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「ほんっと料理美味いなお前」

「当たり前でしょ。とりあえずそれ食べたらもう一回熱測っときなさい。体調がまだよくならないなら、病院行かなきゃだから」


「悪いな、何から何まで」



 不気味なほどに、彼女は俺に気を遣ってくれていた。

 正直なところを言うと「裏があるのか?」とすら疑ったが、「何の必要があるんだよ」という当たり前な自問自答ですぐにそんな疑いも無くなった。



「そんなに不思議?」


「え、何が」


「私がこうやって、あんたの看病してあげてること」


「……まあ、うん」



 これが夢なのかと思うくらい、今の状況は不可思議に満ちている。

 あの日以来、お互い碌に関わりも無く過ごしていたのに、急にこれだ。

 正直なところ、何か裏があったりドッキリだったりする方が安心する。



「お前がこんなことする理由なんて無いだろ。もうお前の方から関わる気は無いだろう思ってたし、俺からも関わろうとしなかったし」


「でしょうね。同じ部活に居ても、あんたの方から話しかけてくることは無かったし」


「いや、だって……気まずいだろ」



 ここで罪悪感とかの理由が出ないのが、我ながらつくづく嫌になるが。

 流石にそこまで同じ感情が長持ちする筈も無し、俺が彼女を避けるのは贖罪とか罪滅ぼしとかではなく、ただ単純に顔を合わせて話すのが気まずくなっただけなのだ。

 ついでに言えば、彼女の親から「もう関わらないでくれ」と言われたのもあるのだが。



「……呆れた」


「いや、これに関してはお前の方が変だからな!?女を殴るような奴ともう関わるなよ、ほんと。お前の成績ならもう少しいいところ行けたんだから、行くなら俺とは別の所行けばよかっただろうに。それに、中学の頃までは大して興味無かった癖に急に演劇部で脚本なんか書き始めて……」


「私が何やろうが勝手じゃない。それに、何度も言ったけどあの件で悪いのは私。あなたがお母さんのことが大好きなのは昔から知ってたのにね」


「だから、それは──」



 言葉の続きは、彼女の強い意志を持つ目に睨まれたことで出てこなかった。

 多分今の彼女に何を言っても無駄だし、あまり体に力が入らないので喋る気も起きなかった。

 仕方がない、昔から彼女は俺なんかよりよっぽど強く、そして頑固な幼馴染だったのだから。



「……平行線になりそうだな、これ。やめとくか」


「そうね。あなた、昔から案外頑固だったし」


「お前が言うなっての」



 苦笑を浮かべ、それ以上文句を言う気力も無かったので再び瞼を閉じる。

 多分明日には治っているだろうが、それは安静にしていた場合の話だ。

 これでまた明日も休みます、なんてなれば流石に彼女に申し訳が立たない。



「もう寝るのね」


「寝ないと体調元に戻せないからな。色々世話になった。夜になる頃には多少良くなってるだろうし、もう帰っても問題ない。あと、リビングの方に財布置いてるから、昼飯の材料費と感謝代として一万円程持って行ってくれ」


「今帰ったら看病にならないわよ。何かあった時に見てる人がいないと困るでしょうに。それと、礼ならお金とは別の形で返して欲しいんだけど」


「別の形?見ての取り家には碌なもん無いから、現金以外で大した礼はできんのだが」


「……じゃあ、一つ。私からの質問に、一つだけ答えてくれる?それが報酬で構わないわ」


「なんだそりゃ」



 彼女は一瞬口ごもって、けれど意を決したように言った。



「なんで沙華(さはな)さんと付き合ったの?」


「……あー」



 その名前は、キッカの奴の苗字だったと思う。

 いっそ現金の方がマシだと思うくらい、その質問は非常に俺を悩ませた。

 事実を言っても信じてもらえるかわからないし、信じて貰えても面倒事が増えそうだし。

 それに何故そんなことを知りたいのか、質問の意図も俺にはよくわからなかった。



「なんで知りたいんだよ、そんなこと」


「……前までは恋愛なんか興味無い、みたいなこと言ってたのに、急に付き合いだしたから。気になっただけ。悪い?」


「いやまあ、悪くはないけどさ」



 悪くはないが、それを聞かれると少し、いやかなり返答に困ってしまう。

 一体誰が「目の前で自殺されたくないなら付き合え」と脅された、なんて話を信じるのだろうか。あいつはああ見えて、学校の中じゃ優等生で人気者だぞ?


 信じて貰ったとして、そんな面倒な話を何故彼女に聞かせる必要がある。

 無駄な重みをこいつに背負わせるだけだろう。

 だからなるべく自分の名誉は傷つけぬよう、かつあんまり嘘を言わないように、どう言い繕うかを一秒ほど考え、簡単にまとめた言葉を吐き出していく。



「あっちから告白されて、顔が可愛かったから告白受けたってだけだよ」


「ふーん?」


「なんだよ、ほんとにあっちからだからな?なんで俺に惚れたのかはまったく分からないけど」


「別に疑ってないわよ。少し前は女の子にキャーキャー言われてたでしょ、あんた。私が疑問なのはなんで今更ってとこよ。可愛い子なんて何人も居たでしょ、中学の頃は」


「……」



 それを口に出してもいいのか、ほんの数舜だけ迷いながら。

 けれど、どうしようもないので本音を口にすることにした。

 こいつにはきっと、どんな嘘も通じないから。



「スポットライトが無かったから」


「はぁ?」



 ピンポーン、と。

 少し空気が読めていないタイミングで、インターホンの音が鳴った。



「何よ、こんな時に。郵便かしら?」


「あ、おい。別にいいって、俺が」


「風邪を移したいの?いいから寝ておきなさい」



 そう言われてしまうと立つ瀬も無く、俺は布団に潜り込んで対応が終わるのを待つことにした。

 多分あいつならば、来訪者に適切な対応して用事を済ませてくれるという安心があった。

 そしてふと、思い出す。



「……あれ、今日特に配達物とかなかったよな?」



 茹だった頭のせいであまり脳が働かないが、どこか嫌な予感が背中を伝う。

 なんだか、今の俺の選択が、会わせてはならない、相性最悪な二人を巡り合わせる気がして。

 ああ、そういや今日、珍しくあいつと会ってな──



「ごめん待ってやっぱ俺が行くからお前は座ってて!」



 ひりつく喉のことも一瞬忘れて、声を荒げながらよたよたと玄関に向かう。

 しかし返事は帰ってこずに、我が家の扉は既に開かれていて。



「こんにちわ、ライチさん。可愛い彼女が看病しにあげに来ましたよ」


「……お前はなんでいつもこう、面倒くさいタイミングに」



 ゆっくりと俺の方を振り向いたあいつの眼は、まるで氷のように冷たくて。



「あなたのお客様みたいだけど。どうする?」



 予想通り、キッカとこいつは相性が最悪なようだ。





◆◆





 別にやましいことなんて何一つないのに、滅茶苦茶いたたまれないのは何故だろう。

 目の前で広がるブリザードのような気まずい空気を感じながら、思わず身震いする。



「まったくもう、なんで私に言わないんですか。言ってくれればすぐに看病しに行ってあげたのに、やせ我慢はよくないですよ?」


「あら、とても優しい彼女を持ったのね彼も。けど沙華さん、せっかく来てもらって悪いのだけど、彼の面倒は私が見るから安心して。あなたの家はここから遠いんでしょ?」


「恋人の一大事ですから、多少の距離は障害になりえませんよ。それより、何故あなたがここに?こう言ってはなんですが、恋人関係でもない年頃の男女が一つ屋根の下でいるという状況はとても不健全だと思うのですけど。ねえ、風紀委員さん?」


「私は教師の方から、保護者が居ない彼の看病をするよう言われましたから。それに、私と彼は昔からの仲ですから。世話を焼くのも当然のことですよ」



 いや、教師はお前に行けとは言ってなかった気がするが。

 そんなツッコミを入れる空気でもないので、とりあえずお茶を啜った。



「アハハ、幼馴染ってやつですか?とても面倒見がいいんですね。わざわざライチさんの看病をして頂いてありがとうございます。けど、あとのことは彼の恋人である私が代わっておきますので、もう帰ってもらっても大丈夫ですよ?」


「あなたの方こそ、風邪が移っちゃうと大変だから早めに帰った方がいいんじゃないかしら。私はしっかり感染対策はしてきたけど、あなたはそうでもないようだし。それに、看病をしに来たにしては荷物の中身がレトルト食品ばかりね。もしかして、料理は苦手かしら?」


「うぐッ……!」



 痛いところを突かれた、とでも言う風にキッカは目を逸らす。

 レトルトで作れる雑炊を持ってきてくれただけでもありがたいが、多分健康にいいのは幼馴染の作ってくれた鮭雑炊だと思うし、美味さもさすがに手作りには敵わないだろう。



「わざわざ買ってきてくれたのは嬉しいな。ありがとよ、キッカ」


「おお、珍しくとても素直な感謝を聞けた気がしますね。もう少しほめてもいいんですよ?」


「この野郎調子に乗るのが馬鹿みてぇに早い」


「……」



 感謝を伝えると、キッカはわかりやすくドヤ顔を浮かべて、逆に幼馴染の彼女は不機嫌そうに俺を見る。この状況でどう対応すればいいか分からないので、とても困る。



「と、とりあえずだ。せっかく来て看病してくれるっていうんなら、俺が今できない家事とかを手伝ってくれると嬉しい。二人が協力してくれると俺は今すごく助かる」


「分かりました。じゃあまず何をすればいいですか?」


「掃除機かけておいてくれるととてもありがたい」


「了解です!」



 たったかた~とリビングに向かうキッカの後ろ姿を眺めながら、少し深めの溜息を吐く。

 優秀な幼馴染が居るのであんまりやることはないだろうが、彼女と二人きりの状況は気まずさが半端じゃなかったので、居てくれるだけでもとても気が楽になった。



「……あの子、あなたの家の掃除機の場所知ってるの?」


「え?ああ、何回か家に来てるし。まあ普通に知ってると思うぞ?」


「そう」



 心なしか声が低くなった彼女は、暫くの間キッカが消えていった方を眺め、大きな溜息を吐いた後食べ終わった食器を手に持ち台所に向かう。



「洗い物だけしたら帰るわね。これ以上はお邪魔みたいだし」


「いや、邪魔とかは無いけど……なんか、怒ってる?」


「怒ってないけど?ただ、あなたが思ったより楽しく学生生活を過ごせてるようで安心しただけ。心配する必要無かったわね」


「お、おう」



 あ、これ絶対怒ってるな。

 もうどうしようも無さそうなので、俺は神に祈ることにした。

 このまま何も起きず、一日が終わってくれと、そう願い。



「あ、ちなみにライチさんのことなら諦めてくださいね。彼の心はもう私のものなので、あなたに付け入る隙はありません」










「は?」



 俺の恋人、すごい気軽に爆弾に火を付けるじゃん。

 見てよ彼女の顔、俺の方からは見えないけど絶対青筋浮かんでるよ。



「……ちょっと、言っている意味が分からないのだけど。あなたは私がそこで寝てる彼に恋心を抱いていると思っているの?もしそうなら思い過ごしよ」


「ハハッ、またまた。分かりやすいんだから隠す意味無いですよ。それに、一応善意で言ってあげてるのですよ?勝てない恋で無駄に時間を使うくらいなら、早めに諦めた方がいいでしょう?」


「随分と頭がピンク色なのね。それに、負ける?私が?アハハ、随分と自分に自信があるのね、沙華さんは。羨ましいわ。私もあなたくらい自信過剰に生きれたら楽なんでしょうね」


「ええ、とても楽ですよ?あなたのように、尻込みしまくって進めなくなることも無いですし。今更来ても遅すぎると思いますよ、負けヒロインさん」



 もうなんかいよいよオーラみたいなものが見えてきたので俺は布団にくるまることにした。

 臆病者と笑いたければ笑え、俺は死にたくないので生きるための道を往く。



「ッちょっとライチ!この子何なの!?凄い喧嘩売ってきてるんだけど!」


「俺も知りてぇよ、何なんだろうなそいつ。もうそういうモンスターって思っとけ」


「なんでそんな子と付き合ってんのよ!?」


「いやほらあれだよあれ。なんかこう色々あって青春的なドラマが──」





「私が彼を脅したからですね!」





 お前なんなの?


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