

 俺もずっと、その理想の通りに役者をしていたし、実際それで高い評価を得られた。

 けれど、そう言った理想とは別に。


 あのアニメのキャラには、この声優しかいない!ってことや。

 あの格闘ゲームのキャラクターは、このプレイヤーこそが似合ってる!とか。

 創作の人物と現実の人間に、驚くくらいの親和性が発生する場合もあるのだ。



「それじゃあなんで。その子は主役になれなかったんでしょうね?」


「ん?そりゃあ決まってるだろ」



 まあ、それはそれとして。



「当時は俺のが上手かった。それだけだ」



 振り付けも、声の通りも、あと見栄えも。

 当時のあの子よりも、俺のが色んな面で上だった。

 俺が選ぶならあの子だったというだけで、当時の大人たちの考えは違った。

 ただそれだけの、苦くも当たり前の現実があるだけだ。



「そうですか」



 彼女はそれだけ言って、ページを捲って。



「あなたのそう言うところ。私、結構好きですよ」


「そうか?変な奴だな」



 割と辛辣な評価をしたつもりだったのだが、キッカの奴は少し笑って。

 昔懐かしいあの脚本を、ゆっくりと、頁をめくって読み進めていた。

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