多分桃みたいな味でした
「馴れ初めは、私が彼を脅したからですよ。具体的に言うと、『あなたが付き合ってくれないなら周りにあなたを責めさせるよう仕向けるぞ』って感じで脅迫させていただきました」
「……は?」
なんで、なんでこう、こいつは余計なことしか言わないのだろうか。
と言うか自殺云々は伏せるんだな、それ晒してる時点で今更ながら気がするんだけども。
「おい」
「現在文句は受け付けていません。後で幾らでも話してあげるので、今はおとなしくしててください。これは、私と彼女のお話なので」
有無を言わさぬ口調でそう言われては、押し黙るしかない。
というか彼女の矛先をこっちに向けさせたくないのであんまり関わりたくない。
怒り狂った幼馴染の恐ろしさは、昔からよく知っているのだから。
「あなたも多分不思議がっていたでしょう?ライチ君、人にあんまり素を見せない面倒な性格でしょうし、深い仲になろうとすると自分から遠ざけようとしますからね。そんな彼とどうやって恋人になるかと言われたら、まあ彼の立場の弱さを利用して強行突破するしかないわけで」
「何言ってるの、あんた」
うわぁ、凄い冷たい怒気を含んだ声。これだよこれ、これが怖いんだよ。
喧嘩する度にこういうの出してくるから、怖いんだよなぁこいつ。
こんな威圧感を出せるんだから、そりゃ風紀委員としても優秀だ。
そして、そんな圧を受けても表情一つ変えないあいつも大概だ。
「だってほら、彼って学校中で煙たがられているでしょう?いじめこそまだ起きてはいなかったですが……いや最近はそうでもないか。まあ何にせよ、そんなカースト底辺のライチ君と、そこそこ人気者な私じゃ、どっちが皆さんの信頼を得られるのかは明確ですよね?」
本当のことを並べるな、泣くぞ?
そしてそんなぼろくそ言うくらいなら俺なんぞにあんなこと言うんじゃねぇよバーカ。
後で思い切り文句言ってやるから覚悟しとけよこの野郎。
「なので、『私の告白を断ったらあなたが嫌われるような行動をします!』って告白したら、無事オーケーを貰いました。これが私達の馴れ初めですね!」
「ライチ」
「あ、はい」
なんでこっちに矛先を向けてきたんだ?やめほしい。
「今の話、真実なのね?」
「……えー、あー」
チラリとキッカの方を見る。
ニコリと微笑んで返してきた、まあつまり大丈夫ってことなのだろう。
嘘を言ったら後がどうなるかも分からんので、素直にうなずいておく。
「大体合ってるな。最悪な告白だったよ、マジで」
「そう」
あ、目を閉じて深呼吸。
やばい合図だ。
もう止まらない。
「ふざけるな」
「ッ!」
今まで聞いた中でも、二番目くらいには恐ろしい声色だった。
彼女にしては珍しく手が出て、キッカの胸倉を掴みかかった。
さしものあいつも少しだけ表情が動き、冷や汗がたらりと流れる。
このまま暴力に訴え出ることは無いだろうが、その視線は下手な暴力よりも威圧的。
本当に人を殺しかけないほどの、冷たく恐ろしい眼力だ。
「あなたの言ったことが真実ならば、到底看過できるものではありません」
昔から正義感が強い奴だった。誰よりも正しいことをしてくる奴だった。
弱きを助け、悪を挫く。まさに正義のヒーローで、俺も密かに憧れていた。
怖かったけれど、それと同じくらい頼もしく、隣にいて心地がいい奴だった。
「あなたが彼に行ったことは、脅迫罪に当たります。立派な犯罪であり、遊びや冗談で済ませれるものでは無い。明確な害意を孕んだ、悪しき行いだ」
「ええ、そうですね。確かにそうです。被害届なんかが出されれば、そうなりますね」
キッカは俺の方を見て言う。
「けど多分、彼はそうしないと思いますよ。始まりはどうあれ、今は愛し合う恋人同士ですから。ですよね、ライチさん?」
「いや、愛し合ってるかどうかと言えばノーと答えるんだけど」
「ライチさん!?」
いやだって、いやまあそりゃたしかに多少なりとも好きとは言った。
憎からずこいつのことを思っちゃいるし、一緒にいる時間も悪くはないと思うようになってきてはいる。それは確かに認めよう、事実だし。けどな?
「少なくとも、俺はまだ告白の時のあれこれは根に持ってるからな」
「そんな!?一緒に寝た仲じゃないですか!つれないこと言わないでくださいよ!」
「おまっ馬鹿!誤解されそうなことを……いや誤解でもないのかなあれは……?」
まあ、愛し合ってるかと言われれば多分別にそこまでではないと思う。
だけど、少なくとも、そうだな。
「けど、わざわざそんなことで被害届とかは出さねぇかなぁ」
「……なんで」
「そりゃ、まあ。今のところ、そんな悪い気はしないし」
確かに、彼女の言う通り、あれは脅迫罪に該当するかもしれないし。
幼馴染に頼って、あいつをどうにかするように言えば、どうにかなるかもしれないけれど。
それをすれば、彼女はきっと、どこかに行ってしまうだろうから。
今更面倒くさくて、けれどどこか憎めないあいつを、見捨てる気にはなれなかった。
「あとはまあ、情が沸いたからさ」
だから、俺としては別にこのままでもいいのだ。
キッカは間違いなく悪い奴だし、最初の頃は訳の分からないクソ女だと思っていたが。今となってはそんなこいつのことが少しだけ好きになって、一緒に居ても苦にはならなくなっている。
「だから別にいいよ。わざわざこんなことで警察に頼っても迷惑だろ?」
そう言った俺を、彼女は信じられないものを見るような目で見ていた。
「……何言ってるのよ、ライチ。そんな女を庇って、肩を持つの?」
「肩を持つわけじゃねぇよ。ただ、これくらいならいいだろってだけで──」
「いいわけないでしょ!!」
今日はレアなものがたくさん見れる日のようだ。
彼女がこんな風に怒鳴る姿なんて、人生で一度しか見たことがない。
今日が二回目だ。
「なんでそんな風に、自分のことに無頓着なのよ!そんな奴に同情して、差し伸べられた手を振り払って!そんな風にしてたら、あんたが損するだけじゃない!」
自分に無頓着。確かにそうかもしれない。
けどそれは博愛とか、善性だとか、そういう理由ではない。
彼女はやっぱり、俺のことをまともな人間だって思い込んでいる。
「辛いなら助けてって言えばいい!そうすれば私が助けてあげる!そんな奴なんかよりも、他の奴なんかよりも──!」
「あの、まだ分からないんですか?」
キッカは笑顔を絶やさずに、俺と彼女の間に割って入った。
もはや隠しもしない敵意を向けられてなお、彼女はどこ吹く風で口を開く。
「殴り合いできる舞台に立たせてやってるんですよ、あなたを」
なんの殴り合いか、なんて聞ける雰囲気でも無かった。
彼女とキッカの間には、あまりにも埋めがたい断絶があるようだ。
致命的に、二人の相性は悪いらしい。
「何を言って……」
「あなたは何を勘違いしてたんですか?幼馴染?昔からの友達?それで多少なりとも情や想いを向けられてると思ってました?クソ喰らえだ。そんなものに胡坐を掻いて、いつかは選んでくれると座るだけ?滑稽だ、見るに堪えない」
ああ、もうだめだな。
どっちも止まらない、どっちもあまりにも我が強い。
どちらかが死ぬまで、あの二人の対立は止むことは無い。
「そんなものがアドバンテージになるものか。そんなもので勝利を得られるものか。失うことが怖くて足踏みして、相手が分かってくれるまで待つなんていう姿勢を取って。随分と余裕かました態度を取ってるんですねぇどいつもこいつもあなたも彼女も」
ていうかこいつがここまで熱くなるのを見たの、初めてかもしれないな。
布団に包まりながら、現実逃避のようにそう考える。
「私は勝ちますよ。あと五か月の間に、彼の心を完全に堕としてやるつもりでいますよ。堕ちてやるつもりでいますよ。本気で、全力で。私が居なければ生きていけないようにしてやる。彼が居なければ生きていけないくらいになってやる」
重いんだけどこいつ。
目をかっ開いて、幼馴染に詰め寄りながら、キッカは狂ったように言葉を紡ぐ。
その熱が、その覇気が、彼女を燃やしているような錯覚すら覚えてしまう。
「なのに、何ですかその体たらくは。まさかまだ、最後は自分が勝つと信じているのですか?そんなわけないでしょう。自分でも気づいている癖に自分にすら言い訳するな。大義名分がいるなら、私がくれてやるって言ってるんですよ」
「──」
《b》「あなた達に言い訳なんてくれてやるものか」《/b》
《b》「自分がこうしていれば、なんて逃げ道を与えてやるものか」《/b》
《b》「全力で来てください。本気で挑みに来てください。死ぬ気で参加してください」《/b》
《b》「それらを全部薙ぎ払います。一片の曇りなく、私は彼に選ばれてやります」《/b》
《b》「勝つのは私だ。負け犬共」《/b》
それを聞いて、それを受け止めて。
古い付き合いの幼馴染は、激昂すると思っていた。
何をほざいているのかと、何をふざけたことを抜かすのかと。
そう言うと思って、耳を塞ごうとしたが、その声色はあまりに静かだった。
《b》「上等よ」《/b》
ここは南極だっただろうか?なんだかすっごく空気が冷たい。
多分クーラーの温度を下げすぎたのだろう。ちょっと上げておく方がいいかな。
半ば現実放棄気味になった俺の方に、彼女はゆっくりと近づいてくる。
「気持ちがいいくらいの宣戦布告ありがとう。わざわざ塩を送ってくれてありがとう。ようやく目が覚めたわ。こいつは例え気づいても、ずっと気づかないフリする奴だもんね」
「え、なに」
バサッという音を立て、なんか布団を引き剥がされた。
俺一応病人なんだけど、それすらもお構いなしな様子で、彼女は抱きかかえた。
あの、下手すれば病気が移るし、離れた方がいいと思うんだけど。
「けどね。あなたがくれた大義名分。なんだか滅茶苦茶気に入らないのよね」
「……あ。ちょ、待ってください!?それはダメです、私のです!!」
何かに気づいたようにキッカは手を伸ばすが、それを見てなぜか上機嫌になった彼女は、ぎらついた瞳を俺に向け。悪戯っく笑って、俺の頬を少し撫で。
「ほんとは、あなたからがよかったんだけどね」
「え?」
それを味わったのは二度目であった。
何度しても慣れぬであろう、その味は、多分桃みたいな味だったと思う。
もしかしたら、そういう香りがする香水でも付けてきたのだろうか?
「どう?私の初めての味。あなたが初めてかは知らないけど、私のはあげたからね?」
なぁ、もう、ほんとさ。
マジでお前、余計なことしやがったからな?キッカ。
「大義名分なんていらないわよ。私がこうする理由なんて、たった一つしかないんだから」
逃げ道塞ぎやがって、この野郎。
「私はあなたが好き。だから、全力で勝ちに行く。覚悟しなさい?二人とも」
彼女はそう言って、好戦的に笑うのだった。