表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/36

「なんで居るんだよお前」

「あなたが居るからですが?」


「なんで俺の予定を知ってるんだよお前は……」


「いえ、学校帰りにデパートに寄ってくあなたの姿が見えたので、こっそりついてきただけですよ?普段ならすぐ駅に向かうはずですから」


「ストーカーがよぉ……!」


「そんなことよりも、これ似合うと思いますかね。綺麗で大人っぽいのと可愛いく女の子っぽいの、どっちを着るべきかで実に悩ましいのですが」



 すげぇなこいつ、我が道を行ってやがる。

 ストーカー被害はそんなことで済まされるもんじゃないと思うんだが。

 それはそうとやっぱツラとスタイルとセンスは良いなこいつ……!



「……右で」


「可愛いのが好みと。分かりました、それでいつ、どこにこれ持って行くんですか?それまでに準備済ませておきますね」


「いや少なくとも俺が行く予定の場所にお前は連れて行かねぇよ」



 あいつから『連れてくるな!』と言われてるし。

 少なくとも俺から連れて行ってしまえば、言い訳の余地なく怒られてしまう。

 ちゃんと誠意を見せるのは大事だ、こいつが暴走した場合はもう知らん。



「幼馴染さんとですか?」


「……まあ、そうなるな。夏休みの始めに、ちょっと思い出作ってくるわ」


「そうですか。分かりました。日時だけ言ってくださいね、その日はおとなしくしてるので」


「……」



 まさかこいつの口から、おとなしくするなんて言葉が出てこようとは。

 熱でもうつったのかと思い額に触れてみるが、むしろ夏にしては冷たいくらいなのでそうでもないらしい、ひんやりしてて気持ちいい。



「なんですか。私がおとなしくしてるのがそんなに不思議ですか。初日から遊び惚ける予定のあなたと違って、私はさっさと宿題終わらせる予定があるので忙しいのです」


「ああ、そっか宿題か。そういやあったな、忘れてた」


「そういうわけなので、先手はあの子に譲りますよ。自分のデートを邪魔されるわけにもいきませんし、男の取り合いにも最低限の礼儀はありますから。踏み越えたらまずい一線はちゃんと把握しているつもりなので、お気遣いなく」


「そーかい。そりゃよかった」


「……ところでいつまで触っているのでしょうか」



 しまった、夏の暑さの中においてはこいつのおでこは魅力的すぎた。

 俺の体温のせいか、先ほどからみるみるちに熱くなっていったでこから手を放す。

 危ない危ない、セクハラで訴えかけられるのは御免だ。



「すまん、涼しくてつい」


「仮にも彼女を冷却材代わりにしないでもらえません?わー、あなたのせいで暑苦しくなってきました。これは何かお詫びを貰わなきゃですねー」


「金がないなら素直にそう言え。というか水着買うお金も無さそうなのにこんなところ来るなよ、店員さんに迷惑だろう」


「あなたが買ってくれれば問題ないですよね?」


「この野郎初めからたかる気でいやがった。まあいいけどさ」



 それほど金には困っちゃいない。

 なんだかんだであのクソ親父も、母の口座に金を入れることだけは忘れてはいなかった。

 母が欲しかったのは金ではないし、連絡は寄越さない癖に金だけ渡してくるのは実に癪に障るが、それなりの遺産が爺ちゃんと俺に残ったことだけは感謝している。



「お金、結構余裕があるんですね」


「まあな。金の管理は爺ちゃんがしてるけど、ちゃんと理由を言えば生活費として振り込んでくれるし。今回のもまあ、彼女とのデート代ってことにしてもらっとく」


「つまり、私は保護者公認の恋人……?今度実家に挨拶に行く必要がありますね」


「期間限定の恋人をどうやって紹介しろと?あと実家はあそこだよ。爺ちゃんは色々面倒な手続き手伝ってくれてるだけだ」



 保護者ではあるし、血縁もある。

 親代わりという認識ではあるし、母と違って厳しい人ではあるが確かな愛情は感じている。

 だからこそ、祖父にはあまり頼りたくはないし、俺のことで苦労してほしくはない。

 自分の娘を壊した男の息子だ。そんな奴のために、あの人の人生を歪めたく無かった。



「そこまで頻繁に会うわけでもないし、爺ちゃん自身あんまり話すタイプじゃないからな。俺が女連れてきても、『それがどうした』で終わりだろうよ」


「いいじゃないですか、面倒な家庭関係が構築されてるよりは何倍もマシだと思いますよ。私の母とか、父が死んだ後にすぐ別の男捕まえてきましたし」


「愛が多い女だこって。ちなみに、そいつは今どうなったの?」


「警察に捕まりましたねー」


「何があったんだよお前の家庭は」



 思ったよりドロドロしすぎている家庭環境に思わず閉口する。

 いやまあ俺の家庭も人のことは言えないが、多分こいつよりマシだろう。

 どんぐりの背比べという言葉が思い浮かんだが、無視することにする。



「いや、ほら。私、可愛いし美少女だしエッチじゃないですか」


「お前の自己肯定感の高さだけはほんと尊敬するわ。まあ、外面だけは完璧だろうな、ほんとに。内面はともかくとして」


「内面なんてあなたにしか明かしてないんだから実質全部完璧ですよ。で、まあ、母親も母親で美人だとは思うんですけど。歳とか素質とか、メンタルの乱れとか。まあ色々重なって、母親の女の部分にドンドン価値がなくなっていったからなんでしょうね」



 なんとなく、この先の展開が読めた。



「身体を狙われましたね。こんなの現実にあるんだなーって思わず笑っちゃいました」


「俺はそれにどう反応してやればいいんだ?」


「その反応で構いませんよ。ちゃんと貞操は守り切ったので安心してください。あなたが奪うか、売られるまではちゃんと真っ白で綺麗な清い身ですよー」


「マジで反応に困ること言うのやめろよ……」



 こいつの家庭の話は大体馬鹿みたいに重くて少し困る。

 笑い話のつもりなのか、あるいは俺に同情させることこそが目的なのか。

 どちらにせよ、こいつの性格が終わり切っているというのは覆ようがない事実のようだ。



「一番最初は好きな人で、って決めてるので。早めに奪ってくれると助かるんですけどね」


「変なところでロマンチックな奴だな、お前って。俺はあんまりそういうの分からねぇや」


「そうなんですか?ちょっと意外ですね。気にするタイプなのかなと思ってました」


「いや、だって」



 一瞬気が緩んで、自分でもどうかと思うような言葉が出かけた。

 ハッとなって口を閉じるが、こいつ相手に隠し事など通用するはずもなく。

 ニコリと笑顔を浮かべられ、「はよ言え」という眼差しを向けられる。



「なにを躊躇してるんですか。恋人同士なんですから、何でも言っていいんですよ~?」


「……言っとくが、これから俺が何を言おうとセクハラ扱いにはさせんぞ。お前が言えと強要したことだからな?文句言うなよ?」


「そんなわざわざ警告するようなことなんですか?」


「お前相手じゃなけりゃ、ここまで躊躇しねぇんだけどなぁ」



 少し頭を掻いて、大きな溜め息を吐いて、ようやく口を開く。

 俺にとっては、どうしようも無く苦い思い出なのだが。



「俺の親父が浮気魔でな。母さんが居ない時、よく知らない女を連れてきてたんだよ。しかも、俺が家にいるってのにズッコンバッコンとクソうるせぇ音を鳴らしてな」


「……あらら」



 虫唾が走る。あの男は結局、母さんを裏切るばかりで、幸せなんて与えなかった。

 そんなあいつを最後まで愛そうとした母さんも、きっと愚か者なのだろう。

 母さんも同じように、違う男に流されていれば、きっと幸せになれたのに。



「初めてを捧げ合ったところで、そいつを生涯愛せるかって言われりゃ微妙だしな」



 少なくとも母さんは、あの男に全てを捧げたはずだ。

 けれど結局あの男は母さんを裏切ったし、最後にはゴミのように捨ててしまった。

 あいつにとって、母さんは数ある女の内の一人でしかなかった。



「だから。恋人や夫婦の関係ってのは、利害の一致の上に成り立つものだ」


「冷たいですね」


「そう思ってた方が楽なんだよ。親父はどうしようも無いクソ野郎だったし、その親父に靡いて腰を振った女達もカス共だ。金や名誉に釣られて愛だの恋だのを平然と並び立てて、他の女を笑って、『自分は違う。愛されている』だとか思い込む」



 最期の浮気女は、母さんがあいつと離婚する最後の要因になったあの勘違いクソ女は、母さんに酷い罵声を幾つも並べ立てた。

 顔だけを取り繕ったあの醜悪な姿が、罵声が、どうしても目と耳に焼き付く。



「母さんもそう考えて、なのに裏切られたってのに」



 結局あの女は、親父の死という形で捨てられることになった。

 残すべき物を碌に残さず、愛の代わりに絶望をくれてやったのだ。

 あいつは最後の最期まで、女達を苦しめるだけ苦しめてこの世を去った。



「だから俺はどうでもいいのさ。初めてだの、永遠の愛なんてもんは」


「フフッ」



 それはきっと、都合のいい夢を見せるための消耗品なのだから。

 愛という嘘を並び立てるためのアクセサリーでしかないのだから。

 そう言うと、彼女はおかしそうに笑った。



「笑ってくれて助かるよ。笑い話にするくらいがちょうどいい」


「ええ、そうですね。なんというか、あなたの根幹みたいなのを知れた気がするので」



 果たして、何がおかしいのか。

 彼女は相変わらず、面白そうに笑っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ