「何がどうしてこうなったのよ」
開口一番、そのセリフが出てくるのもむべなるかな。
イチゴシロップより赤い顔をしながら、サイズがまったく合っていないサングラスをかけて無心に氷をかっ食らう先輩を見れば思わずそう言いたくなるものだ。
「橘真奈先輩ですよね。三年生で部活サボってる」
「ミーはマナじゃないですヨー。そんな人は知りまノットご存じデース」
「そうですか。サングラス外しますね」
「オーマイゴッド!ヘルプミー後輩君!私この子怖いから苦手!!」
「もう素直にサングラス外したらどうっすかね。そいつ昔柔道習ってたんで並の男より握力強いし、不良共三人相手にして無傷でボコボコにしたことあるっすよ」
「ねぇ君の幼馴染ちゃん多才過ぎない?その才能少し私に分けてくれないかな」
「たしかに私は優秀な才能を持ってると思いますけど、やるべきことをやらない人間には扱い切れないと思いますよ。努力しない人間に伸ばせる才能なんてありません」
「心をぶっ刺す才能もあるみたいだね君の幼馴染」
当然のようにサングラスを奪われてめそめそしてるマナ先輩を横目に、幼馴染兼脚本家様は大きなため息を吐いて、俺が飲んでたコーラを奪い取る。
別に今更間接キスをどうこう言う気も無いが、もう少し観衆の視線を気にする必要があると思うんだよな。主に目をかっ開いてそれを見てるマナ先輩とかの視線を。
「え、ちょっ、なんで後輩君のコーラ……」
「おのれ魔王め、マナ先輩のサングラスに飽き足らず俺のコーラまで……!許せねぇ!」
「フハハ、これは私から貴様への罰よ。罪状はオレンジジュースを持ってくるのに十分以上私を放置した罪。寂しかったんだけど?あなたをこんなにも好きな可愛い可愛い幼馴染を砂浜で放置するなんて、極刑に当たる罪だと思わない?」
「勇者マナ先輩、どうか俺の仇を取ってください。俺はこいつには勝てねぇ」
「私も物理的に勝てないんだけど。って違う、なんで平気で間接キスしてるのかってを聞いて……いや待ってなんか衝撃的な告白も聞こえたよ!?え、好き!?なんで!?」
「大声で喚かないでください橘先輩。回りのお客さんに迷惑ですよ」
「そうですよマナ先輩。ほら、抑えて抑えて、ヒィ~ヒッヒッヒッヒッ」
「息吸い込みすぎて魔女の笑いになってるんだけど、毒林檎でも持ってきた?前々から思ってたけど、後輩君なんか最近私で遊び始めていないかな?遺憾だよ?私はクールビューティーでミステリアスな君のマナ先輩だぞ?」
「しれっと君の物だぞ発言するのやめてもらっていいですか?殴りますよ?」
「やだ、この子こんなに暴力で解決しようとする子だったっけ……!?」
うーむ、心地よい会話だ、やっぱりマナ先輩は面白い。
さっきまで心無しかしっとりしてた空気が一瞬で面白コメディ空間に変わってしまった。
ところで幼馴染よ、お前のパンチってたしか不良共の前歯へし折ったあれだよね?
先輩の顔が陥没しかねないから顔面パンチはやめてあげよ?ね?
「とりあえず、橘先輩も敵であるとは理解しました。リングに上がれ、ぶっ飛ばしてやる」
「早いんだよなぁ何もかもが。なんでこの子こんなバトル漫画の思考になってるの?」
「なんか俺のこと好きな女全員に喧嘩売るつもりらしいです。今のそいつはもはや俺の知る幼馴染ではなく、目に付いた恋敵を全員ぶっ飛ばすジェノサイド系ヒロインと化しました。急いで釈明してください、ジェノサイドされますよ!」
「暴力系ヒロインの上位互換か何か?ええと、とりあえずなんて釈明すればいいの!?」
「『あ、あんたのことなんて全然好きじゃないんだからね!』でお願いします」
「ねぇなんか君の願望が大量に混ざってない?気のせい?今どき見ないよそんなコッテコテの分かりやすいツンデレ系ヒロイン」
「あ、あんたのことなんて世界で一番大好きなんだからね!」
「ツンデレ系直球ヒロインとは新しいなおい」
「ツッコミどころの余地は残して?」
というか幼馴染の猛攻があんまりにも強すぎないかなこれ。
お前普段はもう少し周りの眼を気にする奴じゃないっけ。
それが今では俺の要望に答えながらぐいぐいと俺の隣に座る奴になってしまった。
おしとやかでクールで周りから怖がられたお前は何処に行ったんだ……!
そういや俺とキッカのせいだわ、多分9:1くらいであいつが悪いと思う。
「あ、そういえばマナ先輩はなんでこんなところに?」
「普通に家族でお出かけだよ。私の両親、この時期になると有給消化して私を旅行に連れまわしたりするから、夏休みは家族旅行してる時が多いんだ。今はサーフィンにハマってるらしい」
「流石マナ先輩の親御さん、面白い人間の予感がぴんぴんしますね。親子って似るんだなぁ」
「待って。私のことをそういう方向性の面白い女枠にするのは勘弁してほしい。今一番愉快なことになってるの、間違いなくそこにいるジェノサイド系ヒロインと化した君の幼馴染だからね?私はクールでミステリアスでかっこよくて君の憧れのマナ先輩、はい復唱」
「普段発声練習来ない癖にいっちょまえに指導できるんですね。面の皮を厚くすることに関しては私を超える才能だと思いますよ」
「マジで喧嘩売ってくるんだけどこの子。あと反論できない言葉のナイフで刺すのやめよ?」
「反論できるよう部活に行けばいいのでは?」
「やだよ。自分が嫌われてるって分かりきってる集まりに誰が行きたいと思うんだい」
「身から出た錆じゃないっすか」
「そんなんだから部活の皆に嫌われてるのでは?」
「ダメ人間を寄ってたかっていじめるのは楽しいかい?」
ダメ人間をいじめるのは楽しくないけど、マナ先輩をいじるのは楽しいです。
あと下手にこのコメディ空間を停滞させると幼馴染が湿気を帯び始めるんです。
なんか湿気ってより砂漠の太陽みたいな直射日光な気はするけど。
「で……なんで君達は二人一緒にいるのかな?」
「ああ、俺達一応幼馴染なので、久しぶりに遊びに行くかってなって──」
「デートですね。まだ付き合ってはいませんけど、このビーチで距離を縮めてあわよくばいい雰囲気になったところで改めて告白するつもりです」
「お前マジでキャラ変わりすぎじゃない?」
こいつこんな猪突猛進な奴じゃなかったはずなんだけどなぁ。
そしてそれを聞いた先輩はポカンと口を開けて、茫然としているみたいだ。
この場における唯一の癒し枠だな、なごむわぁマジで。
「え、い、いや、あの。デート?告白?待ってくれ、彼はたしか彼女さんがいるんだろ?それなのに告白って、いやいやいやいや」
「ああ、浮気とかにさせるつもりはないですよ?ちゃんとあの子の事を振らせて、その上で付き合うつもりです。叶わぬ恋の末の浮気なんて、競争に負けた弱者の悪あがきでしかありませんからね。身体だけの付き合いで満足するつもりも無し、心までかっさらうつもりです」
「いや、おかしいでしょ!?普通彼女持ちにそんなアプローチしかけるかな!?じょ、常識とかモラルが無いんじゃないかなぁ君!」
「こいつが付き合ってるらしい奴もそんなもん持ち合わせてないので安心してください。同じリングの上に立って、お互いが同時に毒を塗りたくった剣を取り出せば、それはもうそういうスポーツになると思うんですよね」
「やだこの子、反則行為に一切のためらいが無い。き、君はいいのかい後輩君!?彼女こんなこと言ってるけども!」
「俺に止められるような女なら、俺はここに居ませんよ、先輩」
「一応彼女持ちなのにこんな子とビーチ着ていいの!?」
「その彼女公認なので……」
「今まではあいつがこいつとの時間を取りまくってたので、暫くは私のターンです」
「知らない間に彼を巡ってターン制バトルが展開されている……!?」
やっぱりなんだかんだでキッカとこいつの波長は合っていると思う。
そしてその波に乗り切れない先輩は非常に可愛らしくあたふたしているようだ。
まあマナ先輩までこいつやあいつと同じノリになると俺が非常に困るのだが。
「ていうか後輩君、君そんなにモテたんだね……。何やったのさ」
「いや何をやったと言われても。マナ先輩も、俺の学校での評価の不変振りは理解しているはずでは?ただまあ、そうですね。もし仮に、俺にモテる要因があるとするなら───」
キラン、と笑顔を輝かせてポーズを決める。
「顔……ですかね?」
「うわぁすっごいうざいね」
「才能と顔をこの俺に遺伝させたという一点のみにおいては父親に感謝してます」
「そういやなんか言ってたね父親が俳優とかなんとか……」
性根や生き様はドブ以下の男だったが、生まれ持った顔と才覚は本物だったのだろう。
ついでに、最後には捨てたとはいえ、母さんというあの男にはほんの僅かにも釣り合っていない人のハートを射止めていることからも、人を見る目だけはあったのだろう。
それら全てを帳消しにしてしまうくらいに、あいつはゴミで、どうしようも無いクズだったのだけれど。顔と演技は、俺も認めざる得まい。
「けど、君のそういう顔は好きじゃないかも」
「おっといきなり罵声を飛ばしてきましたね。待っていてください、本気のイケメンをお見せしましょう。数少ない友達達から大爆笑をかっさらった、超絶イケメンフェイスをね……!」
「多分それ顔芸だと思うんだよね。そうじゃなくてさ」
マナ先輩は照れくさそうな笑顔を浮かべて、頬を掻く。
この人がこういう顔をする時はいつも、俺を困らせる言葉を出す時だ。
「私は君が、本気で演技してる時の顔が好きだな。心の底から真剣にやってる、自分が演じているキャラクターに向き合ってる君の顔が」
「俺まですっごい照れくさくなるので、そういうの控えてくれませんかマナ先輩」
「あれぇ!?普通に褒めてあげたつもりなんだけどな!?」
「そうですか。マナ先輩にとってはそれが普通なんですね。罪な女だ……!」
「風評被害を受けている!」
「ねぇ」
そうやって騒ぐ俺達をじっと見つめて、幼馴染はおもむろに口を開いた。
「ん、どうした?お代わりでもするのか?」
「これ以上食べたら頭痛くなりそうだからいらない。それより、これはきっと大事なことだと思うから、橘先輩に聞いておくんだけど」
「え、私?言っておくけど、部活関連の話題は──」
「いや、それはどうでもよくて」
こいつが、部活をどうでもいいと宣っただと……!?
思わず啞然とする俺を他所に、彼女は平然と言い放った。
「先輩は、こいつのこと好きなんですか?」
「……え?」
思わず、飲んでいたコーラを吹き出しかけた俺は、悪くないはずだ。
一話抜けてることに今気づいてしまった……!




